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12 ヴェレヌ山脈

 

 お父さんと別れるところまではなんとかがんばった。

 でも、村に背を向けて歩き始めると涙が止まらなかった。


 泣きながらおじさんに手を引かれて歩いた。しばらく歩いて村から見えなくなったところで、立ち止まって泣いた。


 おじさんは何も言わずにそばで落ち着くのを待っていてくれた。


 なんとか泣き止むと、おじさんがまた地面に絵を描いていた。

「行けるか?」

 絵から顔を上げて聞かれる。

「大丈夫。ありがとう」

 ムリヤリだけど笑顔を作って答えた。

「よし、行くか」

 そう言うと同時に絵からぽわ〜んと黒い塊が現れた。


 デカいのを見続けたから小さく思うけど、実際にはなかなかデカい。

「ケナガグマという。群青緋入り(ぐんじょうひいり)でこのサイズだと、一頭で屋敷が立つぞ」


 おじさんがガハハと笑うと、ケナガグマが怒ったように立ち上がって腕を振り回した。

 危ない。

 黒と思ったけれど、よく見ると黒に近いほど濃い青で、背中の真ん中辺りに赤い毛が走っている。


「冗談だよ、悪い悪い。ケナガグマの毛皮は貴重でな、乱獲されて絶滅寸前なんだ。コイツに乗って行けばいい」

 そう言うと、クマの背中にイスみたいなのを括りつける。背もたれと手すりが付いている。

 恐る恐る座ると、ふわっふわで体が沈む。このまま寝れそうなぐらい気持ちがいい。


 四足でノシノシ歩き出しても、全然揺れない。

「乗れそうか?」

 ウンウンとうなずく。

 乗れそうも何も、イスに座るだけだから誰でも乗れる。


「よしよし。私はこっちだ」

 次に現れたのは、小さな馬だった。

 鼻の頭が白くて、足の先が黄色い。頭の高さすらおじさんの肩より低いぐらい。

 そして、ずんぐりむっくりしてる。

「小さい……」

「ブフーーッ!!」

「―――!!」

 小さいのに、迫力がすごい。


「はっはっは。こいつはコガネグンソクっていう馬の種類だ。これでもコガネグンソクの中では大きい方だぞ。ただ、小さいのは体だけで、中身はとんでもない。トップスピードは軍馬種のレゼレアに一歩劣るが、加速力、持久力、耐荷重、小回り、勇猛さ、賢さ、目・鼻・耳の良さでは勝負にならん」

 誇らしそうに首をなでる。馬もブルブルと気持ちよさそうに鼻を鳴らしている。


「人の手による繁殖が難しいから、軍馬にはならなかったが…。後はやっぱり小さいからな…」

「小さくても強いんでしょ?」


「騎士だの貴族だのは見た目も気にするからな。レゼレアは背も高いし毛並みも艶やかで戦場で映える。後は、高い方が全体が見渡せるし、全員から見やすくて指揮が執りやすいという実務的な部分もある。そもそもレゼレアは…」

 おじさんは、あーだこーだ、あれがこれでと馬について色々しゃべりながら、馬に乗る道具をカチャカチャと付けていく。


 おじさんが自慢するだけあって、大きな荷物を背負ったおじさんがまたがっても、馬はビクともせずパッカパッカと進む。


 うーん…確かにかっこよくはない。


 そんなことを考えると、馬がこっちを見て鼻を鳴らした。この馬は人の心が読めるらしい。

 本当に賢い。



 ノッシノッシ、パッカパッカ。

 ノッシノッシ、パッカパッカ。


 クマと馬に乗って森を進む。

 冬が間近に迫った森の中は寒いけれど、着せてもらった服が暖かいので、顔が少し寒いぐらい。


 おじさんは途中、咲いてる花とか、木とか草とかキノコとかを指さしながら、アレはナントカで〜、こっちはナントカで〜と説明してくれておもしろかった。

 ほとんど覚えられなかったけど。


 日が高くなって来たころ、森が少し拓けた場所に出た。

「拓けたし、お昼ご飯にしようか」

「いいけど……」

 道はあるけど、道から外れたら荒れ野原だ。木がない代わりに、草が伸び放題になっている。

「草がすごいよ? クマの上で食べるの?」

「うん? 草は刈ればいいからな。木を切るより簡単だ」

「………」


 この草は、ヤスリツルモドキという草で、トゲがたくさん生えていて、草むらに入るとスリ傷だらけになる。しかも、弱いけど毒もあって傷口がハレる。

 なので、ヤスリツルモドキの草原は獣も入らない。


 さらに、くにゃくにゃ柔らかいのに切ろうとすると刃が食いついて切りにくい。

 広がってしまうと大変な嫌われ者の雑草。


 今から、ヤスリツルモドキを刈るのか…。

 いや、ここまでがおじさんに甘えすぎなのだ。2人分ぐらいの場所、私が刈り取ろう。

 気合いを入れて拳を握りしめた私が、振り返るとおじさんの手から紫の光がふわふわと草原に飛んでいく。

 その光を追って草原を見ると、光が広がった草があっという間に立ち枯れる。


「―――!」

 びっくりして振り返ると、今度は水色の光がふわふわと飛んでいく。

 そして、光が草原にたどり着いた瞬間、『ごおおっっ』と風が拭いて立ち枯れた草が抜け飛んで一箇所に集まる。


「――――!」

 再び振り返ると、今度は赤い光がふわふわと飛んでいく。

 集まった枯れ草に赤い光が触れると、『パチパチ』と枯れ草が燃え始める。


 さっきまであのヤスリツルモドキが生い茂っていた草原が無くなった。

 村中を困らせていたヤスリツルモドキ……。


 呆然とする私の隣を黄色い光がふわふわと飛んでいく。

 黄色い光は地面に落ちると、薄く広がっていく。


 光が消えると、そこにはビシーっとキレイに整った地面が現れた。

 根が抜けてボコボコになっていた場所はもとより、ゴロゴロ転がっていた石も無くなっている。

 怖々と足でつつくと、表面が程よく柔らかいのに沈みこまない。

 裸足で歩いたら気持ちよさそうだった。


「よし、お昼にしよう」

 そう言うと、宙に描いたオレンジの絵から、机やイスを取り出して並べる。

 その横に長い机を用意して、食材が並べられていく。

「風が強いし、冷たいな」

 そう言って、水色の光を放つと、風がピタッとやむ。

 周りの草木は揺れているのに、この机の周りは風もなく、お日様の陽射しがポカポカと暖かい。

「ピクニックのお昼と言えば、おにぎりだ」


 ウキウキと楽しそうに、並べた食材に魔法をかけて料理して行く。

 私とクマと馬は、おいしそうな匂いが上がるのをお腹を鳴らしながら見ているだけだった。


 待つこと少し、机の上には、オニギリという丸いの。

 タマゴヤキという黄色いの。ショウガヤキというお肉を焼いたの。皮がうさぎの耳みたいに切られたリンゴ。


「天気が良くて良かったな。雨や雪だったら、大変だったが」

 私がオニギリのおいしさに夢中になっているとおじさんもオニギリを食べながら、そんなことを言った。


 クマと馬は目の前に山と積まれた果物やら芋やらをガツガツと食べている。


 のどかだった。


 確かに雪の中、この森を進むのはとても大変なことだと思うけど、おじさんといると結局、簡単になりそうな気がする。


 ただお父さんとの別れの日が、いい天気で良かったと思う。


「そう言えば」

 思い出して聞いてみる。

「村の人がみんな二日酔いって言ってたけど、そんなことあるの?」

 おじさんはショウガヤキをもぐもぐしながらニヤニヤした。

「あるというか、出来る、だな。昨日は初めに『宵の口』という酒を出した。すごく飲みやすい軽い酒で、弱くても飲める。でも、1番の特徴は『飲み過ぎやすくなる』ことにある。その後に出したのが『後の祭』という酒だ。こいつは旨い。酔い方もよっぽどじゃなければ、気持ちよく酔える。ただし、残り方が悲惨だ。特殊な抗体を持つ体質じゃない限り、必ずひどい二日酔いになる。宵の口で酒が進みやすくしといて、後の祭で止められなくする。親が飲めば、息に成分が混ざるからな。呆れるほど飲んで、狭い部屋で一緒に寝れば、次の日にはみんな二日酔いになる。しかも、アラシノシシの味付けに、酒が飲みたくなる香辛料を使ったからな。一網打尽だ」

 つらつらと話してるが、かなり悪どい気がする。


「昔、戦争で使われたんだ。『マゼビアの宴』っていってな。難攻不落の砦を落とすためにな。宵の口と後の祭を差し入れて、わざと負ける。祝勝会でこの酒を飲んで、翌日、まともに動けない兵士ごと砦を落とした。この作戦を考えた軍師・マゼビアの名前を取って『マゼビアの宴』と呼ばれる。心配するな、多少苦しくてもただの二日酔いだ。明日には元に戻ってる」

 ハッハッハッと笑っているけど……。


「……怒ってたの?」

「怒るほどのことじゃない。こういう言い方がいいのか分からんが、ハセダみたいな村の住人はだいたいあんな感じだ。満ち足りぬに足りるを知れ、なんてのは満ち足りたことがないと叶わない。自分たちの生活を守るために必死なだけだ。だから怒ったりはしない」

「…………」

「ただ、怒るほどじゃないと好ましく思うとは別だ」

 おじさんはにっと笑った。

「旨いもん食って、旨い酒飲んで、騒いで。それぐらいの楽しみがあったとしてもバチは当たらない。ただ終わった後でちょっとバカ騒ぎし過ぎたって反省する機会ぐらい与えても、私にもバチは当たらない。それぐらいの話だ」

「………。ありがとう」

「ん? 何がだ?」

「おじさんのおかげで、お父さんに静かにゆっくりお別れを伝えることができた。だからありがとう」

「無理も気にもするな」

 頭をなでる手は大きく温かった。




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