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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジー寄せ集め

あざみの花

作者: アロエ



「これきりの縁であろうともお前は余の女だ」



制限された非常に心許ない数の出迎えのもとへと歩んでいく女の腕を掴み、浅黒く獰猛な獣にも似た風貌の男は低く、そして傲慢さを隠しもしない口ぶりでそう声をかけた。


見慣れた祖国の紋章を掲げた彼らを視界に入れ、自然と足どりが早くなりはしたない真似だと思いながら今すぐにでも男の側を離れようとした女は思いもよらず引き留められ、驚き、振り返った。


長い銀の髪がその動きにつられて揺れ動き、その冷たいアイスブルーの眼差しは一瞬驚きに目を見開いていたがすぐに鷹のように鋭く男を射抜くと怪訝と不信の色をありありと浮かべた。



「私は貴様を忘れない。しかしそれはあくまで仇としての感情だ。……貴様が一体私にどのような幻想や感情を持ったかは知らないが、勝手甚だしい考えになぞ巻き込まれたくはない。悍ましさに身の毛がよだつわ」



女のきっぱりとした拒絶も愉快そうに受け止め、金の目を眇める男に更に不快そうに女はその秀麗な顔を歪め、男の手を乱暴に振り切り、堂々とした足取りで自分があるべき場所へとその足を向けていく。一度として振り返る事も歩みを止める事もなく。


馬車へと乗せられて彼方へと消える女らを、男は黙って見届けてから大仰に身を翻し供の者らを引き連れて自分もまたあるべき場所へと歩みを進めていくのであった。




****




時は変わり、隣国との戦いで深手を負い亡くなった王に代わり国を収める女王の膝元で彼女の娘たる降嫁した王女が初めて出産した女児のお披露目というめでたい祝いの会で、事件は起きた。



「イズリーナ・バロメナス!貴様との婚約は破棄だ!!この悪女め!」



それは祝いに駆けつけた自国の貴族、そして他国のものらの名を進行のものが読み上げている真っ最中であった。


王女の弟でもある第二王子のエイダリオンが突如人の波を割り、男女を引き連れて人々の注目を浴びながら大声を張り上げて侯爵家の令嬢に手をあげたのだ。


侯爵家の令嬢は本来ならパートナーである筈のエイダリオンがエスコートに来ないという事態に急遽父を共にと侯爵家の並びで紹介を受け、青い絨毯の敷かれた高貴なるものらの道を歩き出そうというまさにその瞬間というどう考えても正気とは思えない所業に娘の祝いに笑みをこぼしてはいた女王も表情を無にして絶句していた。


驚き混乱しながらも頬を張り倒された娘をすぐ様抱え起こし、怒りを隠しながら冷静に王子にこの仕打ちについての理由を問う侯爵家当主。その妻は気絶しかけながらもかけつけたメイドに支えられて一先ずは休める場所にと促され退場していった。



第二王子の主張する理由はこうだ。自分が見初めた子爵位の娘に嫉妬し醜悪ないじめを行ったのだと。


爵位にものを言わせて孤立させ、王子らがそれを窘めれば更に目の敵にして子爵令嬢を追い詰め罵倒し挙げ句金で雇ったものに身を汚させようとまでした、と。


まったくのでたらめだ。


子爵令嬢と王子らが主張するその日には侯爵令嬢たる彼女は王宮にて王妃としての心得を教えられているか父母や教育係によって邸で自主的に学習を積んでいるかのどれかだと彼女付きの護衛と侍女は口を揃えて証言をする。


しかし王子は身内であれば何とでも言えるだろうと頑なに信じようとはしない。そして王太子として国外への追放を、と言いかけたところで女王の剣が舞った。



この国の宝にして、女王専用に誂えられたその剣は岩や鉄でさえ紙を切るかのように柔く撫で斬ることができる。女王の腕の賜物と、彼女を愛した亡き夫の思いが込められた至宝。



王子の自慢のプラチナブロンドの髪がはらりと僅かに散った。


頬に微かに風圧が触れ、腰を抜かした王子はガクガクと震えながらようやく自身の母の鬼の形相に気付き竦み上がる。


カツと靴を鳴らし他のものとは一線を画す高い段から降り、己の息子に刃を向けた女王は王子を()めつけたまま口を開いた。



「お前は一体何を言う気であった?王太子としてだと?笑わせるでないわ、継承権をもつものはお前の他にもいるであろう。まだどちらとも指名しておらなんだ状況にて自分こそがと権利を振りかざし、罪無きものに罪を着せ、王家の信用と歴史に泥を塗るようなものに誰が国を任せようなどと思うか!馬鹿を言うのも大概にせよ!!」



雷が落ちるという表現が真に似合う喝を入れるかのような母の、上に立つものとして力の入った声音であった。


先程までの勢いも恋の熱も忘れて目を潤ませて母のその説教にただ耐える王子は申し訳ないが十六、七の年頃だとは思えない。もう少し年齢の低い少年のようだ。泣きそうな顔で歯を食い縛り嗚咽を耐えるかのような。


ふて腐れたようなむくれた顔であっても然り。



そんな情けない息子の様子にも女王は気を逆撫でられたように柳眉を吊り上げ、怒りを加速させていく。



「お前が勉学を疎かにしている間に第一王子は申し分ないほどに学を修めて諸国を旅し、国のためにと政策をあげてきたというに。己の立場に胡座をかいて怠けるばかりか泥を塗る真似を平気でするようなお前は王家のものとして相応しくはない!よって、今ここで継承権を取り上げる!そして北方の一兵士として今までその身にかけられた血税に相応しい働きをしてくるのだ!」


「母上?!」



下された女王の言葉に悲鳴のような情けない声があがるが全く意に返さず女王は更に兵を呼びつけ騒ぎを起こしたものらにも各家へ相応の罰を要求するとして、婚約者であった令嬢にも女王自らが謝罪の言葉を述べ、婚約の解消及び婚約し拘束していたに相応しい詫びを後日に決めるとして一先ずはその場を治めた。





****




一つ呼吸を置く間もないほどに休まず動き続ける女王と国の根幹を支えるものらがようやくと落ち着いて食事や自身の見てくれを気にできるようになった頃。



あれだけ淑女の鑑と言われ讃えられてきた女王が嫌悪を隠そうともせずに一人の男と向かい合っていた。


灰髪の、女王より少し年のいった体格のいい男だ。女王に対しこちらはにこやかな笑みを絶やさず、しかしただ愛想をよくした耳に心地よい言葉だけを囀り女を落とす類いではない。その目は鋭く獣の目のように女王を貫いていた。


そしてその男がもたらした文書が女王の手にあった。



「やはりあの男の差し金であったか。本当に執念深い、いや、頭のおかしな男よ」


「それほどまでに我が主はあなたを思われていると言うことです。二十年あまり過ぎ、己も数多の子らを得ながらも虎視眈々とこの国とあなたとを落とす手段を画策し続けてきたのですから」


「おかげで侯爵との縁談にケチがついてしまったではないか。まったく……忌ま忌ましい」


「心中お察しします」



天井を仰げば豪勢な咲き乱れる華々の絵と、煌々と光輝くシャンデリアが視界を占める。


第一、第二の王子たちを思い、憂いに顔を暗くしては溜め息混じりに息を吐き出しまた使者へと女王は向き直った。



「第一の王子の血筋が正統なものでなくとも、今は亡き我が王があの子を認めその証文も残されている」


「シュグリム王太子殿下ですか。我が主と同じ双黒を持った人と聞きましたが」


「戦で捕虜として王を捕らえ嫌がらせのように高い身代金か私の身柄を要求してきた者どもがよくもまあ何の躊躇もなくそれを口にできたものよ」


「嘘を吐くのは苦手なもので」


「ほざくな、いい加減に聞き苦しいぞ」



民の為王の為に王妃は泣く泣く敵国に渡り、辱しめを受けた。結婚をした後それなりに王との営みもあり処女ではなかったのだけが救いだったと彼女は思っている。そうでなければきっといくら彼女と言えど心が潰えるか病んでしまっていたことだろう。


最初は玩具を扱うように扱われ、悲鳴や叫びをあげることはないと知れば鳴かせてやると手を変え品を変えとあの手この手と試され、ひっそりと一人になった際にだけ彼女は僅かに涙を溢した。


それでも声など一つとしてあげず、やがて同盟を結んでいる国より敵国のあまりの非人道的仕打ちに対し非難が飛び漸く彼女と彼女の夫は解放された。


王は戦で深手を負っていて王妃と顔を会わせた時には酷く狼狽してみせた。王妃の怒りの声が飛ぶと思ってであろう。


しかし王妃も王の姿を確認しては駆け寄り互いに無事を喜びあいしばしの平穏に浸り、戦で負けたその対価を払い、いくらか領土を減らされた国で以前よりひっそりとだが暮らし始めた。



その束の間、王妃の妊娠が発覚する。時期的に王との子ではないと彼女は顔を青くさせた。冷静さと頭の良さを知られる彼女もこればかりは取り乱し医者に堕胎を促す薬をと要求したが、王がそれを止めたのだ。


堕胎をさせるのは簡単だろうが、それでも王妃の体には負担がかかってしまう。己が敵に捕まったばかりに辛い思いをさせた王妃にこれ以上命を削らせるのはと口にした。


それに、もしかしたら戦の前に自分とした夜の時の子かもしれないと。そんな都合のいいことがあるわけがないというのに。


周囲の反対を押し切って王は王妃にそのまま子を産ませたのだ。生まれた子は浅黒い褐色の肌に黒髪を持つ王に似ても似つかない罪の証を携えていても、王は子を産み落としたばかりの王妃を称え、子を我が子と認めてすぐに内密に処理をとのこともせずに育てる旨を伝えた。


王妃が国の為にと敵国に渡った事を知る皆が王の言い分を聞き、憎い男の血が流れる王子についてで王妃を表立って責める事もなくどちらかと言えば同情的な意見が相次いだ。


とは言え、王子の王位継承権の順位は低いものとされた。子に罪はなくともどうあっても見てくれに不安を抱かぬ民や貴族はいるだろうと配慮をする必要性が生じたからだ。



国王夫妻は夫婦仲を悪くするでもなく、子に敵の王を見るでもなく二人は結束をより強くしたが、されどいかに優しく王妃を愛したとは言え、王も人の子。


故に命を縮めてまで王妃との子を作ることに執着した。己の命がそれほどまでに長くはないと知って毎晩のように王妃を求め、奔走した。


立て続けに孕む羽目になった王妃も産褥熱(さんじょくねつ)などにかかりながら生に(すが)り、王に応え続けた。こちらも愛などと言う陳腐な言葉だけでは語り尽くせぬ意地と矜持と並々ならぬ思いがあった。



王妃になるべく育てられ、王妃であるようにと自身を出来うる限り追い込み上り詰めた幼少から今の今までを無にされるような許しがたいものである。


期待されていた王の第一子を産み落とせずに敵国の悪漢に奪われるという屈辱は。


そして向けられる哀れみも労りも彼女にとっては油を注がれたに過ぎない。



何度、敵国の王の首を獲れたのならばと夢に見たことか。



そんな二人の心が一つとなり、奇跡的にも王が完全に弱り臥せるまでに子を二人も儲けられた。


塞がりかけた傷が幾度となく開き、膿み、腐りかけて高熱が出ようと一時的にでも薬で熱を治め、王の許可を得た上で王妃が乗り掛かり事を成した甲斐もあったというものだろう。


そうして苦労して作った子らに。よりにもよってまた敵国が手をつけたのだ。



間者である子爵の娘により(そそのか)され、正統なる王位継承者となるはずであった第二王子には烙印が押されてしまった。子爵が愛人の子を迎え入れたとは聞いてはいたが、敵国との関係を巧妙に隠しほぼ子爵家のものらと敵国のものらが入れ替わっていたとは。


気付く事のできなかった女王の落ち度も大いにあれ、腸の煮えくり返る思いだった。



「目論み通りに第一王子を王位につけたとして、貴様らが王と仰ぐあの男のもとになど私は行かんぞ。まして、貴様らが王子との関係を主張しても既に生まれた頃より我が夫が残した文書により王の血筋のものとして配している。いくら先勝国の主であろうとも十数年と遡ってまでこちらに干渉するなどすれば我が国以外の国からの批判も避けられまい」


「……戦を再び起こすと言われても我が主のもとへはいらしてはもらえませんか。もう義理立てする夫君様もおられないのでしょう?」


「理由はいかにする?既に我が国から有利な利権を得ているだろうに、この上更に奪うとなると本格的に我が国を一領地として収めるという事になるが。はて、あの男が後継にと据えたそちらの皇子はそのような横暴を許す質であるのか?」


「何故あなたがそれを」


「私がむざむざあの男の脅威をそのまま放っておくと思っていたのか。我が夫を絡めとったあの悪辣な戦を、私はまだ昨日の事のように思い出せる。何に置いてもあの男が関わるのであれば徹底的に対処を考え、策を講じてきたわ」



もう二度と己の大切なものを奪われないように。第二王子も厳しい沙汰を下したように見せ、中央にこのまま居続ければ敵国のものの手により死ぬであろうとわざわざ遠くへと送り出したのだ。


婚約させていた令嬢と家族にもその措置の理由を話し、納得させている。様々あったとはいえ王妃を継ぐものとして教育を施された令嬢も敵国が関わるのであればと恨み辛みもあったろうに思いに蓋をして、女王陛下に全てお任せいたしますと臣下の礼で応えてみせた。


その賢い姿に、王子の嫁として王家に嫁がせたい思いが首を(もた)げるも頭を振って散らし女王は己がとるべき対応を深く深く熟考したのであった。


憎い男の血筋であれ同じ敵を目指すのであれば同胞にもなり得ろうと後継者に当たるそれに内密に接触し、あの男に気付かれぬようにと互いに意見を交わし入念に準備をしていたのだ。


いつかこのような事態が起きた時、双方に不利益が及ばないよう手を取りあった書面もありそれを彼女は使者に見えるようにテーブルへと置いた。



「万が一、そなたらが私や王子らに害ある行動をとった場合全面的に謝罪する旨とあの男を隠居させるという約定だ。私にばかり執着したのが仇になったな。与えるべき愛を受けず育った己の子にすら憎まれ疎まれているとは何ともあの男らしい幕引きではないか」



慌てたように書状を取り震える男を見据えて女王は笑う。


己にもかつて受けた惨い仕打ちによる恥や憎しみ、後悔の念と仇討ちに対する執着はまだ胸に燻っているがこれを持ち続けてもあの男の二の舞になるだけだともわかっている。


憎んでも足りないあの男を思って人生を費やすより、最後の最後まで自身を愛し残していくことの辛さや無念さを訴えて亡くなった夫を偲びその確かな愛の記憶を抱きながら国を、子どもらを守りゆくことの方が賢明で幸せになれる唯一の道であるとも。



「もういいだろう。私がこの国から出ることはない、亡き夫より思うものを作る気も今更どこかに嫁ぐ気もないとそうあの馬鹿な男に伝えてやれ。死して尚、私を求めようと私はお前を許すことも惚れることもないのだと」



青ざめた顔をした使者を帰すよう、騎士に見送らせてから息を吐き出す。



「もし生まれ変わることがあろうとも、私が貴様に思いを寄せることはない。永遠に」



ポツリと呟くように落としたその声は静かに誰に聞かれることもなく消えた。



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