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19 ヴェレヌ山脈

真っ黒い犬で、おじさんの腰より高いぐらい。

やっぱりこの子も大きい。

すらっと長い足と首。

毛は短いけど、たてがみのように首の後ろの毛が長く、そのまま背中、しっぽがフサフサしてる。

耳が4つにしっぽが3本。

ただの犬じゃない。

頭の上にあるピンと立った短い耳とその外側にあるだらんと垂れた長い耳。


おじさんは、首をなでたり、頭をなでたり、足をつかんだりして遊んでいる。

犬もなめたり、のしかかったりして空でも飛べそうなぐらい3本のしっぽをふり回してる。


「何してるの?」

「あ、終わったかい? どれどれ?」

私の質問には答えず、肩はばの広い人の傷の具合を見る。

犬はおじさんの後ろを嬉しそうについてきて、ふと私を見ると飛びかかってきた。

「うわあっ!!」


私と比べれば肩ぐらいまである、大きな犬に飛び乗られて、顔をベロンベロンなめられる。

「やめて! やめてぇっ!」

パニックになって手で犬の顔を押さえると、遊んでると思ったのか、ますますおもちゃにされる。

足で押さえ込んでベロンベロンなめられたり、口にくわえられて振り回されたり。

「これ、落ち着きなさい」

おじさんが止めようとしてくれるけど、全く止まらない。

「こら、ハナさん泣いてるから!」

ワッフワッフ言いながらはしゃぐ。

「おい! 離せって! おいっ!」



「しっかり治ってる。ここまでちゃんとしなくても良かったのに」

結局、犬が落ち着くまで、なすがままにめちゃくちゃにされて、ボロボロになってやっと止まって、やっと話の続きが始まった。


途中、あきらめたおじさんがそこら辺の石に腰かけてお茶を飲んでいたのを私は知っている。


犬は私の手のひらに自分の頭をこすりつけて大人しくしている。

「加減とかよく分からない」

首を振る。

「そうか。そりゃそうか。そうだな」

おじさんは納得していた。

「なんであれ治せたんだから大したもんだ。すごいぞ」

おじさんに頭をなでられる。


「ところでこの子は何?」

手に頭をこすりつけたり、なめたり、くわえたり好き勝手やっている犬を片手であやしながら聞く。

「ああ、アイツを倒したのがコイツだ」

変な鎖をつけた人を倒したらしい。

「『フロン』という。白って意味だ」

「白?黒いよ?」

「黒いんだがな、狩りの時は背景に合わせて体毛の色が変わる。大体ほとんどの色に変わるんだが、白くはなれない。背景に紛れて近づかれるとほぼ何が起こったのかも分からずやられる」

ぺろぺろしている。かわいい。

「怖いから、襲われないようにという願いを込めて苦手なフロン()という名前が付けられてる」

「おそうの?」

「襲うぞ。好戦的だぞ。テリトリーに入った瞬間、狙われる。数頭で群れを作って背景に紛れて巧みなコンビネーションで隙なく襲ってくる。毒もあるし」

「毒!?」

フロンを見ると、ふいっ目をそらす。

さっきベロンベロンなめられたけど!

「大丈夫だ。噛みつかなきゃ毒は出な――」

「ぎゃあ!!!」

フロンが突然、あまがみを始める。

手を振り上げると、しっぽをたたんでおじさんの影にコソコソ隠れる。


「遊んでるな。心配ないよ。毒があるんじゃなく、毒の魔法を使うんだ」

隠れてたのはなんなのかワフワフいいながらじゃれている。

この子もいい性格をしてる。

「毒の魔法もあるんだ……」

「ある。治癒術の仲間だ」

「!!」

「フロンは治癒術も使う。気配が消せて、毒も使う大型の獣が、群れでお互いをフォローしながら、傷ついたらお互いを回復しながら襲ってくるんだ。恐怖だろうな」

はははははと笑っているが、笑いごとなんだろうか…。


3本のしっぽを振り回しながら遊んでる姿からは、凶暴さの欠けらも感じないけど……山にいると違うんだろう。


「フロンはいいとして、とりあえず、アイツらの処置は済んだ」

そうだった!

「アイツは利き手を失った」

背の高い人をさす。

「アイツは目が相当に悪くなった。朝と夜ぐらいは分かるがな」

ハゲた人をさす。

「アイツの左足は動かない」

変な鎖をつけた人をさす。

「あの人は?」

肩はばの広い人をさす。

「アイツは声を失った」

なるほど……。

「悩むところだかな。とりあえず人を襲っても、かなり危険度は下がった。この後の人生をどうするかはアイツら次第だ」

木に寄りかかってグーグー寝てる姿は平和だけど……。

「盗賊を続けようとすれば終わりだな。街へ降りて、自分の過ちを詳らかにして、償う道を選べば、まだ可能性はあるかもしれない」

「助かるかは分からないんだね」

「そうだな。どれだけのことをやってたかによる。そればかりは私たちがどうにかする話じゃない」

パンと手を叩く。

「とりあえず、起きるとやかましいだろうから少し進もう。そして飯にしよう。暗くなる」


寝てる人たちは寝てる間にケモノとかにおそわれるかもしれないからというわけで、ケモノの嫌がる匂いがする植物を混ぜてすりつぶした薬みたいなのを顔にぬっていた。

普通ぬるのは顔じゃなくて手の甲とからしい。

『顔だと臭いし、口に入ると舌が痺れるほど苦いからな』と笑いながら口周りと鼻の下にベタベタぬっていた。

フロンがすごく嫌そうな顔で離れたので効果は十分だろう。

私もくさかった。

おじさんも、ものすごく念入りに手を洗っていた。


辺りは夕方から夜に向かうころで、早足で進んだ。おじさんはフロンを帰そうとしたけど、ものすごく抵抗して、私にしがみついて離れなかったりとか色々あって、一緒に来ることになった。

『飯食ったら帰れよ』とおじさんが言うと、嬉しそうにぴょーいと飛び上がって空中で3回転して、音もなく着地した。

『人に見つかると大騒ぎになるんだがな……』とおじさんが困った顔でブツブツ言うと、少し離れた木へと走って、木の上に向かってなんか吠えて、『何もいませんでした』みたいな顔でしれっと戻ってきた。


おじさんは馬に、私はフロンにまたがって進む。たてがみみたいにフサフサに伸びた毛をつかんで乗る。

フサフサしてるけど、わりと固い。

『万が一見られると困るから』と道から外れて森の中に入ったとき、馬がガサガサ草を鳴らしながら進むのに、フロンは全く音をさせない。

しかも揺れない。


「色が変わるってホントなの?」

聞いてみると、こっちをチラッと見た。

その次の瞬間には、黒かった毛が、深緑色に変わっていた。

木の幹にピタッとくっつくと、今度は茶色く変わる。

私を下ろして、草むらに後ろ足を、木に前足をかけて立ち上がると、後ろ足側が緑で、前足側が茶色くなった。

目の前で見てるのに姿が消えたように見える。


「すごい!」

そう言うと、チラッとこっちを見てフンフン鼻を鳴らした。

おじさんの呼んでくる動物は、言葉が分かると思っていいと思う。


フロンは夜ご飯をわんわん言いながら喜んで食べたあと、話を切り出される前に、たぬき寝入りを決め込んだ。

明らかに起きてたけど、意地でも寝たフリを止めないので、『朝までな』ということになった。

その言葉を聞いた時、しっぽが揺れていたのだけど。


次の日の朝、いつもより早く目が覚めた私は朝日を受けてキラキラ光る川をフロンと2人で見ていた。

ピューピューと冷たい風が吹く川原で、フロンが私を風から守るようにピッタリとくっついている。

「昨日の人たちはどうなったんだろうね?」

おじさんは気にするなと言っていたし、昨日はそんなに気にしてなかったつもりだったけど。


ひどいことを言われたり、殴られたり、蹴られたり、髪の毛をつかまれたり、痛いことをされてきたけど、よく考えると、痛いことをしたことはない気がする。

今回もおじさんが倒してくれてて、私は何もしてないんだけど……でもやっぱり人が痛い思いをするのは好きになれそうにない。


あの人たちも、間違いなく大変だろうけど、難しいんだろうけど、みんなと仲良く暮らして欲しい。


「くしゅんっ」

寒い!と思ったらフロンがいない。

物思いに沈んでる間にどこかへ行ったらしい。

どこへ?

キョロキョロさがすけどいない。


『チャプン』と音がする。

見ると、巨大な魚が宙に浮いている。

「でかっ!」

同時に魚が空を飛ぶ。

巨大な魚は近くの草むらにドサッと落ちた。

魚がどんどん飛んでくる。


草むらに魚の小山ができた。

魚の雨が止むと、川からすーっとフロンが出てきた。

ビショぬれの体をブルブルふる、前に遠くにはなれて、ブルブルふる。

魚の山に片足をのせて、『ふふん』とほこらしげだった。

「おじさん起きてきたら朝ごはんにしてもらおう」


「大漁だな!」

小山になった魚を見たおじさんは、てぎわよく料理していく。

朝ごはんは、カレー粉というのをまぶして焼いた魚を、固いパンにはさんだサンドイッチだった。

ほとんど残った魚はくんせいになった。


引き続き付いて来ようとするフロンと、帰そうとするおじさんで、ワイワイ騒いだあと、ついにおじさんが怒った。

怒られてしょぼリしながら、フロンは帰って行った。

大量の魚のくんせいを持って。


そしてその日、ついに森を抜けた。






やっと山を越えました。

次は人里にでます。


次は明日21時に幕間を更新します。

本編はいつも通り、2日後の21時です。


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