18 ヴェレヌ山脈
「囲まれても剣すら抜かないヤツに、騎士を名乗る者が剣で一騎打ちを申し込んで正々堂々もないと思うが……」
「はっ! 口先だけの臆病者が!」
「臆病者だから、それは構わんが……。一騎打ちな。小さな子の前で、余り残酷な事はしたくないんだが」
「はっ!死んだ後のことは心配するな。その坊主は将来復活した騎士団の団員になるべく育ててやる」
「存在しない未来に酔うのは勝手だが、彼女は女性だ。それだけは訂正しておけ」
おじさんにの顔には『めんどくさい』と書いてある。
「ハナさん、いいか。コイツらがたまたま何かの間違いで、間違いだらけの騎士団らしきものに入っていたことがあるだけで、騎士というのは本来、もっともっとまともな人たちだからな。勘違いしてはいけないよ」
「とっとのその坊主を降ろせ!そして、構えろ!」
「お前さんが極めつけのバカなだけだったと思いたいな。もう一度言うが、彼女は女性だ。大概にしろ。それと、降ろすのも断る。私が離れた所を狙われるとハナさんが怖い思いをするからな」
顔を真っ赤にして、剣を振り回している。
「なんか怖い、あの人」
「だいぶ煮詰まってるからな。余裕がない人間はあんな風になりやすい。でも、いい所もあるぞ」
「いい所?」
「ああ。馬に乗るのは上手いな。あれだけ取り乱してても、馬がちゃんと操れている。いい技量の持ち主だ」
「何を喋ってやがる!」
2人で背の高い人を見る。
「ああ、すまんな。律儀に待っていてくれたのか。お前さんのことだから、構わず襲いかかってくると思ってた」
ハッハッハと笑う。
赤を通り越して黒に近い。大丈夫なんだろうか?
「栄えあるガザラ護国騎士団第101隊第8班伍長ヒメ参る!」
剣を振り上げて大きな声で叫ぶ。
「あー、やっぱり101隊か、さすがに本隊の所属じゃないよな、良かった良かった。後、元、だからな。名乗りは正しくが礼儀だぞ」
おじさんはのほほんとしている。
「貴様も名乗りを上げろ!」
剣を振り上げたままプルプル震えている。
「嫌だよ。盗賊相手に名乗るなんて。なんでもいいからさっさと終わろう」
おじさんはヒラヒラと手を振っている。
「き゛さ゛ま゛あ゛っ!!」
ノドが割れそうな声で叫んでおどりかかってくる。
「きゃあっ!!」
すごい迫力で、思わず馬にしがみつく。
馬が暴れる。
『しまった』と遠いところで思った。
しがみついた馬のたてがみごしに、おじさんが暴れる馬でするりと剣をかわす所と、『どんっ』という音ともに、ハゲた人が爆発するのが見えた。
その直後、剣をにぎりしめた手がくるくると回りながら落ちてきた。
「どうどう。大丈夫だぞー。落ち着けー落ち着けー」
馬が大人しくなり、私も顔を上げる。
顔を押さえてうめいているのは、ハゲた人。
固まってピクリとも動かない汚れた格好の人たち。
振り返ると、背の高い人は馬から落ちている。
乗り手を無くした馬が、手首から先だけがくっついた手綱を揺らして逃げていく。
「「「うわあああー」」」
固まっていた汚れた格好の人たちが悲鳴を上げて逃げだした。
「うん、まあ、いいか」
おじさんは何かしようとしたけどやめた。
「用は済んだな? 私たちは行くぞ?」
手首から先がなくなった両手をながめてぼうぜんとしている背の高い人に声をかける。
「……な何が、おこ起こったの……?」
何があったかは分からないけど、体がふるえる。
「アイツは斬りかかってきた入れ違い様に手を落とした」
背の高い人をさす。
「アイツは斬りかかってきたタイミングに合わせて魔法を撃とうとしたから暴発させた」
ハゲた人をさす。
「仲間の毒矢を受けたアイツは痛そうだが、毒は弱いから大したことはないだろう」
肩はばの広い人をさす。
「隠れて矢を射ってたヤツは、犬に噛まれてその辺で倒れてるだろう。それ以外は全部逃げたな」
「手が……俺の手があああ゛あ゛あ゛っ!」
すっぱり切れているのに、血の一滴もこぼれていない自分の両手を焦点のあってない目でながめていた背の高い人が血の気の引くような悲鳴を上げる。
「おじさん……この人たちは」
背筋が寒くなりながら、何を聞きたいのか分からないまま、聞いてみる。
「死ぬほどの怪我じゃない」
おじさんは声だけはいつもの優しさで、でも少しの優しさもない聞いた事のない声で答える。
「でも……」
「そうだな。怪我では死なん、それだけだ」
「なあ…お゛いぃかえせよぉお」
ゾクッとして見ると、涙とヨダレと鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でこっちをにらんでいる。
「かえせよぉお! おれのてぇか゛えせ゛よぉお!」
立ち上がってこちらにフラフラと歩いてくる。
「かえ゛、ぶへぇ」
そしてこける。
見ると足首が地面にうまっている。
「えーっと、その……」
自分が何を考えてるのか自分でもよく分からない。
盗賊という言葉は聞いたことがあったけど、見たのは初めてだ。
村の近くは、盗賊が住み着くような場所じゃなかったし、そもそも村には何かを奪うほどのものがない。
なので、ひどいことを言う人はいるし、なんでそんなことをと思うことをする人はいても、人をケガさせてまで奪い取ってという人はとても少ない。
村から追い出されたら生きていけないから、ガマンするしかなかったわけで。
なので人におそわれたという今が、おそわれた後でもいまいちよく分かってない。
しかも、おじさんがいてよく分からないまま全部終わらせてしまったので、ケガもなければ、何もない。
確かに、おじさんがいなければ、最初の矢が降ってきたところで大ケガをしていた。そう思えば大変なことだった。
でも目の前で起こったことは、目の前に汚れた格好の人が現れて、おじさんに口げんかで負けて、気がついたらケガをして倒れてた。
なので、私としては目の前で人がケガをして苦しんでいるだけで、苦しんでる人が目の前にいるというのは、苦しいことだ。
でも、おそって来たのはこの人たちで……
「後味は悪いだろうな」
うめき声と恨みごとに、何がいいのか分からないで、グルグルと混乱してると、ボソッとつぶやいた。
「難しい話なのは確かだ。コイツらは間違いなく、何人か何十人か分からんが人を殺している。ケガをさせた人数ならもっと多いだろう。被害者にも色んな人はいただろうが、善良な、少なくとも殺されて当然というほどの瑕疵のある人は少ないだろう」
「うん……」
「たまたま今回は何もなかったけどな」
……色々あったとは思うけど、いいや。
「問題はここからだ。コイツらを治すことはできる。できるが、治すとまた悪事を働く可能性が高い。そうなると申し訳ないんだしな。近くの街まで連れて行ってもいいが……危険な男4人を私たち2人で連れ回すのは、相当に大変だ」
辺りが静かになったと思ったら、みんなグーグーいびきをかいて寝ている。
「!?」
「うるさいから、寝かせた。ほっとけば半日は起きんぞ」
おじさんはにかっと笑う。
「後腐れがないのは、自業自得ということで殺してしまうのが簡単だな。しかし、そうするとこっちの後味が悪い。さて、どうするか…だ」
「…………」
むずかしい。
でも
「痛いのは辛いから、治してあげたいと私は思う」
「うん、じゃあそうしよう」
「いいの?」
「どれを選んでも、気がかりが残るなら思うようにやるのが一番だ」
おじさんは大きくうなずく。
「ただ全部元通りにすると、何しでかすか分からないから、とりあえず困る程度にケガは残しておく。あの、矢が刺さってるヤツは大したことないから矢を抜いてちょっと解毒する。ケガはハナさんが治してやってくれ」
「うん。がんばってみる」
おじさんは矢を抜いて(雑に)、解毒薬を塗り込んで(乱暴に)、『これだけやっとけばいいだろう』とすごく簡単に治療して、ハゲてる人の所に行った。
矢が抜けた傷に手を向けて力を込める。
『ふさがれー!』
と強く思うと、緑の光がフワフワと手から飛んで傷口を包む。
『うううう!』
と力をこめて、こめて、こめて、息が切れた時には、傷は残っていたけど血は止まっていた。
わかんないけど大丈夫だろう。
肩でゼーゼーと息をしながら振り返ると、ハゲた人が木に寄りかかって座らされていて、顔のヤケドが治っていた。
もう一つ振り返ると、背の高い人の左手がくっついていた。この人も木を背中にして座っている。
その隣に変なクサリをつけた知らない人がいた。この人も座っている。
3人ともグーグー寝ている。
そして、おじさんは犬と遊んでいた。




