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21 アオシギの街

「彼女には〈ぺこたぬきライス〉と〈ホットレモネード〉、私には〈きのこピザ〉と〈サイダー〉を」

「はいよー!」

マディさんが明るく返事をする。

どうやらここはお金を払うとご飯を食べることができる家で、レストランというらしい。

どうりでみんなご飯を食べていたわけだ。

今、店の中には私たちしかいない。

『今日のお昼はもうおしまい!』とマディさんがお休みにしてくれた。


裏庭でおじさんが取り出したのは、バカでかいカンナジカだった。雄鹿と牝鹿の2頭。

カンナジカは前歯が鋭いカンナのようになっていて、木から皮をガリガリはいで食べる。

皮をはがれた木は枯れてしまうので、なかなか困った鹿だ。

木の皮だけじゃなく、畑のものも食べてしまう。かなり困った鹿だ。

畑の周りに柵を立てても飛び越えて入ってくるし、ならばと高い柵にしたら食い破って入ってくる。

強くはないのだけど、自分の蹴った小石の音に驚いて逃げると言われるほど臆病で、ほんとにすぐ逃げる。しかも、ものすごく足が早いので追いつけない。

なのでいつもは『食い逃げ野郎』と呼ぶ。


べローンと舌を出して白目をむいて死んでる姿はなかなかの迫力だった。

「相変わらずとんでもない腕前だが……、さすがに多すぎる。しばらくサービスメニューだ。いや、助かるよありがとう」

かっこいいおじさん――サディンさんと言うらしい――が苦笑いしながら食い逃げ野郎を見ていた。

苦笑いするサディンさんを窓に張り付いた女の人たちが見ていた。


イスに座ってしばらく待っていると、ふわふわと湯気が上がる料理が出てきた。

ぺこたぬきライスと言うらしい。

「私が食べてると絵面がおかしいから頼まないけど、めちゃくちゃ旨いぞ」

おじさんが笑っている。


トマト味のお米に、ふわっふわの卵が乗っている。オムライスと言うらしい。

サックサクした丸い茶色いのと、柔らかい茶色いのがその上に。コロッケとハンバーグと言うらしい。

その上に黒いソースがかかっている。

このソースはサディンさんの特製らしく、おじさんも何度か作ってみようとしたけどムリだったらしい。

黒いソースには、白い線が入っていて、そこはクリームというらしい。

ハンバーグに立てられた小さなハタには、ほっぺたがぽんぽんにふくらんだニコニコのタヌキの絵が付いている。


ドキドキしながらスプーンですくって食べる。

「ほぉわわぁあー」

変な声が出た。

サクッとして、ジュワッとして、ホロっとして、ふわっとして、トロっとして、口の中がおいしいでめいっぱいになる。

甘いのと、辛いのと、苦いのと、酸っぱいの全部の味が口の中に次々と広がって、目がチカチカするぐらいおいしい。


飲みこんでなくなると、もっと欲しくなって、次々に口に運ぶ。

口に入れるたびに、『ふぇやぁ』とか『みゅぎゅう』とか変な声が出る。

一緒にお皿に乗っていた、カリカリする細い芋もすっぱいのがかかった野菜もおいしかった。

最後にレモンの匂いがする温かいのを飲むと、口の中がきゅっとしてほわっとする。


あっという間にお皿が空っぽになる。

黒いソースのひと欠片までなめるように食べる。


おじさんはあのチーズがかかったパンをムシャムシャ食べていた。

なんでまたチーズ……。


「おいしかった……」

「いい食べっぷりだったね。気に入ったようで何よりだよ」

ぽやーっとしながらつぶやくとマディさんが奥から出てきた。

「あらあら!」

そして、笑いだした。

おじさんもつられたように笑い出す。

「?」

「口の周りがソースだらけじゃないか!」

マディさんは布を取り出して口の周りをふいてくれた。

恥ずかしくて赤くなってしまった。


「あんた、名前はなんて言うんだい?」

「ハナ」

「ハナちゃんか! いい名前じゃないか!どこの生まれだい?」

「ハセダ村」

「? 聞いたことないね? どこだい?」

マディさんはおじさんを振り向く。

「エディレヌ落地にある村だ」

「エディ――」

マディさんが固まってしまった。

「あんた、とんでもないとこに行ってたというか、来たというか…」

へぇーとかほぉーとかひとしきり感心された。

「エディレヌラクチ?」

今度は私がおじさんにたずねる。

「ああ、ハセダ村がある辺りは、エーデル山脈とヴェレヌ山脈に挟まれてるんだ。私たちが通った村の裏にあるのがヴェレヌ山脈、村の向かいにあるのがエーデル山脈だ。ハナさんたちはまとめて天井山と呼んでいたけど」

ふーん? 分かったような分からないような?


「なんでそんなトコに行ったんだい?鹿を取りに行ったわけじゃないだろ?」

「CAMの依頼でね。カワズミトカゲの退治に」

「カワズミトカゲっ!? あんな高い所にか!?」

サディンさんが出てきながらおどろいた声を上げる。手に赤くて湯気が上がる何かおいしそうな匂いがするものを持っている。

なんだあれは?

「珍しいが、距離の割には小さかったよ。周りの山に色々いたからだろうな。村も襲われたりはしてなかった。知らずに近づいた方は不幸だったが」

小さい? 小さい!?

「でっかかったよ!?」

手を広げて見せる。

「そりゃそうだ。バルエの感覚はおかしいからな。コイツは大型の動物やら魔獣やらが大好きでな、大きい物の見すぎでサイズ感が狂ってるんだ。いつだったか犬とアリを見間違えたぐらいだからな」

「そんなアホな話があるか!」

おじさんと笑いながら、湯気の上がる赤いものを私の前に置いてくれた。

甘くていい匂いがする。

「これは俺からのサービスだ。ぺこぽこたぬき亭の1番人気デザート、〈焼きハチトリリンゴ〉だ。熱いから火傷しないように食べてくれよ」

そう言いながらナイフを入れると、クシュッとサクッの真ん中ぐらいのやわらかさでリンゴが半分に分かれる。

切り開かれたリンゴから黄金色のトロっとした蜜が広がる。

湯気がフワフワ立ち上り、香りもフワフワ立ち上る。私もフワフワのぼせ上がりそうになる。


食べる前からおいしい!


「気前がいいな!色男! 私にはないのか?」

「ないな。俺は女性にしかサービスはしない!」

サディンさんは半分に切ったリンゴを、さらに1口ぐらいの大きさに切り分けながら、振り向きもせずに応える。


1口に切り分けられた焼きリンゴをふーふーしてからほおばる。

「!!」

おい()い!

食べる前からってたけど、おい()い!

ちょっと口の中をヤケドしたけど。


「バルエさんには、私から出してあげようかね!」

そう言いながらマディさんが奥に引っ込み、出てきたときには、両手にビンを持っていた。

「〈アオシギ〉か! いいな!」

せんを抜くと、カチンとビンをぶつけてそのまま飲み始める。

2人ともおいしそうだ。


「ハナちゃんも飲んでみるか?」

おじさんとマディさんを見てると、サディンさんが聞いてきた。

「あれは何?」

「お酒だよ。ビールだ」

「お酒……ビール?」

「苦くて泡が出るお酒だ」

「苦いの?」

「苦いぞ」

「じゃあいらない」

「そうか!」

ガッハッハッとサディンさんは笑う。


「酒はたくさんあるがな、街の名前をつけていいのは1つだけだ。その街で最もたくさんのまれていて、最も旨い酒。それだけが街の名前を付けることができる」

「安くて旨い酒が飲みたけりゃ街の名前の酒を飲むんだよ!」

笑いながらマディさんが歌い始める。


俺たちゃモグラ 穴を掘る

陽の光は目の毒だ

俺たちゃアリだ 荷を運ぶ

風の匂いは鼻の毒


ステキな歌声だった。少し鼻にかかったようなしわがれた、でも耳になじむ心地よい歌声。


スリ傷だらけ マメだらけ

汗と土で真っ黒け

くたびれ果てて 疲れ果て

空には月が昇ったら

俺たちゃ魔法使いに早変わり


独特なリズムは、しゃべるように、語るように、聞かせるように、でも歌なのだ。


呪文も作法も必要ねえ

安酒一杯あおるだけ

人間様に変身だ


楽しさと強さにあふれていながら、どこか寂しげな歌。


飲んで 騒いで 肩組んで

愉快な魔法が解けるまで

飲んで 騒いで 肩組んで

泥のように眠るまで


「ステキ…。すごい。上手」

私はリンゴを食べるのも忘れて拍手をしていた。

「ありがとう」

マディさんは柔らかく笑う。

「アオシギを片手に青百合の歌を聞く。贅沢だな」

おじさんも拍手をしている。

「昼間はダメだね! さっぱり艶が乗らないよ」

マディさんはカラカラと笑っている。


「青百合って?」

「マディさんの若い頃からの呼び名だよ」

「昔の話さ! 今はこんなんだからね!」

マディさんがどーんとお腹を叩く。

「誰かさんのせいで、すっかり太っちまった!」

サディンさんがくつくつと笑っている。

「マディさんは二つ名がつくほど有名な歌手でね、その歌と美貌でアオシギにいる全ての鉱夫の憧れだった。そりゃあ凄まじい人気だったんだ」

「へえー」

「そんな彼女をなんとか自分に振り向かせたいと一大決心をした身の程知らずな男がいてな」

サディンさんはマディさんのそばに立ち、その肩に手を置く。


「タヌキがリンゴを盗んだんだ」

3人は大きな声を上げて笑った。

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