01 ハセダ村
登場人物紹介
ハナ:ハセダ村に暮らす少女。14歳。赤い髪の坊主頭。ちっさい。
おじさん:ハセダ村の近くに住み着いた魔物を討伐に来たおじさん。
「ハナ、君に決まった」
疲れた顔をした村長は、言いにくそうに切り出した。
「辛いとは思う。恨みもするだろう。それでも、この村のため、君に決まった。許せ、とは言わない。ただこの村を救うため犠牲になってもらう」
そう言い切ると、村長の後ろから縄を持ったおじさんが2人、申し訳なさそうに近づいてきて、申し訳なさそうに、でも遠慮なく、私は縛り上げられた。
私は抵抗することなく、縛られた。
辛いとか、怒るとか、そんな気力はもうはるか昔に失くしていた。
この村は穏やかに暮らすにはあまりにも恵まれていなかった。
高い山を背負った村は、平らな場所が少なくて、土も痩せている。
その上、冬が長い。
畑で採れる作物は少なくて、冬の蓄えはできない。
なので、冬が来る前に峠1つ越えた所にある川で漁をして、冬を迎える準備をする。
それでギリギリ。
しかし、今年はその漁ができない。
その川にカワズミトカゲが住み着いてしまったから。
カワズミトカゲは大きなトカゲで、なんでも食べる。魚も草も人も。
川の汚れまで食べてしまうので、川がすっかり澄み切ってしまうからカワズミトカゲ、というのはこの村で一番賢いおじさんが言っていた。
とにかく凶暴な上に賢いので、村人が束になっても食べられて終わってしまう。
しかし退治しないと村人が冬を越せない。
そうなると、退治を依頼しないと行けない。
カワズミトカゲの退治は高いらしい。
ただでさえ余裕の欠片もない村には、お金なんてない。
どうしたものか……と相談した結果、どうやらお金の代わりに人でもいいらしいという話を聞き、じゃあ誰にするのか……と相談した結果、
私になったらしい。
理由は簡単で、反対する人がいないから。
6年前にあった土砂崩れで母を亡くした。それ以来、父と2人で暮らしているが、一緒に土砂崩れに巻き込まれた父も足を怪我してしまい、立ち上がることも満足にできない。
私が1人で畑をするけれど、子ども1人でできる仕事など、たかがしれている。
それでもここまで生きてこれたのは、私の不思議な力のおかげだった。
私には、人の怪我を治す力があった。治癒術と言うらしい。
治すと言ってもそんな大袈裟なものではなく、擦り傷や切り傷が治る程度。
あとは、痛みが少し和らぐ程度。
それでも、この寒村では重宝される。
朝から晩まで畑を耕し、ヘトヘトの体で村人の傷を治し、力尽きて気絶する。
そのお返しに僅かな食料を分けて貰い、なんとかかんとか、追い出されないようにやってきた。
村の人の施しでなんとか生かして貰っている父と、地べたに這いつくばってかろうじて村に残して貰っている小娘。
人でもいいらしいという噂が出た時から、そうなるだろうと思っていた。
「ハナ、おめえはまだ14だ。治療術の力もある。器量も悪くねえ。今は短く切っちまってるが、その赤い髪をちゃんと伸ばして梳かしゃ、なかなかなもんだ。売られて行くって聞きゃあ辛いかもしれねえが、何も食われる訳じゃねえだろうし、いい人に貰われて行きゃあ、今よりいい暮らしはできるに違いねえ。この村じゃちゃんと食えねえから、細っこい体も、それなりの人の所でちゃんと食わしてもらや、マシにもなろうってもんだ。なに、親父のことは心配するな、漁ができれば1人分の面倒ぐらい見れるからな」
私を縛ったおじさんはそう言うが、全く目を合わせず、読むようにいう言葉はせめてもの嘘だろう。
私が逃げ出さないように縛ってるのが言葉よりも正直だ。
手を縛られて小屋に放り込まれる。縄で手がすれて痛いけれど、ぼーっとしているだけで食事が出てくる生活は、今までの暮らしと比べると天国のようだった。
5日ほどすると、討伐者が派遣されたという連絡が届いた。村中が喜んでいた。
それから20日ほど経ったけれど、まだ来ない。
本当に来るんだろうか?村はざわざわしていた。
さらに10日ほど経った。
早くしないと雪が降り始めてしまう。雪が降ると峠を越えられなくなってしまう。
初めのころは憐れんで少し多めだった食事はどんどんと減っていく。
その食事も出されるたびに文句を言われるようになり、怒鳴られたり殴られたりするようになった。
さらに10日ほど経った、あたりが暗くなったころ、村に一人の旅人が来た。
腰には剣を差し、ぼろぼろの外套を羽織り、大きな荷物を背負ったおじさんだった。
髪も髭も伸び放題で、怖い怪物を退治に来たというより、旅人がなんとかかんとか辿り着いたような感じだった。
村長が出迎えていたが、村中が戸惑っていた。
「ハセダの村で間違いないですか?」
低いのによく通る柔らかい声だった。
「そうです。ここがハセダの村です。カワズミトカゲの討伐者の方で…??」
「そうです。協会から派遣されましたミノルと申します。着くのが遅くなって申し訳ありませんでした。道がいくつかふさがってた上に、村の位置がはっきりしなかったもので、少し手間取ってしまいました」
そう言って大きな荷物から紙を取り出す。
その紙を受け取って村長が読む。読み終えた村長は、分かりやすくほっとした顔になった。
「よくおいでくださいました。どうぞよろしくお願いします。何もない村で大したもてなしもできませんが、どうぞ今夜はゆっくりお休みください」
村の人たちは、討伐者のおじさんが村長の家に案内されるのを、遠巻きに見ながら決して近づかずぞろぞろとついていっていた。
私のいる小屋の前を通るとき、隙間だらけの窓からのぞいていた私と、おじさんと目があった。
「あの子は?」
おじさんが村長に尋ねる。
「恥ずかしながら、その、お支払いできる貯えが、そのありませんで……。あの子がその、今回お渡しできる精一杯になります…」
「……。そうですか。辛いご決断でしたね」
何か言いたそうではあったけれど、おじさんはそうだけ言った。
「あの子と、お話してもよろしいでしょうか?」
「え、ああ、ええ大丈夫ですが…」
小屋の入口が開けられて、村長とおじさんが入ってきた。
村長の居心地が悪そうだった。
そうかもしれない。
私は殴られた後で顔が腫れていたし、服も替えていないからぼろぼろだし、逃げ出さないように手をきつく縛られている。
おじさんに、顔の傷を確認されたり、なんだか質問されたりした。
何かをする気力はもうとうに失せていて、質問に答える元気もなくただぼーっとしていた。
「おい、ハナ! ちゃんとお答えしないか!?」
村長が慌てていた。いつもなら2、3発殴られていたと思う。
さすがに人前ではできなかったのだろう。
「いや、大丈夫ですよ。この子も辛いでしょうから」
おじさんは優しい声で村長を止めていた。
その後、ぼろぼろの外套をごそごそと探って、小さな袋を取り出した。
さらにその袋から、小さな袋を取り出す。
その小さな袋には赤くてきれいなツヤツヤした丸い玉が入っていた。
「これでも食べなさい」
手に握らされたその袋を力なく見る。
どうしていいのか分からない。
迷っているのに気付いたのか、おじさんは袋を破いて、赤い玉を取り出し、手に握らせてくれた。
「そのまま口に放り込むといい。硬いから噛んではいけないよ」
村長を見ると、そわそわしながらうなづいた。逆らうなということだろう。
戸惑いながら、その玉を口に入れると、ほんとに硬かった。
なんだこれ?と思った瞬間、舌の上から鼻の向こう側まで、痺れるような感覚が突き抜けた。
「!!!」
びっくりしたその後、その痺れるような感覚が『甘さ』であることに気づいた。
私の表情が変わったのが面白かったのか、おじさんはふっと笑うと、私の頭を撫でた。
大きな手はごつごつとしていたけれど、温かかった。
「気に入ったか。残りも食べるといい」
そう言うと、小さな袋がいくつも入った袋を袋ごと渡してくれた。
口いっぱいに広がる甘さが、心にもしみ込んでくるようだった。
気が付けば、私は泣いていた。
おじさんは撫でていた手を離すと、「行きましょうか」と言って村長を連れて出て行った。
おじさんが出て行ってしばらく、口の中の甘いのはだんだんと小さくなり、最後にはなくなってしまった。おじさんにもらった袋を握り締めて、食べてもいいんだろうかと迷っていると、小屋に村の人が入ってきた。
「あれは、なんだったんだ?」
私が袋を握り締めているのを見ると、「見せろ」と言ってきた。
私は握り締めたまま首を横に振った。
「業突く張りな娘だ!」
私の抵抗に腹を立てたのか、言うと同時に殴られて、袋を取り上げられた。
「返して…」
足に縋りつくと、蹴られた。
「なんかいいもんなんだろう。おめえみてえな穀つぶしにはもったいねえ」
取り上げた袋を村人が囲んで、中に入っているキレイな丸い玉を取り出して眺めている。
そして、袋から取り出して、口に放り込む。
「!!! すげえ!! 甘いぞ! めちゃくちゃうまいぞ、これ!」
その一言で、丸い玉の取り合いが起こった。
「てめえ、こんないいもんを独り占めしようとしてやがったのか!?」
丸い玉を手に入れた若い村の人がこっちに近づくと、また殴られた。
「ごめんなさい……」
一人が殴りだしたのをきっかけに何人にも囲まれて殴られたり蹴られたりした。
私は、かすれた声で必死に謝った。
ひとしきりして落ち着くと、ぼろぼろになった私に中身がなくなった袋を押し付けて村の人たちは出て行った。
空になった袋をみて、私はまた泣いた。