15 ヴェレヌ山脈
その翌朝、変わらず雪は降るものの、ひとまず吹雪は止んだので出発になった。
二晩でかなりの雪が降った山肌は、キラキラ、サラサラの粉雪におおわれていて、さすがの山羊もレベも大変そうだった。
それでも、足を取られることなくザクザク進んで行く姿は頼もしかった。
私はレベの袋の中で大人しく丸まっているだけだけど。
降り続いた雪が止んで晴れ間が出た4日目の昼頃、ついに頂上にたどり着いた。
「うわぁ…!!」
遠くから見ても頂上の見えない天井山のそのてっぺん。
雪を降らせていた黒く重たい雲はどこへ消えたのか、清々しく晴れ渡った青空の下に広がるのは、どこまでも広がる真っ白い山肌。
想像すらしたことのない絶景が広がっていた。
「ここはヴェレヌ山脈の山頂の1つ『エダ』。冬にこれだけの晴れ間が見えることはかなり珍しい。良かったな」
肩に優しく手が置かれる。
「何度か来たことはあるが、私もこれだけの景色は初めて見た。ハナさんといるお陰だろうな。ありがとう」
ぽかーんと口を開けて、目の前のものすごくキレイな景色に、ただただ見とれる。
陽射しを受けてキラキラと白く光る雪。
山かげでほんのりと青白く光る雪。
空を飛ぶよりも高く、地面を歩くよりも確かに、私はそこに立っていた。
「せっかくだからお昼は外で食べよう」
おじさんはそう言うと、峰の広い所にぱぱっと魔法でかまくらを作ってしまった。
レベも山羊も入れる大きなヤツを。
『ただのかまくらだ』とおじさんは言うけれど、どう考えても小屋だった。
かまくらっぽいのは屋根の形がドームになっているぐらいで、柱があって、壁があって、窓があって、ドアがある。
窓には薄い氷がはめられている。氷を通すと光のするどさがゆるむ。さらに氷のムラが絵になっていてユラユラとおもしろい影ができる。
柱と壁には飾りが彫ってあって、いろりを囲むイスには手すりの部分に小さな机がついている。
雪でできてるのに火を燃やしても解けないいろり。雪でできてるのに座るとほんのり暖かいイス。
人が住めるような場所じゃないのに、いつまでも暮らせそうだ。
いろりでパチパチとたき火を燃やしながら、肉やら野菜やらを焼いて行く。
芋やネギは焼いただけなのにおいしい。村では貴重で、ほとんど使えなかった塩をちゃんと使うだけでただの野菜がごちそうになることにおどろいた。
芋もネギも村で見たことないぐらい大きくてみずみずしかったけど。
うすーく切ったアラシノシシのお肉をクルクルと巻いて串にさしたのは、食べごたえがあるのに、とても柔らかい。
大きなかたまりのお肉はウシというらしい。昔、行商人の人が荷物を運ぶのに連れていたような気がする。
お肉の表面に、小麦粉となんかよく分からない粉を混ぜたものをまぶして焼くと、肉からシミでた油を粉が吸い込んで、カリカリに焼ける。
肉の香ばしい匂いにレベがグワグワ言いながら暴れていた。
『待て』と言われても待てないようで、おじさんの後ろでガーガー言いながら怒っていた。
とは言っても、レベが食べるには小さすぎるので、いろりではなく魔法で焼いた私の頭より大きなかたまりを渡すと、両手で抱えてムシャムシャ食べていた。
鋭いキバや爪につく、生焼けの血になかなか迫力がある。結局、大きなかたまりを4つ食べた。満足そうだった。
山羊は気にせずすみっこでもそもそと果物や野菜を食べている。
冷えた手や口に、焼きたてアツアツの食べ物がしみる。
お肉も野菜もどれもこれもおいしかったけど、オニギリにタレを付けて焼いた、ヤキオニギリは特においしかった。
「今日はここまでにして、下るのは明日からだ」
ホットチョコレートをふーふーしながら飲んでいる私に、おじさんがソワソワしながら言った。
そのまま、かまくらから出ようとする。
「私は続きが読みたい」
そう言うと、『はいはい』とヘビと本を出してくれた。
私が受け取ったのを見てから、うれしそうに外に出た。
本を読むようになってから、少しずつ字が分かるようになってきた。
ヘビがいないと読めない字の方が多いけれど、ヘビがいなくても、簡単ないくつかの字は読めるようになった。
このままがんばれば、字を覚えることもできる気がする。
魔力が切れるタイミングもだんだん分かってきて、ひどいことになる前に止められるようにもなった。
私が本を読むなんて、しかもおもしろいと思うなんて、ほんの一月前では考えられなかった。
今読んでいるのは《ティケトゥクペティタン》という物語。
妖精のペンチは、なぜか頭に1本の角が生えていて他の妖精から笑われたり、いじめられたりする。でも《ティケトゥクペティタン》を合言葉に、つらいことがあっても優しく、楽しく、笑って乗りこえるうちに、友だちがたくさんできる。そして、『角が生えた妖精は珍しい』とペンチが悪い妖精狩りにつかまったとき、他の妖精たちが力を合わせてペンチを助け出してくれるというお話。
「………さーん…」
「……ナ……ぁん!」
読み始めてしばらく、ペンチの活躍に鼻をすすって感動していると、外から声が聞こえた。
ちょうど魔力が切れる前兆の背中にダルさがではじめていたので、本を閉じて外に出る……
うん、もう少しキリのいいところまで読んでからにしよう。
「グルブアー!!」
「っ!?」
レベの声でビクッとなった。
外でレベが吠えている。
慌てて、でもていねいに『しおり』をはさむ。
おじさんからもらった『しおり』。
本が読めるだけでかっこいいのに、本を閉じるときにこの『しおり』をはさむともっとかっこいい。
キラキラと金色に光るキレイな薄い金属の板に、キレイな絵がもっと薄く彫られている。
お城にバラのようなツルの花がからんで咲いている絵。
何かの物語の一場面のようで、もしそうならこのお話も読んでみたい。
また、おじさんに聞いてみよう。
「グルグガー!」
「!!」
本を閉じて外に出る。
「寒っ!まぶしっ!」
かまくらの外に出ると、冷たい空気がほっぺたに、するどい日射しが目にささる。
「うわあっ!!?」
次の瞬間見えたものに思わず腰を抜かす。
驚いたヘビがシュルシュルと離れてかまくらに逃げこむ。
それが何かはわからなかったけど、ものすごく大きな何かだった。
「あ、ハナさん。やっと出てきた。どうだ? 凄いだろう!」
おじさんがニコニコしながら聞いてくる。
そのものすごく大きな何かに向かって、レベが前足を振り上げて『グルワー』と威嚇している。
「………」
へたりこんだまま、私は呆然とした。
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