16 ヴェレヌ山脈
「………」
「ん?ハナさん?」
「……これ、何?」
「何って……」
私が訳が分からないままそう答えると、おじさんは分かりやすくしょんぼりした。
前足を振り上げたレベよりも高い。
大きな口に、大きなキバ。
長いしっぽ。
どっしりした4本の太い足に、雪をつかむ大きな爪。
そして、雄大な翼。
「世界で最も雄大な生物、ドラゴンだ」
腰を抜かして座り込んでいる私を起こしながら気を取り直しておじさんが教えてくれる。
「そのドラゴンの中でも最大、最強にしてもっとも美しいと言われるのがこの『ジェルフェン』だ」
レベはドラゴンの周りをぐるぐる回りながら、『ガオーガオー』と威嚇している。
本気なのかふざけてるのか。
「なんなの、これ?」
「雪で作った」
ものすごくキラキラした笑顔をして言われる。
「ジェルフェンは哺乳類のドラゴン。哺乳類のドラゴンはジェルフェンとグレートランドの2種類しか確認されていない。ジェルフェンの名前は神話に出てくる不倒の武神ジェルフから付けられている。ジェルフェンと召喚契約を結ぶのが私の夢の1つだ」
「色がついてるね…」
「魔法で付けた。塗装ができる魔法はいくつかあるが、氷に着色できるのは難しいんだ!色もたくさん使ってるしな! 凄いだろう! このサイズは雪像じゃ維持出来ないから、魔法で補強した。かなりの強度だから吹雪になっても壊れないし、松明を押し付けても溶けないぞ!」
白いような黄色いような不思議なウロコは、光を反射して色を変える。
尾から顔へ、細かく作り込まれた雪の像を見渡す。
キバをむき出しにしたその顔は、パッと見ると恐ろしいけど、よくよく見ればなかなかかわいらしい気もする。
ただ、気になることがある。
「目が……」
雪の像なのに今にも動き出しそうなドラゴンの、その目だけだけがなんだかとても作りものっぽい。
おじさんを見ると、ガシガシと頭をかく。
「そうなんだ。どうも目は上手くできなくて」
2人でその目を見上げる。
「………」
「………」
「あっ!」
私はコートについたおっきなポケットに手を入れる。
そして手のひらより大きい赤い実を取り出した。
「これはどう?」
「ナツメレンボの実?どうしてポケットに?」
「食べれる物はとれるときにとる」
ケナガグマの背中に揺られながらいくつかとっていたナツメの実。
「ナツメレンボはすっぱいし、苦いし、おいしくないだろう?」
「でも食べれる」
「……そうだ…が…」
そう言って私が持つナツメの実に目を向ける。
「……少し見せてもらってもいいかい?」
おいしいものを食べ慣れたおじさんには珍しいんだろう。
1つ渡すと、丁寧に持ってじーーーっと見る。
回したりかたむけたりすることはなく、ただじーーーーーっと見ている。
「………」
「…………」
「……………」
「……そんなに珍しいの?」
「…ん? あ、いや。久しぶりに見たから。ありがとう」
そう言ってナツメの実を返してくれる。
「よし、じゃあこの実をジェルフェンの目に付けよう」
私をひょいと肩車してくれるけど、まだ届かない。
届かない、とパタパタしてるとグイッと急に高くなる。
「!?」
ビックリして下を見ると、私を肩車したおじさんをレベが両手で抱えて持ち上げている。
やっと届いた目のところにナツメの実をはめようとするけど、今度は硬くてはまらない。
「あ、そうだった」
おじさんがそう言ってからブツブツしゃべると、目のところがぽわっと青く光る。
「ハナさん、今ならできるぞ」
ナツメの実を押し込むと、ギュッとはまった。
そのままレベはトコトコと反対側に回る。
ビックリするぐらい揺れない。
顔を間近で見ると鼻や角、まつ毛なんかもだけど、口の中に生えたキバや、ザラザラとした大きな舌と口の中まで、ぎっちり作られている。
口に手を入れたらかみちぎられそうだ。
反対の目にも同じようにナツメの実をはめて地べたに降りると改めて見上げる。
にぶく光る真っ赤なナツメの実に、日差しが当たってツヤツヤとかがやいている。
「いいな!さっきより随分いい!」
おじさんがうれしそうにうなずいていて、私はちょっと鼻が高い。
このドラゴンはこの真っ赤な目でこれからもずっと、このキレイな景色を見続ける。
………でもたった1人で?
めったに人も来ないここで吹雪の中、じーっと耐えるのはかなりさみしい。
私はドラゴンの足元の雪をさわる。
「どうした?」
「うまく固まらない」
サラサラの粉雪は押さえてもサラサラと崩れてしまう。
「なにか作るのかい?」
「ドラゴンが1人だとさみしいから」
「なるほどな」
おじさんがまたブツブツとしゃべると、サラサラの雪がぽわっと光る。
私はその雪で小さなうさぎを作った。
「んー? ネズミ? いや、イタチかな?」
うさぎと言ったらうさぎだ。
「うさぎ!」
おじさんをジロっとにらむ。
そして、うさぎの目に黄色い実をつける。
よし、うさぎだ。
大きなドラゴンの爪よりも小さなうさぎができた。
ドラゴンは1人じゃなくなったし、小さいうさぎもドラゴンに守ってもらえるから安心だ。
「アサギナンテンも食べるのか?毒だぞ?」
私がうんうんとうなずいていると、おじさんに言われた。
「少しぐらいなら食べてもへっちゃら」
食べすぎるとお腹が痛くなるけど。
「……いや、まあそうだが……あんまり……まあ…そうか……」
「他にもたくさん取ってるのか?」
おじさんに聞かれて、ポケットに入ってる木の実を取り出す。
次々というほどではないものの、いくつか取り出す私をおじさんはおもしろそうな顔で見ている。
「大したもんだな」
コートもズボンもポケットから全部だし終わると、おじさんが優しい顔で言った。
「ハナさんは、ノノモみたいだな」
「……ノノモ?」
「ノノモはリスだ。赤い毛並みでふっさふさの尻尾がある小さなリス」
「赤い毛並みのリス……」
少し伸びた自分の頭をさわる。
「ノノモは、アセラル地方にいてな、古い言葉で『命』って言う意味だ。森の木の実を蓄える。動いてる途中で木の実を落とすと木の実が芽吹く。ノノモは特殊な魔法を使っていて、ノノモの蓄えた木の実は必ず芽を出す。山火事で消滅してしまった森が、ノノモの群れによって再生されたという記録もある。」
見たことのない、赤いリスの姿を想像する。
「食料として蓄えてるんだけどな。わざと木の実を落として森が荒れないようにしてるようにも見られる。生息数が少ない上に、人前にめったに現れないから詳しく分かってない部分が多い」
ドラゴンの目にはめた赤いナツメの実を見上げる。
「ノノモ……。会ってみたい」
「会えるさ。会いに行けばいい」
「うん」
私は力強くうなずいた。




