ラストエピソード
ヘッタクソの自己満です。
①
ユンナの声が不意に途切れた。一瞬の後、ドサリと音がする。
ペ「?ユンナ、、?」
ペルグが振り向く。
ユンナでは無い。
そこにあるのはいつもの様に快活に、だが少し哀しげに笑う、ラルトの優しい笑顔だった。
ラ「ごめんね。ここからはユンナには刺激が強すぎるわ」
あはは、と申し訳なさそうにラルトが笑う。
ペ「、、ラルト、、?
、、何故、君がここにいる、、?」
ペルグは焦燥しながら問いかける。
何故ラルト?この、喜劇にして、悲劇にして、活劇の女優は、確かにユンナで有る筈だ。救われるべきはユンナだ。
ラ「えーとね。これからする話はあんまり面白いモンでは無いけどね。
アンタには、沢山世話になったし、沢山世話をかけられた。だからちゃんと、真実を話したい。アタシの口からね。」
そのとき、
カタン。
ラルトのすぐ後ろ、階段の方向から、足音がする。
カ「それ以上喋る必要は無いよ。ラルト。」
ペ「、、カスプ、、?君まで、何故、、?」
ペルグは一瞬唖然としたが、刹那、気づく。
いつもの冷静なカスプとは、少し違う。苛立っている様な、躊躇っている様な、フワフワした印象を受ける
カスプ、君は誰だ。
ラ「カスプ。これはアタシの話さ。アンタの気持ちは嬉しいけど、やっぱり、アタシが話さなきゃね。」
ラルトの笑顔は変わらない。
カ「うん。君なら必ずそう言うと思ったよ。少し、ごめん。」
その言葉と共に、カスプはラルトに近づく。そして、ラルトの頭に手をあて、囁く。
カ「seem out」
ふっ、と、ラルトの身体から力が抜ける。カスプはラルトを抱きとめると、優しく、ゆっくり、ゆっくり、横たわらせる。
カ「女の子の前でする話ではないんだ。少し場所を移そうか。」
カスプが手招きする。
カ「この塔の屋上はね、見晴らしが良いんだ。街中が見渡せるんだよ。僕のお気に入りの場所さ。」
促されるままに階段を上がる。
最上段を昇りきると、一気に視界が開けた。
ペルグは息を飲む。
絶景である。
見下ろすと、正面に大時計台を観るように、真っ直ぐ大通りが繋がり、それを均等に横切る様に、小さな通りが横に連なる。左手にはエフテカ湖があり、右手側に沈んで行く夕陽に照らされ、赤々と水面を揺らしていた。エフテカ湖の更に向こうにはグラフト連山が見てとれる。なる程、確かにお気に入りと言われて遜色ない。この街に、こんなに自由な場所があったのか。
カ「どうだい。素敵だろう。」
カスプが笑う。
カ「ここは自由だ。笑っても、泣いても、怒っても、歌っても、叫んでも、誰も怒らない。この世界に僕しかいなくなった様な気持ちにさせてくれる。最高さ。」
ペルグも頷く。
ぺ「間違いない。この国で俺が見てきた何処よりも、ここは自由だ。」
お互いに考える事は同じだ。本当はずっと2人で笑っていたい。取り止めの無い話をしていたい。
しかし、カスプの抑えきれない感情が、嫌でもペルグに圧をかける。
カ「さて、本題を始めよう。」
そして、カスプはペルグに正対すると、静かに語り始めた。
②
カ「さて。ペルグ。君はどこまで知っているのだろうか。この世界の仕組みをどこまで理解している?」
ペルグは困惑する。どこまで、と問われれば、多少は分かっているかも知れない。しかし、何も分かっていない気もする。
ぺ「、、良い状況では無い。だからみんなで昨日決めたんだろ。ピエトロスを倒し、悪政を終わらせるって。」
そう。悪役は「ピエトロス」の筈だ。
俺がこれから、剣を構え、切り込み、正義のチカラを見せ、そして勝利を掴む為に倒す相手は、この国の癌であり悪魔である処の、ディエゴ・ピエトロス三世である筈なのだ。そして昨日カスプは言った。今日の日没時、この魔塔の演説台に現れるのは自分の家族を殺した憎き仇敵であると。
カスプは続ける。
カ「ごめん。意地悪するつもりは無かったんだ。許して欲しい。」
ぺ「どうして。どうして君がここに居るんだ。だって、だって昨日君は言ったじゃないか。俺に、俺に世界の希望を託すと。必ず勝って来いと。」
カスプは溜息をつく。
カ「そうさ。僕は君に言った。僕たちの希望を絶やさない様に、全力で戦ってくれと。」
ぺ「ならば倒すべきはピエトロスだ。でもここにはピエトロスなんて居ない。君と俺だけじゃないか。そして俺が倒すべき相手は君じゃない。分かっているだろう?」
カスプは腰につけていた剣を、ゆっくり抜き、構える。
ぺ「おい、、なんの冗談だ、、?カスプ?」
カ「、、僕は、ピエトロスを倒せ、なんて一言も言ってないよ。
僕はね、この世界の「悪」を君に倒して欲しい。
そう言ったんだ。」
カスプの剣の切っ先が、ゆっくりと、ペルグの顔の方向を捉える。しかしペルグは顔を背けられない。
カ「ヒントは沢山あげた筈だ。今日の日没、この塔に悪が現れる。その悪とは一体なんなのかを、ね。なのに。なのに君は間違えた。本当の悪を履き違えた。
いいかい。本当の悪はね、
ペルグ。
下でオネンネしている女、ユンナなんだよ。」
ペルグの顔から血の気が引く。
そうだ。少し。少し考えれば分かる事じゃないか。ヒントは有った。たしかに有ったのだ。ペルグ自身がそれを気づかないフリをしていただけだ。浅はかだった。考えなしだった。ペルグの顔から血の気が引く。
カスプは表情を見せず続ける。
カ「確かにピエトロスは憎まれて然る奴だ。邪智暴虐、傲慢不遜、厚顔無恥。正に恥ずべき王だ。」
③
カ「でもね。ペルグ。王政が腐敗しているのと、社会の仕組みが狂ってしまうのは、全く違う意味なんだよ。」
カ「原始共存主義。王国民全員が等しく、加護を受ける。富豪もいなければ貧民もいない。天才がいなければ落伍者が生まれることも無い。強者がいなければ弱者もいない。うん。たしかに馬鹿げているよね。だって、人はみんな、違うんだから。他人と違うから、自分を認識できるんだからね。」
カ「しかし、しかしだ、ペルグ。人は、人類は、何を持って、正常を正常、異常を異常と認識するんだい?
カ「前王、サバリア・ピエトロスは、民主主義の重要性を説いた。
その前、エクト・ピエトロスは、社会主義の必要性を高らかに嵩じた。
さらに前、旧王長アムルオス七世は、栄光成果主義を謳った。
ペルグ、君はどれが正しいと思う?」
ペルグは答えられない。カスプの言葉は、只の風来坊の一匹オオカミには理解できない。
カ「分からないかな?、、うん。分からないよね。
僕だって分からなかった。だから、勉強したんだ。何が正しくて、何が正しくないのか。王国民が、父が、母が、妹が死んだのは、一体誰のせいだったのか、てね。」
カ「僕は知識が欲しかった。
歴史学、政治学、地理学、数学や物理学まで、手に入れる事のできる、あらゆる資料、文献、教科書を読み漁った。
そのうち、この街では入手しようがない情報を求めて、王都臣民資料図書館まで通ってさ。
可笑しいよね。往復して、丸3日はかかる距離だ。先生に笑われたよ。そうまでして何になるんだ。お前の家族は帰って来ない。お前はそんなに処断されたいのかって、ね。」
④
カ「そんな事を10年程続けていた。僕は18歳になった訳だ。父が殺された歳と同じに、ね。
そして、その時、やっと分かったんだ。この世界の歪さが。父が、最期に残した言葉の意味が。」
ぺ「、、最期の、、言葉、、?」
カ「そう。あれは、父の、王都への栄転が行われた日のことだ。栄転なんて聞こえは良いけれど、要は強制連行。120時間の連続労働の後、処断さ。うん。それくらいはペルグでも分かるよね。
でも、その時の僕は、栄転の本当の意味なんてまるで分からなかったから、父が王都へ行けるのが羨ましいとさえ思っていたよ。」
カ「話を戻そう。王国民は、栄転が決定した時点で、王立協会支部隊に即時入隊する事が義務づけられている。だから本当は家族と話す時間なんて無い筈なんだ。だけど、ピエトロスの所謂「温情」によって、180秒だけ、家族や友人、恋人の、たった一人だけと会話する事が出来るのさ。そして、その時ね。父は、母でも、妹でも、仲の良かった叔父でも無く、6歳の僕を選んだんだ。」
カ「父はその時まだ18歳だ。今考えれば、父は、本当は母と話しがしたかった筈なんだ。父は母をとても愛していたし、母も、父を愛しく想っていた。それははっきり分かっていたからさ。そんな父と母が、僕は大好きだったのだから。」
カ「だけど、父は最期に僕を選んだ。父は、父さんは、愛では無く、未来を選んだんだ。」
カ「まだ子供で、何も分からない僕はね。父さんにいろいろ言った。カッコいい、スゴい、エラい。とか。まあ簡単な言葉さ。父さんはそれを笑顔で聞いてたよ。180秒なんてあっという間さ。」
カ「そして残り数秒になったとき、父さんが言った。」
カ「「真実を見ろ」ってね。」
カ「最初は意味がわからなかった。僕の中での事実は、父さんが王都に栄転になるっていう事だけさ。他に意味なんて無い。」
カ「でもね。18歳の僕は、やっと、やっと理解したんだ。「事実」イコール「真実」ではない事を。」
カスプの語気が少しずつ強まっていく。怖い。カスプが、怖い。
カ「最初は、本当にピエトロスを倒す為だったんだ。僕にとっての事実は、ピエトロスの悪政によって、父さん、母さん、リルハが死んだ事。それだけだったんだから。」
カ「叛逆族、なんて大層な名前だけど、要はウサを晴らしたいゴロツキの集まりだ。頭は悪い。考えない。しかし、無駄に士気は高い。手に負えない程の、馬鹿な集団だ。」
カ「僕は剣の扱いが下手だ。体力も人並み以下。馬追いをすれば、必ず僕が最下位になる。みんな嘲笑していたよ。あの勇猛果敢なグライスの、父さんの息子が、こんな塵芥の様な存在なのかってね。」
カ「だから、考えた。僕にできる事。僕にしか出来ない事を。そして分かった。
頭脳、知識だ。僕は人より少しだけ頭が良かった。無為な様な10年間の研鑽は、実は無駄じゃなかったんだ。」
カ「そして、僕は成った。叛逆族のリーダーに。この世界のルールを、狂った間違いを正す為に。」
カ「手始めに、王役兵を殺した。手当たり次第にね。叛逆族は頭は無いが、力はある集団だ。ピエトロスの庇護を受ける事でしか自分を守れない臆病な王役兵なんて敵じゃない。沢山殺したよ。」
カ「そして、次にピエトロスの家臣、ルドガーを殺した。
ルドガーは有能だ。無能なピエトロスが王座に君臨していられた要因は、ルドガーの頭脳が多分にある。だからルドガーを殺した時点で、僕の目的は八割以上達成された。ピエトロス自身に、自分を守る術など無い。ルドガーが居なければ、ただの無能な怠け者に成り下がる。」
カ「勝利は目前だ。ピエトロスに不満を持つ者は、この国に星の数程居るんだ。有能なルドガーが居なくなった今、その全員が打倒ピエトロスの為に動けば、結果は火を見るより明らか。ピエトロスに待っているのは打ち首だ。」
カ「だけど、だけど違った。ルドガーを殺し、王役兵を無力化しても、民の抵抗の口火は切られる事が無かった。何故だ。自問自答したよ。そして、叛逆族全ての情報網を駆使して、理由を探した。そしたらね。ある、一人の名前が出てきたんだ。うん。ペルグ、もう分かるよね?」
ぺ「、、まさか、、」
カ「リエリット。ユンナ・リエリットだ。
僕も自分の目を疑ったよ。頭がおかしくなったのかと思った。だけど、それが「真実」だった。ユンナ・リエリットは、確かに僕らを弾圧していた、ピエトロス王朝の心臓だったんだよ。」
ぺ「、、そんな、、あのユンナだぞ!?自由奔放で、朗らかで、人の悲しみを分かち合う事ができる!それがユンナだ!ピエトロスを一番憎んでいたのは、ユンナだ!」
カ「違う。違うんだ、ペルグ。
ユンナがピエトロスを憎んでいたのは、僕たちの様に理不尽な暴力を振るわれることに対してじゃない。新しい時代。リエリット王朝を作る為に、邪魔だったからなんだ。
だから、ルドガーと対を成す、ピエトロスのもう一人の腹心、ガリエ・ブラウムは、ピエトロスに圧政の重要性を説いた。人を人と思うな。この世界の全ては、ピエトロス王の為に有る、と。」
カ「あとは簡単だ。ガリエの本当の主君はピエトロスでは無く、リエリットなのだから。明らかな失策、失政。その本当の意味を、愚かなピエトロスは理解していなかった。ガリエの提言は、ピエトロス王を繁栄させる為のものでは無い。次の時代を作る為。ピエトロス自身を倒す為に行われたものだったのだと。」
カ「しかし、その為に多くの民が、嘆き、苦しみ、血を流した。新しい時代の為に、人柱にされたんだ。何も知らないまま、ただただ無下にされた。」
カ「可笑しいよね。叛逆族は、自分達の信念に従い、弾圧からの自由を宣言する為に蜂起した筈なのに、それさえも、ガリエの、リエリットの思惑通りだったんだから。」
ペルグは答えられない。深過ぎる。この国の闇は、自分には重過ぎる。
カ「ペルグ。君はヒーローだ。勇気がある。才能がある。何より、心がある。
だから、そんな君が、ユンナを殺さなければ、全ては終わらないんだ。僕じゃ駄目なんだ。君がやるしかないんだよ。ペルグ。」
ペルグは顔を上げられない。今カスプはどんな顔をしている?笑っている?泣いている?怒っている?
カ「、、ハッキリさせよう。ペルグ。君は、あの女を、ユンナ・リエリットを、殺せるか?」
カスプの言葉を反芻する。俺が、この手で、ユンナを、殺す、、?
ぺ「、、無理だ。無理だよ、カスプ。俺はユンナを殺せない。この剣をユンナに向けて振り下ろす事は出来ない。」
カスプは、腰の剣に手をかける。
カ「、、そっか。残念だよ、ペルグ。君がユンナを殺せないのなら、僕が代わりにやるしかない。君が英雄であり続ける事を望んでも、時代の流れは変わらない。ユンナ・リエリットは、今日、ここで、殺されなければいけないんだ。
そして、その為には、僕はペルグも殺さなくちゃいけなくなった。
残念だよ。頭の良い君なら、何が正しいのか理解してくれると思ったんだけどね。」
ぺ「、、なあ、カスプ。もういいじゃないか。ピエトロスはじきに王座を追われる。馬鹿げている政治は終わるんだ。これからは、人が人であることを認めてくれる世界になるんだ。君が望んだ、みんなが自由を謳歌することが出来る世界になるんだ。君が手を汚す必要なんて、もう有りはしないんだ。」
カ「そうじゃないんだよ。いいかい、ペルグ。僕は叛逆族のリーダーだ。最早政治云々じゃない。家族を、友を、仲間を守れなかった、一人の男として、ケジメをつけなくちゃいけないんだ。そして、そのケジメは、ユンナを殺す事だ。リエリットを、倒す事なんだ。ユンナの存在を認めたら、僕は僕で無くなってしまう。」
カスプが剣を構える。
カ「構えろ、ペルグ。」
ペルグは、覚悟を決める。もう、言葉の剣では終わらない。真剣を交えなければ、この闘いは終わらない。
ぺ「手加減は、出来ないぞ。」
ペルグも剣を構える。
カ「望む所さ。」
言葉と同時に、カスプが一気に間合いを詰める。斬撃の音が、魔塔の屋上にこだまする。
カスプの連撃が始まる。構えも、打ち方も、振り上げる角度も、基本からまるでなっちゃいない。しかし、反撃できない。理ではない。確かな殺意が、そこにあった。
カ「ユンナを殺す為に君を殺す!不条理だ!実に不条理じゃないか!ペルグ!」
ぺ「なら!それがわかっているなら!こんな事やめろ!カスプ!」
カ「駄目だ!僕だけじゃない!僕だけの為じゃない!苦しみ、嘆き、死んでいった全ての人々の為に、そして、誰より、ラルトの為に、僕は事を成す!」
カ「君は、栄転の真実を知らない!ユンナが、何をしたのかを、君は知らない!」
怒涛の攻撃が続く。カスプは更に捲し立てる。
⑤
カ「ユンナは!あの女は!笑いながら殺したんだ!犯したんだ!苦しめたんだ!」
カスプの語気は更に圧力を増す。剣戟は止まない。ペルグは勢いに押され、一歩後退する。
カ「ペルグや僕、アッシュ、ミエリー、アーマス先生、そしてラルトに!
悪魔の様な笑顔を振りまきながら近づいてきて、みんなみんな虫ケラの様に踏み潰しやがった!」
カスプの顔は興奮と激昂で、血の様に黒く赤く変色して行く。ペルグの知っている、優しい笑顔のカスプは最早何処にもいない。カスプは更に叫ぶ。
カ「顔の形が変わる程の暴力!毎日の様に強姦!陵辱!一滴の水すら貰えないままの強制労働!豚小屋より数万倍も不衛生な寝台!そして自分の家族を処断するという拷問!
みんなは、ラルトは、ラルトはどんな気持ちだったと思う!?
殴られている時!犯されている時!鞭を打たれている時!
どうしてラルトは笑っていられたと思ってるんだよ!!」
カスプの声は悲鳴とさえ思える程に変わっていた。
カ「もう一度言う!いいかペルグ!君がユンナを殺さないと言うのなら、僕がユンナを殺す!邪魔するなら君も殺す!君だけじゃない!邪魔するヤツは誰だろうと、殺す!!!」
カスプの言葉は止まらない。
カ「ペルグ!人間の一番強い感情は何だと思う!?
それは怒りだ!!ユンナを憎み、世界を憎み、自分自身でさえも憎む!つまり、今の僕は強い!僕は強い!ペルグよりも強い!!いや!この世界の誰よりも強い!!
殺す!あの女を殺す!!」
カスプの猛攻は止まない。
しかし、ペルグは堪えない。
ぺ「なあ、カスプ。」
カ「あん!?」
ぺ「違うだろ、、」
カスプの目が血走る。
ぺ「違うだろって言ってんだ!、、いいか。人間の強さは怒りなんかじゃ無い!憎しみなんかじゃない!」
カ「じゃあ何だって言うんだよ!?僕は今何のために剣を振っているんだ!怒りだ!憎悪だ!他の感情なんて無いんだよっ!」
ぺ「でも!でも!ラルトはどうなんだ!?ラルトはいつも笑っていただろ!何を羨む事も、不幸を嘆く事もしない!負の感情なんか何処にも無い様な風に、ラルトは笑っていたはずだ!それとも!怒りや憎しみを持たないラルトは、弱いのか!?」
カ「ラルトは悲しくても辛くても仮面をつけて笑っている様に見せているんだ!ラルトだって憎悪してる!この世界を!ユンナを!!」
ぺ「違う!!
いいかカスプ!ラルトが笑っているのがただの仮面だって?憎しみや怒りに満ち溢れているって?そんな訳ないだろ!!」
カスプの斬撃が激しさを増す。
カ「お前にラルトの何が分かるんだよ!?」
しかし、ペルグは怯まない。
ぺ「何が分かるかだって?
そんなもん分かるに決まってるだろ!
ラルトが抱いているのは、憎しみでも怒りでも仮面でも無い!!
希望だよ!!!
希望があるからラルトは笑うんだ!」
カ「希望だと!?笑わせるなよ!そんなもの、この絶望的な世界の何処にあるんだよ!!そんなも
ぺ「まだわかんねーのか!?
お前だよ!カスプ!!!
お前がラルトの希望なんだっ!!
なあ!?
ラルトが何を見て笑っていた!?
ラルトが何を考えて笑っていた!?
ちょっと考えりゃ分かるだろっ!!
ラルトがずっと笑っているのはなあ!
カスプ!!お前に、お前に笑っていて欲しいからなんだよっ!!」
カ「なっ!!?」
カスプの攻撃が一瞬鈍る。
ぺ「いいかカスプ!そんな簡単な事が分かんねーヤツになあ!俺がっ!そしてラルトがっ!負ける訳ねーだろっっ!!」
ペルグが態勢を立て直す。カスプは明らかに動揺していた。剣の勢いが重い。
ぺ「女一人守れねーヤツが、、どうやって世界を変えるんだよ!?答えろカスプ!!」
カ「そんな、、そんな、こと、、そ、んな、、」
カスプの声に嗚咽が混じる。紅潮する頬には涙が伝っている。やり返すなら今だ。
⑥
ぺ「なあ、カスプ、、ラルトが昨日の夜何故泣いていたか分かるか?」
カ「それは、、それは、、ペルグが戦いに行って死んでしまうかもしれないのが、しん、ぱい、で、、」
ぺ「違う!!ラルトはなあ、ラルトはお前が俺に殺されるのがわかっていたから泣いたんだ!!」
ぺ「ラルトは、全部分かってた。
叛逆族が、ピエトロスではなくユンナを殺す為にテロを起こしたことも、その叛逆族の中核に、カスプ。お前がいたことも。」
カ「そんな、、そんな、、だって、、、僕は、、、僕は、、、」
カスプは完全に戦意喪失状態。最早、剣を振り上げる力は無い。
ぺ「ラルトは。ラルトはなあ、、お前がラルトをずっと見ていた様に、ラルトもずっと、カスプ!お前を見ていたんだよ!」
カ「、、そっか、、そっかあ、、、」
カ「、、あは、、あはははははははははははははは」
カ「僕は、、僕は、、あははははははは」
カスプはその場にヘナヘナとヘタリ込む。ペルグは呼吸を整えると、改めてカスプに向き直り、最期の言葉を紡ぐ。
ぺ「カスプ。もう一度しっかり剣を持て。
事実がどうであれ、真実がどうであれ、俺はここで「悪」を倒さなければいけない。みんなと。ユンナと、そして君自身と、約束したから。
だけど、俺は、君を一方的に殺したくない。だって、、だってさ。
初めて、本当に初めて、親友と呼べるヤツに出会えたんだ。初めて背中を預けられる人間を見つけたんだ。カスプ。カスプ!君に出会えて、俺は心から嬉しかった!君は最高だ!」
カ「しん、、ゆう?、、ぼくが?」
ぺ「、、だから、だからさ、カスプ。お願いだ。剣を持ってくれ。親友からの、これが最期の頼みだ。」
カスプは、覚束無い動作ながら剣を握った。そして焦点の定まらない目で、ペルグを見つめる。光は無い。カスプの目は漆黒に染まり、もう何を映すことも無くなっていた。
ぺ「大丈夫。痛みは無い。」
カ「、、はは、、、頼むよ、、本当は、、痛いのは、嫌いなんだ、、、」
カスプがほんのすこしだけ口角を上げる。そして、目を閉じた。
ペルグが、ゆっくりと剣を構える。これで、終わりだ。
ぺ「さらばだ、友達よ。」
ペルグの剣がカスプの心臓を目掛けて翔ぶ。カスプは抵抗しない。
カ「ありがとう。ペルグ」
ペルグの剣がカスプを貫いた。カスプは倒れる。木偶人形の様に。
⑦
全て終わった。
叛逆族のリーダーは処断され、ピエトロスは失墜。ユンナ・リエリットは晴れて王女となり、通称「新代民主主義」の王国が始まり、新時代の幕が上がるのだ。
ぺ「これで、良かったんだ、、よな。俺達」
しかし、ペルグの気持ちは晴れない。
当たり前だ。たった今、親友を自らの手で殺したのだ。忘れない。忘れられない。幾ら新しい時代が来ようとも、今のこの悲しみは、未来永劫忘れる事は無い。
カスプの亡骸に手を合わせる。分かっている。殺したのは自分だ。こんな行為はただのエゴに過ぎない。
ラ「お疲れ様。バカ2人。」
不意に階段の方から声がした。
ぺ「ラルト、、?」
ラ「そうよ。アタシはラルト。バカな男の殺し合いをバカみたいに見てた、バカな女。」
ラルトが快活に笑う。いつもの笑顔だ。
ラ「ユンナはまだ下で寝てるわ。こんな場面、あの子に見せられないもの。」
ペルグは嗚咽しながら吐露する。
ぺ「、、ごめん。君の最愛の人を、俺は殺した。この手で。」
新時代などどうでもいい。もう自分のやるべき事は終わったのだ。親友も失った。生きる意味は無い。
ぺ「ラルト。ここで俺を殺してくれ。」
頭をはたかれた。
ラ「なによ。それこそバカじゃない。」
ラルトは笑う。
ラ「今回はね。誰も悪くないのよ。アンタもカスプもユンナも、ね。」
ラ「確かに、今までのアタシの人生が、幸せだったかと言えば、違うと思うわ。正直辛い事ばっかりだった。父さんも母さんも死んで、生き残っているのはアタシと妹だけ。」
ラ「栄転は、本当に死ぬほどキツかったしね。女だからって殺してもらえなくてさ。それこそ家畜みたいな生活だった。」
ラ「でもね。アタシには、カスプがいたの。」
ラ「気弱で根暗で本の虫。でも、優しい子。」
ラ「叛逆族なんて、カスプには似合わないわ。アイツが生き物を、ましてや人間を殺すなんて、無理だもの。」
ラ「だから、カスプはね。無理をしてたのよ。
」
ラ「叛逆族のクーデターの最初の日。王役兵を一人見せしめに処刑したでしょ。あの時のアイツ面白くってさ。アタシに「これから世界は変わるんだ!」なんて偉そうな事言っておきながら、アタシの手を握って離さないの。それがまた可愛くて。
あら、ごめん。これじゃあただの惚気話ね。」
ラ「兎に角、そんな性格だから、アタシがわざと煽ったりもしたわ。そんなんじゃ生温いぞー。もっと殺せー。なんてね。カスプが叛逆族のリーダーだなんて、知らないふりして。」
ラ「そしたら、アイツ頑張ってさ。ピエトロスの首を取れるくらいの所まで行ったのよ。で、真実を知った。」
ラ「見てて可哀想だったわ。まさか、ユンナが一番重要な役割を果たしていたなんて、夢にも思ってなかっただろうから。アイツがあんなに悩んでるのは初めて見たわ。」
ラ「正直ね。アタシはピエトロスの失脚とか、ユンナの真実とかどうでも良かったの。カスプと一緒にいるだけで楽しかった。心地よかったから。でもいつか終わるだろうとは分かっていたわ。現状を打破するには、ある程度の犠牲は必要だから。」
ラ「ペルグがピエトロスを倒すって言ったとき、察したわ。カスプは死ぬって。だって、カスプが求めていたのはピエトロスの死ではないもの。カスプ自身の死によって、ユンナが罪悪感を覚える為の生贄になろうとしてた。アイツはそういうヤツなの。真面目で、後ろ向きで、自罰的で。そういう所が、アタシは好きだったんだけどね。」
ラ「だから、これでいいの。ピエトロスも、叛逆族も無くなって、自由が訪れるの。カスプや、アタシ達と引き換えにして、ね。」
ラ「それにさ、ペルグ。カスプの顔、よく見てよ。」
ラ「笑ってるでしょ。」
ラ「コイツがこんなに穏やかな表情を見せるの、久しぶりだわ。
ペルグ、アンタのおかげよ。ありがとう。」
ペルグは答えられない。代わりにとめどなく涙が溢れる。
日は完全に沈んだ。民家の小さな明かりだけが、魔塔の屋上から、ポツポツと見てとれた。
ぺ「ところでさ、ラルト。」
ラ「なに?」
ぺ「カスプが君に何か囁いたら、君は眠るように倒れたよね。あれは魔術か何かなのか?」
ラルトは、一瞬真顔になるが、直ぐに失笑する。
ラ「あっはっは。おかしー。魔術?そんなものある訳ないでしょ。あれはね、おまじないよ。おまじない。」
ぺ「おまじない?」
ラ「そう。ダジャレみたいなおまじない。
まだアタシもカスプも小さかった頃、3歳くらいだったかしら。カスプのお母さんが、アタシたちによく絵本を読んでくれたの。子ども用の絵本は検閲が緩かったからね。沢山の物語を聞いたわ。」
ラ「それでね。カスプのお母さんは、絵本が終わると、いつもこう言うの。「おしーまい」って。」
ラ「そうするとね。アタシ達は直ぐに寝ちゃったんだって。」
ラ「それをカスプは覚えてたの。微妙に間違えてね。
「おしーまい」が「seem out」に聞こえてたのね。ほんと、馬鹿みたい。」
ラルトが笑う。
ペルグも、笑う。
ラ「だからさ、アタシ達が、今カスプにかける言葉は、ごめん、でも、さよなら、でも無くて。」
ラ「おしーまい、よ。」
ヘッタクソの自己満でした。