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僕らのウミガメのスープ

作者: Rewrite

「なぁなぁ、マコト!」

「なに? ケンジ。忘れ物でもした?」


 ある日の放課後。今日も退屈な高校生活を終えて、同じクラスのケンジと帰宅中、なにやら楽しそうな様子でケンジが話しかけてきた。

 こういうときはだいたい僕にとって面倒な話題である確率が高いので、話題を逸らせるように少しだけいらない言葉も付け加えて返事をした。

 が、しかし。


「ふっふっふ。今日はそうやって話を逸らそうとしても無駄だぜ。人は学習する生き物なんだ」

「なら僕が面倒事が嫌いなことも学習してほしいんだけど」

「まぁまぁまぁ。面倒かどうかは話を聞いてから判断しても遅くないだろ?」

「はぁ~。で、なに?」1


 結局話題を逸らすことに失敗した僕は、ため息をこぼしながらも、これ以上ゴネたら逆に面倒なことがわかっているので、大人しく話の先を促す。


「おっ? 珍しく乗り気か?」

「そういうわけじゃないよ。ただ面倒なことは早く終わらせたい主義なんだ」

「ひでー言い草だな。でも今回はお前も少しは興味あるかもだぞ? わかんないけど」


 僕の少しキツイかな? と思える言葉に、嫌な顔一つせず笑って応じたケンジは、もったいぶったような言い方をする。

 半分くらい冗談で「話す気がないならそれでもいいけど」と言うと、ケンジは慌てた様子で「まてまてまて!」と、本題を話しだした。

 本当に半分は話を逸らしてしまおうとしてたのに失敗しちゃった。


「『ウミガメのスープ』って知ってるか?」

「ウミガメのスープ? そりゃあそういった食べ物があるってことくらいはなんとなく知ってるけど、食べたことはないなぁー」


 ケンジの突然の質問に疑問符を浮かべながらも正直に答える。

 嘘つく必要もないしね。

 というか、今までレストランとかですらウミガメのスープがメニューに載ってるところを見たことすらない。


「はははっ! 予想通りの反応をありがとよ。でも、俺が今言ってるのは料理の方じゃないんだわ」

「? どういうこと? ウミガメのスープって食べ物だよね? スープって言うくらいだし。それともスープだから飲み物とかってそういう話?」


 最初は料理って言ったし違うんだろうな~。とは思いながらも、会話の繋ぎとして口にしてみる。


「ちがうちがう。俺が言ってるのはちょっとしたクイズゲームみたいな方のウミガメのスープ。水平思考ゲームって言い方もあるな」

「へー。そういうのがあるんだ」

「おうよ! それでさ、マコトって変なところで頭良かったりするじゃん? なんとなく見てた推理物の犯人当てたりさ」


 言い方はひどいけど、実際まあそういうこともあった。

 ケンジの家でケンジおすすめの推理物の映画を見ていた時のことだ。どうせ見るなら推理してみようかな? なんて軽い気持ちで映画を見ていた時に、途中でケンジに「犯人この人じゃない?」と言った人が犯人だったということがあった。

 その他にも似たような事がいくつかあり、いつの間にかケンジの中で僕はちょっとした探偵みたいになっていた。


「それでよ……勝負しないか?」

「まぁ、ケンジならそう言うよね。……いいよ。喋るだけでいいなら帰りの暇潰しにもちょうどいいしね」


 正直、今までのことはたまたまだし、僕に推理の才能があるなんて思えない。

 それでもただ適当に帰るよりはマシかな。程度の気持ちと、もし明日もとか言い出しても、少しすればケンジの方から飽きてくれるだろう。という甘い考えのもと、僕はケンジの挑戦を受け入れた。


「それじゃあ早速問題だ!『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。さあ、わかるか?」

「……え? それだけ?」

「ん? これだけだぞ? 俺が問題文を間違えてるとか、言い忘れてるってことはないぞ。なんならもっかい言うか?」

「あのさ、今の問題文だと意味がわからないし、答えを考えるにしてもたくさん答えがあると思うんだけど……」


 今言った通り、ケンジの言った問題文では意味がわからないし、答えを出そうにも解釈の幅が広すぎて絞り切れない。

 まず靴紐を結び直しただけで死ぬ人って何なの? そんなに体が弱いの?


「ああ、それがウミガメのスープの醍醐味だからな」


 頭の上にはてなを浮かべる僕に対して、ケンジは楽しそうにウミガメのスープの追加説明を始めた。


「確かに今の問題文だけだと意味がわかんないし、答えも複数あるよな。でも、ウミガメのスープはここからが本題なんだよ」

「ここからが本題? そりゃあ謎解きは謎を解く部分が本題なのはわかるけどさ」

「そうだな。だけど、ウミガメのスープは普通のなぞなぞよりここからが面白いんだ。普通のなぞなぞなら、問題を出される。考えて答える。で終わりだけど、ウミガメのスープはこの間に質問をする。ってのがあるんだ」

「質問をする? 何か聞いてもいいってこと?」

「そうそう。ただ縛りもちゃんとあって、はい。か、いいえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。その代わり基本的には質問はし放題!」


 楽しそうに指を鳴らしながらケンジはそう僕に説明した。

 今の説明を聞く限り、ウミガメのスープというのはなぞなぞというよりは推理ゲームの側面が強いように思う。


「つまり『男は死んだ。なぜ?』みたいな問題に、死因は何ですか? はダメだけど、病死ですか? とか事故死ですか? みたいな聞き方はオッケーってこと?」

「そうそう! さすがはマコトだな! 理解が早い!」


 一応確認をとってみると、僕の解釈に間違いはなかったらしく、ケンジが親指を立てつつ笑顔でサムズアップ。

 とことんなんで僕なんかと友達なのかわからない友達だ。


「それじゃあ本格的にウミガメのスープスタートな!」


 ケンジの楽しそうな声をもとに始まったウミガメのスープ。

 僕はさっそく質問をいくつかぶつけてみることにした。


「それじゃあ早速質問。男が靴紐を結び直さなかったら女は死ななかったの?」

「おっ!? いきなり結構いい質問だな!」

「そうなの?」

「ああ、俺的に結構いい質問だと思うぜ。ちなみに答えはイエスだな。男が靴紐を結び直さなかったら女は死ななかったはずだ」

「それじゃあ女の直接的な死因は靴紐と関係あるの?」

「またまた結構いい質問だな。答えはノーだ。靴紐自体は女の死因に関係ないぜ」

「そっか……。靴紐を結び直したって、ほどいた靴紐を女の首に結びなおした。とかだと思ったんだけど」

「……お前ほんとにウミガメのスープ初心者か? 質問といい、考え方といい、玄人臭いぞ」


 たった二つ質問しただけでケンジに怪しまれる中、僕は質問を重ねていく。


「女の死因は重要なの?」

「イエスかな。重要っちゃ重要だ。女の死因は特定の一つだからな」

「女の死んだ場所は外?」

「イエス。家の玄関とかじゃないぜ」

「男に女を殺す意思はあった?」

「おっと、その質問にはちょっと答えづらいけど、マコトは初心者だし言いたいことはわかるから大目に見てやるか。ノー。男は女を殺すつもりはなかったぜ」

「女は男に殺されたと思って死んだの?」

「ノーかな。女は男の行動が原因で死んだけど、男に殺されたとは思ってないと思うぜ。逆もそうだな。男は女が死んだのは自分のせいだとはたぶん思ってないぜ」

「今までの流れ的にないとは思うけど、男は最終的に警察に捕まった?」

「これも答え辛いがノーだ」


 こんな感じで質問回答を繰り返し、いくつかの情報を手に入れた。

 途中で答え方に引っかかるところがあったけど、そこをケンジに問い詰めたら、「答えが出たら教えるから今は気にしなくていい」と言われてしまったので、とりあえず頭の片隅へと追いやっておく。


「んー。まだまだわからないところが多いな。一つずつ攻めてみようかな」

「そうそう。ウミガメのスープの基本は学校のテストとかと似てて、今マコトが言ったみたいに一つずつ問題を解いていって、わからなくなったらいったん飛ばす。みたいなやり方の方がいいぜ」


 ケンジからの助言もあって、僕は質問の仕方を変えてみることにした。

 まず一番気になってるのはやっぱり―――


「死因、だよね。……うん。死因から考えていこう」

「いいねーいいねー! 考えてますねー!」


 なにがそんなに楽しいのか、ケンジは僕が質問をしてくるのを笑顔で待っている。

 このゲーム的にたくさん質問をしていく方がいいんだろうけど、無駄な質問をしているとケンジと別れる道まで着いてしまう。制限時間こそ決めなかったものの、実質制限時間は存在していて、僕とケンジの家への分かれ道まで。そのことを考えたら無駄な質問は控えたかった。

 僕だってせっかくやるならちゃんと自分の手で解決したいし、ケンジに勝ちたい


 死因について今わかってるのは殺人じゃなさそうってことと、男のせいで死んだ。って問題文で言ってるから、寿命や病死のような自然死じゃないってこと。そうなると自然と選択肢も狭まってくる。まずはそこを確定させよう。

 そこまで考えたところで、笑顔で僕の質問を待っているケンジの期待に応えて、またまたいくつかの質問を投げかけることにした。


「女は事故死?」

「おーっ! ビンゴ! 大正解!! さすがだな!」

「そりゃあ結構選択肢が絞られてたからね」


 殺人じゃなく、病死や寿命のような自然死じゃないとなれば、残っているのは自殺か事故死辺りに絞られてくる。あとはその二つを聞いてしまえばいい。今回は運よく正解を一回で引けたようだ。


「んー。靴紐を結ぶことによって起こる事故……。靴紐を結び直す時に男は女にぶつかった?」

「ノーだな。男は一切女に触れてないぜ。逆もまたしかりだ」

「それもそっか。それで死んだなら女は男に殺されたと思って死んでるはずだもんね」


 そう答えつつも、次の質問を考える。

 今の場所はちょうど学校と家の中間くらいなので、もうそろそろ解決の糸口くらいは見つけ出したいな。


「それじゃあ靴紐のことを考えるのはいったん止めて、事故死ってところだけで考えてみようかな。……質問。事故死って交通事故?」

「イエース!! ビンゴだ! ここまでわかったんなら違うところを攻めてみるのもありなんじゃないか?」


 確かに死因は交通事故とわかったし、ここから先の詳しいことは他の外堀を埋めてから特定していった方がいいかもしれない。

 ふざけているように見えるケンジだけど、こういった勝負事とかでは卑怯なことはしてこない性格なので、わざとわかり辛いように誘導しているということはないはずだ。


「それじゃあケンジの助言をありがたく受け取って、質問。場所は崖とか高い場所とか、そういう危険な場所?」

「ノーだな。至って安全な場所だぜ」

「あー、そうなの? じゃあ普通の街中?」

「イエス。普通の街中だぜ。なんなら今俺らがいる様な場所だって思ってくれていいぞ」


 ケンジにそう言われて、改めて自分たちの歩いてる場所に目を向ける。

 僕とケンジが今歩いている場所は普通の街中だ。周りに家やら喫茶店やらが立ち並び、車や自転車や徒歩の人々が行き交うような普通の街中、普通の日常風景。

 こんなところで考えられる事故っていえばやっぱり衝突事故だけど、男と女は接触していないって言ってたし……。あっ!


「質問。男と女は接触してないって言ってたけど、間接的にも接触はない? 車でぶつかったとか、自転車で、とか」

「んー……これまた答え辛いんだが、まあ、マコトの聞きたいこと的にはイエスかな。男と女は直接的にも間接的にも接触はない」


 せっかく閃いた可能性があっさりと否定され、一筋の光が再び遮られた。

 でも、さっきからときどき答え辛いって言うのは本当になんでだろう?


「んー、思ってたより難しいね」

「だろだろ! でもそれが楽しいだろ! な?」

「そうだね。でもちょっと黙ってくれる? 少し考えたいから」

「おーおー、これはウミガメ沼確定かな?」


 それなりにちゃんと思考に耽ろうとする僕を笑顔で見守るケンジを横目に、僕はどう切り込んでいくかを考える。

 今わかってることは。


 死因は事故死、それも交通事故。

 場所は普通の街中。

 男と女は互いに殺した殺されたという認識はない。

 最終的に男はその後警察に捕まってない。

 男女はお互いに接触してない。


 つまりお互い直接的な干渉はまったくしてなかったということだ。


 となると―――。


「……ねえケンジ。この問題の登場人物って男と女の二人だけ?」

「良いところに気が付いたな。 答えはノーだ」

「へー。となると、この二人以外に重要な人物がいるわけだ」

「おう。超重要な人物がいるぜ! ちなみにさっき俺が言い淀んでたのはこれが原因だ」

「ちょっとしたヒントをありがと。つまりこの話には男二人と女一人が登場するってことだね。それで男が二人いるから「男は~」って質問に悩んでたんだ。どっちの男として答えようか迷ってたから」

「そのとーり! これからは靴紐の男ともう一人の男ってことで頼むわ」


 たった一つの質問で状況が一転した。

 登場人物が一人増えるだけで可能性は大きく広がる。

 そう、今回の話で言えば例えば―――


「女を殺したのはもう一人の男?」

「そうだ。女を殺したのは靴紐の男じゃなくもう一人の男だぜ」


 ようやくこの話の一番の謎は解けた。

 直接的に接触をせず、人が普通に歩いているような普通の街中で、最終的に警察に捕まらずにどうやって女を殺すんだと思ってたけど、靴紐の男が殺したんじゃないならすべての辻褄が合う。


「質問。もう一人の男に女を殺す意思はあった?」

「ノー。なかったな。交通事故ってそういうもんじゃね?」

「確かに言われてみれば意図的な方が珍しいかも」


 適当な相槌を打ちつつ頭の中で簡易的な状況図を組み立てていく。

 まず、女は男が靴紐を結びなおしたのを見たことが原因で死んだのだから、靴紐の男とはそれなりに近い距離にいたはずだ。それこそ隣り合って歩いている僕とケンジくらいの距離。

 そこにもう一人の男が運転してる車が事故って女は死亡。

 概ねこんな感じだろうか。

 この位置関係、靴紐を結びなおした男、それを見ていたはずの女。……もしかしたら。


「質問。死んだのは女だけ? 靴紐の男は生きてる?」

「イエスだな。靴紐の男はちゃんと生きてるぜ。死んだのは女だけだ」

「質問。車の運転手は危ない運転はしてない?」

「イエス。普通に危なげない運転をしてたぜ」

「車の男は悪意なく女を轢いた。靴紐の男も女に対して悪意はなく、直接的にも間接的にも女に接触していない。……質問、この事故が起こったのは女にも原因がありますか?」

「イエース!」

「質問。女は何かしていますか?」

「イエス! もうそろそろ答えが出るんじゃね?」

「うん。たぶん出たよ。でも一応最後の質問。女は何かを勘違いした?」

「イエス! これは正解っぽいな」


 ケンジがニヤニヤとこちらに視線を向けてくる中、僕は最後の確認を行う。どうせなら一発で正解したいしね。

 そうして頭の中でこの問題をシミュレートして、自分のした質問やケンジの答えに矛盾していないかを確かめていく。

 数分でそれも終わり、僕はケンジに向かって回答を告げることにした。

 すると、ケンジが待ったをかける。


「どうせなら探偵っぽくやろうぜ。最初に答えをドン! じゃなくて、それまでの経緯を言った後で「つまりはこう言うことです」みたいな!」

「えー、面倒くさいよ」

「いいじゃんいいじゃん! こういうのはノリも大切だぜ!」

「……はあ~。仕方ないな」


 大きなため息を零した僕は、本当に仕方なくケンジの言う通りに回答することにした。


「まずこの問題のポイントは、誰にも悪意がないのに女が死んだこと」

「いいねいいね! 調子!」

「女の死因は事故死ってことが質問の中でわかったから、女が自殺をしたって線はなくなる。でも靴紐の男は女に干渉してなくて、結果的に女を轢いた運転手も悪意がないし、普通の運転をしてたってケンジが答えたから危険運転の結果で。ってこともない」

「うんうん。それでそれで?」

「だとすると、たぶん女の行動が原因で事故が起こったはずだよね? 車は普通に運転されてて、近くにいた靴紐の男は死んでないわけだから、運転ミスの可能性もない。運転ミスなら近くにいたはずの靴紐の男も一緒に事故に遭ってるはずだからね。それ以前に普通の運転って言ってるのに操縦ミスのはずがない。矛盾する。なら女は自殺する気はなかったけど、結果的に自殺みたいな行動をとったと思うんだよね」

「その行動ってのは?」


 ケンジが事件の核心について尋ねてきた。

 僕は自信を持ってそれに答える。


「女は自分から道路に飛び出して車に轢かれたんだ」


 そうだ。これしかない。

 事故死であり、誰にも殺意がないのに人が死ぬのだとしたら、それは運転手側のミスによる事故か、被害者側に問題のある事故だ。

 でも運転手はいたって普通の運転をしていたらしい。となれば、問題があったのは被害者の女だ。

 ここまで来れば話は簡単。女が交通事故で相手に原因がなく死ねる方法。そんな方法は一つしかない。女が自分から車に突っ込んでいったのだ。


「でもそれだと自殺じゃねえか? 俺は自殺じゃないって言ったはずだぜ。事故死だって」

「そうだね。でも僕もさっき言ったはずだよ。自殺する気はなかったけど、女は結果的に死んだって」

「どうやって?」


 試すように僕を見るケンジ。本当に楽しそうだ。

 今の構図は事件を解いた探偵と、犯人だと言われて言い逃れしようとしている犯人という図と似ている。

 ケンジは推理物が好きだからこういう状況が楽しくて仕方ないのだろう。

 どこまでも楽しそうなケンジに僕は結論をぶつけた。


「女は靴紐を結ぶ男を見て道路に出たんだ」

「どういうことだ? わけがわからないぞ?」


 答えを知っているくせにしらじらしい態度のケンジ。

 まあそういう勝負だし、当然なんだけどさ。


「女は勘違いしたんだよ。靴紐を結ぶ男を見て、女は進んでも大丈夫だって勘違いしたんだ」

「意味がわかんないな。なんでそんな風に女は思ったんだ?」

「女はたぶん歩きながらスマホでも見てたんじゃないかな? だから視線が下を向いていた。その時に視界の端に靴紐の男の足が見えてたんだろうね。ところがそれが突然消えた。実際は男が靴紐を結びなおそうと足を一歩前に出しただけなんだけどね」


 そう。これが答えだ。


「靴紐を結ぶ時って、結ぶ方の足を一歩前にするよね?」


 僕はその場で立ち止まり実演して見せる。


「男が靴紐を結ぶ時に足を一歩前に出した。それをスマホを弄りながら見ていた女は勘違いしたんだ。男の足しか見てなかったから、それが進むために足を動かしたように見えた。そこで勘違いをした」


 視界の端に映っていた足が前に動いた。スマホに集中している女からすれば、それは男が前に進んだように見えたはずだ。

 これが事実なら、女に自殺の意思はない。靴紐の男は女に干渉していない。運転手も普通に運転していただけ。誰にも悪意はなく、殺意もない。矛盾はどこにもなかった。


「まてまて、男は靴紐を結ぶために止まってたとして、なんで女は立ち止まってたんだ?」


 最後に抵抗とばかりにケンジが反論を試みる。

 僕はそれに言葉ではなく、視線で答えた。


「簡単だよ。今の僕らと同じだ」


 僕の視線の先。そこには普通に生活をしていれば当たり前に見かけるものがある。

 僕らが街を安全に移動するためには必須のもの。それが目の前にある。


「信号が赤だったから立ち止まってたんだよ」


 信号機が赤だったから二人は立ち止まっていた。

 その最中に男は靴紐がほどけていることに気が付いた。信号が変わる気配はない。ちょうどいいと男は靴紐を結びなおすことにした。そのために一歩足を前に踏み出す。

 それを信号が青に変わって男が進みだしたと勘違いした女が、自分の目では信号の確認もせずにスマホを弄りながら足を踏み出した。

 実際の信号はまだ赤のままだったのに。


「どう? 正解なんじゃない?」

「おう、正解だな。さすがだな。もう少し時間かかると思ってたのに」

「んー……。普通なんじゃない? ほら、普通の推理物って全部自分でヒントを探さないといけないけど、ウミガメのスープは質問できるからその必要ないし、下手な推理物よりは簡単だと思うよ」

「だな! それがウミガメのスープの良いところなんだよ! 推理物素人でもなぞなぞとかクイズ感覚で楽しめるのがいいよな! 道具もいらないし!」

「その点については同意するよ。実際僕も楽しんじゃったし」


 わからなかったことが解けるのは一種の快感のようなものだ。

 普段面倒くさがりで、やる必要のないことはやらないと決めている僕でも、スッキリすれば自然と顔の筋肉が緩む。

 言葉にした通り、僕は途中からこのゲーム―――ウミガメのスープを心から楽しんでいた。


「いいねぇ~! なぁ、マコト」

「なんとなく言いたいことはわかるよ。これからもたまになら相手してあげるよ」

「へっへっへっ! そんなこと言いながら自分だって結構楽しみにしてんじゃねぇの?」

「そうかもね」


 にやけた顔で僕を見るケンジに素直に楽しかったからまたやりたい。なんて言うのは少し癪だったので、言葉を濁した。

 結局見抜かれちゃったど。


「そんじゃあ明日までに用意してくるわ」

「早速明日なんだ……」


 どうやらこれから毎日ケンジに問題を出されそうな匂いがぷんぷんする。

 けど、不思議と嫌な気分ではなかった。

 だから僕はケンジに言ってやった。


「次はもっと手ごたえのある問題を頼むよ」



一応オリジナル問題を使ったウミガメのスープ小説だったのですが、どうだったでしょうか?

もしかしたら似たような問題をどこかでみた。なんていう人もいるかもですが、そこは作者の頭がアレなので勘弁して下しい。一応自分で考えたんです。


もし好評だったり、もっと違う問題もみたい。続き読んでみたい。なんて意見があったら連載も考えています。

自分でも割と気に入ったので、もしかしたら勝手に始めるかもですが……。

連載にするとしたら読者参加型が言いなぁ。とも思ったので、その方法も考え済みです。読者のみなさんが考えた質問を反映させられるはずです。


もしよかったら一緒にウミガメのスープを楽しみませんか?


ご意見・ご感想・その他もろもろいただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 水平思考問題をご自身で創作されることがまずすごいです。 そして、説明も丁寧で、とても納得できました!
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