17 ヴェレヌ山脈
登る時は、力づくでむりやりまっすぐ登ったけれど、下りる時は転がり落ちないように、くねくね曲がりながら下りるらしい。
途中、また吹雪で足止めされたけど、それぐらいで大きな問題もなく下りていった。
岩肌に少しずつ木が生えて来る頃には、雪がなくなった。
こっち側のふもとには雪が少ないらしい。
代わりに風が冷たくて強いらしい。
森に入る前に、レベと山羊とはお別れになった。どちらも人に見つかると大騒ぎになるらしい。
レベが好きな肉と、山羊が好きな果物がたくさん用意された。
おじさんは、イノシシよりも一回り小さいぐらいのブタというのを丸々一頭だしていた。
生のままレベに渡したら、レベが怒っていた。
焼いた方が好きらしい。
たき火の上でブタが丸焼きにされる。
しかもただ焼こうとしたらまた怒り出した。
結局、お腹の中に野菜とかを詰めて、表面にタレをぬって焼くで納得した。
香ばしい匂いが辺りにただよって、レベはごきげんだった。
「料理を要求してくる野生動物も珍しいだろうな……」
おじさんは苦笑いしながら、丸焼きを作っていたけど、それはおじさんのせいだと思う。
山羊は、タルいっぱいに入った色んな果物をバリバリ食べていた。白い顔が赤や緑や黄色になっていた。
果物のタルのとなりにはワインというお酒が入ったタルもあって、ごくごく飲んでいた。
酔っ払っても大丈夫なのか心配になったけど、山に帰ったら山羊をおそうような命知らずはいないらしい。
ブタを骨ごとかみくだいているレベといい、山羊といい、なんとかワタシといい、おじさんが呼び出す動物は、実はかなり危ないんじゃないかと思ったけど、みんなかわいいのであんまり考えないようにした。
レベと山羊にたくさんお礼を言って別れたあと、久しぶりに少し歩いた。
昼下がりから日が傾くまでぐらい歩くと、辺りがすっかり森になった。
隠れやすい所で休む方がいいらしい。
危ない獣でもいるのか聞いたら、獣はそこまで危なくないけどケダモノがジャマらしい。
やっぱりおじさんの話はときどき難しい。
次の日、おじさんが馬を呼び出した。コガネグンソクではなく普通の馬だった。
『コガネグンソクは2人乗りができないから』ということだった。
馬にしがみついた私を後ろからおじさんが支えるように乗っていく。
パカパカ進んでいると、これまでの道のりが、どれだけ早かったがよく分かる。
そして、知らない木だらけだった。
冬だから実がなってるような木はなかった。
そこから2日は何もなかった。
起こったのは3日目の夕方近くだった。
そろそろ休もうかと言うころ、それは起こった。
『シュッ』という音と同時に、馬の横に何か突き立った。
矢だった。
「!?」
ビックリする私と、気にしてないおじさん。
その間にも、ドスドスと矢が降ってくる。
「当たらないから大丈夫だ。怖いなら目を瞑ってろ。すぐに終わる」
馬が暴れないようにあやつりながら、矢の雨の中をパッカパッカと変わらない速さで進む。
ドスドス降った矢の雨が止むと、ドスドスと人が出てくる。
馬に乗って片手に剣や斧や弓を持った汚れた格好の人たちが……えーっと……たくさん、私たちを囲む。
「待ちやがれっ!」
武器を振り上げて、大きな声を出す。
「急いじゃないが、先に進みたいからな。待つのは嫌だ」
でも、おじさんは気にせず進む。
汚れた格好の人たちは一瞬、『ポカーン』としたあと、またどなる。
「てめぇ!ナメてやがんのか?」
「ああ、かなり安く見てるぞ。よく分かったな。意外と賢いじゃないか。じゃあ、ちょっと道を開けてくれ。通るから」
馬を進めるおじさん。
思わず道を開けそうになる汚れた格好の人たち。
「ふざけんな! 殺すぞ! てめえら何引いてやがる!」
頭一つ背が高い人が吠えかかる。
他の人たちも『あっ!』みたいな顔で囲み直す。
「騒がしいな。見ての通り、何も持ってないぞ。他の金持ってそうなヤツを襲え」
「馬と荷物とそこの坊主を置いてけ。命だけは助けてやる」
坊主……。
坊主って言われた……。
「レディに暴言なんて、騎士の名折れだな。盗賊稼業やってる時点で、折れてるどころか腐ってるか」
「――貴様」
背が高い人の表情が変わる。
「鐙の踏み方、馬を止めた時の姿勢、騎乗中の刀剣の構え方……ハジャブ式騎馬法なんて、古式ゆかしいもん取り入れてるのなんてガザラ護国騎士ぐらいだからな」
3人の目がするどくなって、1歩前に出る。
背が高い人、肩はばの広い人、ハゲてる人。
3人!
「一人旅なら、酒でも飲みながら身の上話でも聞いてやるんだがな、生憎、連れがいる。子どもにつまらん逆恨みの愚痴なんて聞かせるのは忍びないから、その機会はまた今度だ」
「貴様! 侮辱するかっ!!」
背の高い人のとなりにいた、肩はばの広い人が剣を振り上げて飛び出してくる。
「ぐはっ!?」
そして馬から転がり落ちた。
「不意打ちが悪いとは言わんが、汚名を雪ぎたいなら名乗りぐらいは上げねば、形にならんぞ」
転がり落ちた人は肩の辺りを押さえてうめいている。
首元に矢が刺さっていた。
なにがなんだかさっぱりわからない。
「なにが起こってるの?」
なので聞いてみた。
「最初に矢が射掛けられただろう? あの時の射手がまだ森に残っていてな、前からあの男が襲い掛かると見せかけて、後ろから毒矢を放ったんだ」
「毒……!?」
「でも、矢が外れてあの男の肩に刺さって痛がってるという話だな。マヌケな話だ」
ハッハッハと笑っている。
「必殺の攻撃が……」
「何があったんだ……」
汚い格好の人たちがザワザワしている。
「魔法か…?」
「でも使った気配がなかったぞ…」
「いやいや、初手の不意打ちで1本も中らなかったんだから、魔法だと分かるだろう。それともお前らはあの本数を射掛けて1本も中らないのが当たり前なのか? だとしたら弓は止めた方がいい」
背の高い人がギリギリと歯ぎしりしている。
「後学のために教えといてやるが、ツグジの毒は花の甘い香りがするからな。花の咲かない冬に使うと分かりやすい。暗殺や不意討ちには向かない」
そして、私の方を向いて『要するに、下手なんだ』と言われた。
なるほど!
「まあ、護国とか名乗りながら、安い支配欲を出して、難癖つけて隣国に侵略戦争を仕掛けた挙句、返り討ちにあったような騎士団の成れの果てだからな。まともな戦術なぞ知らんのだろう」
「返り討ちだと!? 卑怯な罠に嵌められただけだ!」
「奇襲で勝ちを上げて、調子に乗って侵食しすぎて、維持できなくなった補給線を後ろから断ち切られたのが罠とは恐れ入る」
「貴様! どこまでも侮辱するか!」
血でも吐きそうないきおいだった。
「侮辱もなにも、子ども連れた、しょぼくれたおっさんに不意打ち、毒矢で寄って集って襲ってるのが全部だろう」
「我らは! 雌伏の時を堪えているのだ!」
「雌伏するなら畑でも耕せば良かろう。人様に迷惑を掛けるな、愚か者。所詮、暴力で人の努力を命ごと掠め奪って楽して生きて行こうなんて浅ましい考えを偉そうに言い換えるな。情けない」
「畑っ!はんっ!」
!! 鼻で笑った!
この人、畑仕事を鼻で笑った!
「畑など耕していては腕が鈍るわ!実戦の中に身を置き、腕を磨いてこそ、勇躍の時を迎えることが出来るのだ!」
「なら他所で雇ってもらえば良かっただろう。腕が立つなら仕事なんぞいくらでもある」
「やかましい! 我らが忠誠を誓うのはアズラン様のみ! アズラン様の再起に駆け付けるためには、自由な身でなくばならん!」
「アズラン……騎士団長か。ああ、元、騎士団長だな。騎士とは騎士団長に忠誠を誓うものではあるまい。主君に誓うものだ。訳の分からんことを言うな」
「やかましい! その減らず口、二度と利けぬようにしてやる!! 一騎打ちを申し込む!! 正々堂々、己の主張を剣で押し通すが良かろう!!」




