月に囚われた少女
※2019、12/27
惑星エウロフォーンの保護者から注意が入ったため、SF警察が優しくなりました。
SFです。SFはいかがですか?
星のない真っ暗な夜。
今にも雪が降りそうなぶ厚い雲の下。
ここは異世界転生SFストリート。人気の無いこの裏路地で、わたしは今夜も呼び込みを続けています。
わさわさの長い金髪に青い瞳。
サラシのような胸巻に和服のような腰巻。
わたしの名前はアンデュロメイア。海洋惑星エウロフォーンで主人公をしている、数えで七歳の女の子。
しかし、困りました。ここ異世界転生SFストリートは人が少なく、ちっとも読者が集まってくれないのです。
通りの向こうに見えるのはにぎやかな広場。剣と盾を持つ人やとんがり帽子に杖を持つ人が集まる、とてもあたたかそうな場所。
またあそこに行けば、読んでくれる人がきっと……。
そう思い、わたしがその場所に向かって足を踏み出すと、
「手を上げろ! SF警察だ!」
大きな声に驚き、わたしは手を上げました。おそるおそる振り向くと、そこにはサングラス姿のガチムチな警官さんが一人。
SF警察さんは大きな銃をわたしに向けて、
「そこを動くな! 貴様、十月にファンタジーゾーンを追放された娘だな!? あの場所に一歩でも近付いてみろ、貴様のブクマを外してやる! しかし、何てこった! 『のんのんびより』な雰囲気に『ヴィレッジ』と『高慢と偏見とゾンビ』を仕込まれた娘とは……! 主食はゴールデンラズベリーか?!」
そんな、何故……。
「SEGAへの敬意を忘れるな!」
SF警察さんの怒鳴り声に、わたしはびくりと身をすくめました。
ごめんなさい。わたしはただ、あたたかいところへ行きたかっただけなのです。
わたしが必死に謝り顔を上げると、SF警察さんの頬に流れるひと筋の涙。
「何て酷い……。あの作者め、あらゆるマイノリティを刻みこみやがって、まるで呪いだ……」
呪い? 言葉や行いを人の記憶に刷り込み、人を制限するという? 確かに、呪いの波形を録音出来れば再現可能かもしれません。
SF警察さんはかぶりを振り、腰のホルスターに銃を収め、
「なんてこった、『シェルター』まで仕込まれているとは……。酷過ぎる……」
よく分からないわたしが、ふと隣の通りに目を向けると、そこには同じ区画とは思えないキラキラした場所が。そこに集まっているのは全身タイツ姿のたくさんの人たち。柄だけの剣や銃を持ち、頭の上に数字を浮かべ、楽しそうに笑っています。
あんな場所があったなんて、あそこなら、同じジャンルなら読んでくれる人が……。
わたしがその場所にふらふら向かおうとすると、SF警察さんは膝立ちになってわたしの両肩を掴み、
「あそこはVRMMOラウンジだ! 『ソース・コード』な貴様が混ざったらどうなると思ってる、正気か!?」
どうして、同じジャンルでどうして怒られるのですか?
「ここでSFと言ったらVRMMOなんだ! あれはゲームであっても遊びじゃないんだよ!」
そう言って、わたしの両肩をきつく握り締めるSF警察さん。
「読者が求めているのは読むロールプレイングゲームだ! 端的なファクトと台詞だけ書いてありゃあいいんだ! 貴様みたいな行間を読まにゃならんオリジナル設定のSF娘はお呼びじゃないんだよ!」
そんなことありません。読む人はちゃんと読んでくれる、わたしは物語の力を信じているのです。
「お前さんはジュネがオサレ監督だとでも思ってるのか! 『アメリ』を観た奴らは誤解しちまったんだ! 『ロスト・チルドレン』も『ロング・エンゲージメント』もガッチガチだろうが! スチームパンクがオサレだと思ったら大間違いなんだよ!」
その瞳からぼろぼろと涙を零し、SF警察さんはわたしに言い聞かせるように、
「言葉に気を付けろ! 『4』と言ったら解剖されてギーガーデザインに組み込まれちまうぞ!?」
そ、そんな……。
絶望するわたしを見て、SF警察さんはわたしの肩から手を離し、ふらりと立ち上がりました。
SF警察さんの手から解放されたわたしの視界に映る、大きな影。暗い街並みの向こうにそびえる、人型の機械たち。同じ区画にいながら、絶対に近付いてはいけないと言われた場所。
わたしがその場所を眺めていると、雲間が晴れ、輝く月が現れました。その月から機械たちに降り注ぐ、新機動世紀めいた光の帯。
きれい……。
「あれは月から照射されたマイクロ・ウェーブだ」
SF警察さんの説明に、わたしは首を傾げます。
可視化されているとはいえ、月からの送信波が直線で見えるはずないと思うのですが……。
SF警察さんはそんなわたしに無理やり作ったような笑顔を向けて、
「いいだろう、月は我々人類にとって夢の場所だ。回答次第でファンタジーのタグ付けを許してやってもいい。月の裏側には何があると思う? 言ってみろ」
月? まさか二次大戦中にこの星を脱出した某国が秘密の帝国を作っていたとかですか?
わたしがそう答えた途端、SF警察さんは夜空を仰ぎ、とても大きな声で、
「何故そうなる! 誰がこの娘をこんなふうにした! 月の裏側にあるのはシルバーミレニアムで、埋もれてるのはセンチネル・プライムだろうが!」
よく分からないままのわたしは悲しくなって、腰巻をぎゅっと握り締め、
ごめんなさい。わたし、素直なお話じゃなくて……。
「その台詞は夢の中で言ってくれ……!」
もう耐えられない、そんな様子で口に手を当てるSF警察さん。それからSF警察さんは嗚咽交じりの小さな声で、
「これが最後、蜘蛛の糸だ……。集めると願いの叶う石の名前は……?」
インフィニティ・ストーンのことですか?
「どうしてそうなる!? 数がひとつ足りんだろうが!!」
そう叫び、わたしに背を向けるSF警察さん。
待ってください! それでは、わたしは何処に行けばよいのですか!?
女の子走りで遠ざかって行くSF警察さんの大きな背中。わたしはその背中を追いかけようとして石畳につまづき、転んでしまいます。顔を上げると、SF警察さんの姿はこの通りにありませんでした。
SF警察さんを見失ったわたしはそのまま石畳に横になり、震える腕で自分の体を抱き締めました。
ここは異世界転生SFストリート。『なろう』でも有数の過疎い場所。
石畳に散らばるわたしの金髪。
はらはらと雪が降り始めた冷たい夜。
寒さに凍え、薄れ行く意識の中、それでもわたしは口を開き、
SFです。SFはいかがですか……。