眠りからの目覚め
うとうと。これは睡魔?何だか混濁して朦朧として行く意識。浅い呼吸。この感覚。何?何?何?何だか薄気味悪い黒い背広を着たおじさん達があたいを担架に乗せて川辺に向かって運ぶ。「おじさん達、あたいを何処へ連れてくの?」薄気味悪いおじさん達の中でも最も薄気味悪いおじさんが言った。歯は前歯に1本しかなく、目はぎょろ目で、顔は染みだらけで、傴僂のおじさんだった。「お嬢ちゃん、あんたの行く所は良い所さ。そりゃあ、あんたパラダイスってなもんだよ」あたいは、その薄気味悪いおじさんに言った。「おじさん、あたいはその前歯を抜いて総入れ歯にした方がいいと思うわ」「そうだな、お嬢ちゃん。わしもラムチョップの肉が食い辛くて困っとったんじゃよ。是非、そうするよ」そう言い終わると薄気味悪いおじさん達が担架を川に向けてひっくり返しあたいは川に流された。それは、とても暑い夏の日だった。川で涼めてあたい嬉しいわ。あたいは海へ続く川下に向かってスイスイと平泳ぎしていた。滅茶快適ー。海に入る直前だった」「おーい、お嬢ちゃーん」憲兵みたいなおじさんが呼び停めてきた。「ちょっとこっちに寄ってくれんかねー」「あたい、このままドーバー海峡まで遠泳するつもりなんですけどー」「悪いがそこんとこを何とか曲げてこっちに寄っておくれー」あたいは渋々とその憲兵みたいなおじさんのとこに寄った。「悪いね、お嬢ちゃん。ところで、お嬢ちゃんの名前は」あたいは、ブスくれて答えた。「ジョイス キャロル オーツ」「えっ、あの有名な女流作家の?」「はー、おじさん、あたいの年齢であの巨匠ジョイス キャロル オーツに見える?」「ううん、見えない。ちょっと揶揄っただけだよ。それにしても、おかしいなー。お嬢ちゃんの名は見当たらないなー」ノートを真面目くさって見ながら憲兵みたいなおじさんが言った。「ちょっと済まんが会ってもらいたい人がいるんじゃがのう」そう憲兵みたいなおじさんが言った。「はー」あたいは吐息を漏らす。憲兵みたいなおじさんがレモネードとチョコチップクッキーを出してあたいをもてなしてくれた。機嫌を良くしたあたいは満面の笑みで憲兵みたいなおじさんに話し掛ける。「退屈なお仕事でしょ?」「ああ、でもそれが現実ってもんさ」憲兵みたいなおじさんが物憂げに答えた。15分くらいするとホームレスみたいな見窄らしい格好をしたおじさんが現れた。これで茣蓙を脇に抱えて、しけもくの煙草でも銜えていたら完全にホームレスだ。あたいは尋ねた。「おじさん、誰?」そのホームレスらしきおじさんはこう言った。「わしは、ジーザスじゃ。お嬢ちゃん、済まぬ。君は間違ってこっちの世界に招待されたようじゃ」「えー、あたい、こんな遠くまで泳いで来たんですけどー」ジーザスが掌を眼前に合わせて平謝りする。「ごめんよー。だって、こっちの世界に来る人が余りにも多いんだものー。人間にも過ちはあるじゃろー。わしも忙しいからたまには間違える事もあるんじゃよー」ジーザスが駄々をこねる。「何が人間にも過ちがあるじゃないかよーって。大体、あたい達、人間はあんたの創造物なんじゃないの。ジーザス クライスト(くそったれ)だわ」ジーザスがにこりと笑って言う。「ごめんよー、ごめんよー。ライフジャケットをあげるからまた川上に向かってもう一泳ぎしてくれんかのう」ジーザスがウィンクしてきた。「もう、仕方ないんだから」こうして、あたいはライフジャケットを装着してグレゴリオ パルトリニエみたいにクロールで川上に向かって全開で泳ぎ切った。さっきの担架から落とされた場所に戻ると薄気味悪いおじさん達がバーベキューをしていた。傴僂のおじさんが残った前歯の1本で必死にラムチョップの肉を噛み千切ろうとしていた。おじさん達はしこたま酔っ払っていた。「おや、お嬢ちゃん。あんたは、さっきしっかと旅立った筈じゃけどな」あたいは言った。「あの、くそったれの親父、間違えちゃったみたいなのよ」あたいはプンプンして言う。「おや、そうだったのかい。それならば、父ちゃんと母ちゃんのところにけえらないと仕方あんめえ」傴僂のおじさんがあたいと手をつないで連れて行ってくれた。傴僂のおじさんの手は温かかった。病院の一室。あたいは目を覚ました。パパとママが泣きながらあたいのほっぺやおでこにキスしながらぎゅっと抱きしめてくれた。あたいは何だか小っ恥ずかしい気持ちになったけど、ここがあの傴僂のおじさんの言っていたパラダイスだと思った。




