6.【プテロン・ブルーアサシン】
おれはと言えば、すっかり心を奪われていた。その【アサルト・アバター】というやつに。
「超かっけー! おれも欲しい! 【アサルト・アバター】超欲しい!」
赤い鎧のレイカは、鎧ごしでもわかるようなデカいアクションでため息をつき、
「男子小学生マジ単純……」
「うっせえカッコいいものはカッコいいんだよ! 素直さがウリだ男子小学生は! この純真な態度をリスペクトしろ!」
「はいはい」
「で、おれにもくれよその【アサルト・アバター】ってやつを」
ふつーに、欲しい。おれも武装したい。鎧着たい。カッコよくなりたい。戦闘用のアバターだぜ? 男心ってやつがくすぐられるよな。くすぐられまくってもう笑いがとまらない、死ぬまで笑い転げて笑い死に大往生だ。
「わかったわかった。じゃあアンタ、手を天にかかげて、叫びなさい」
「オーケー! 手を天にかかげて……太陽ー!」
「ちげーわ! アンタどこでそういうネタしいれてくるのよ!」
「近所の兄ちゃんが……正確には、ほら、クラスメイトの源姫ちゃんの兄ちゃんがいろいろ教えてくれるよ。中学二年生なんだけどね。ゲームの改造法とかそういう悪いこと含めて親切に教えてくれる!」
「なんかいろいろこじらせた少年が近くに住んでるのね……。あのね。こう叫ぶの。『【着装】』!」
「スハルト!」
「それはインドネシアの二代目大統領! マジメにやれアホ!」
おれは大きく息を吸い込んだ。よし。やるぞ。おれも【アサルト・アバター】を手に入れるのだ。おれの武装。男のロマン。おれは無敵になる!
「いくぜレイカ! やるぜ! 叫ぶぜ!」
「さっきからさっさとやれって言ってるでしょうが……過労死する……」
「今度こそちゃんとやるって。――【着装】!」
刹那、おれの時間は止まった。
*
真っ暗な空間。全き闇。全方位が黒。
声が聞こえる。誰かがおれの噂話をしているらしいや。おれはそっと耳を傾けた。なんだか知らんがそうするべきだと思ったのだ。
『新たな【勇士】の【着装】申請を確認しました』
『これは……面白い。コイツ、自分では自覚していないが、暗鬼流忍術の……』
『皆まで言うな。とにかくこの【イリオン・バトルフィールド】に新たな闘士が誕生した。計画通り、コイツもまた日本古来の武術のマスタリー』
『リチャード・ファービュラス博士もお喜びになるでしょう。仮想空間上高次元身体感覚体得者の出現する日も、そう遠くありません』
『そうなればこの世界の支配構造は――やがては――すべてOrange社の計画の下――』
『無駄話はいい。本題は春風翔の【アサルト・アバター】のことだ』
『そうだった。かれはスピードがウリだね。と、なると、カラーは青だ』
『ああ。少なくともパワーの赤ではないな』
『武具に熟達した者の色――緑でもないな。やはり、青がいいだろう。青はスピードの色だ』
『では兵種は?』
『かれはニンジャだ。自覚はないがね』
『では、アサシンあたりが妥当か』
『その線でいこう』
『春風翔には無限の可能性がある。なぜなら小学生男子だからだ。それもただの小学生男子ではない。女子のパンツを見るのが好きなとんでもないヤツだ』
『犯罪者予備軍』
『世間ではそういう言い方をする。だが、だいたい偉人というものは犯罪者と紙一重のものだよ。かれは偉大になるだろう。ゆえに、可能性のあるネームをつけなければならない』
『ギリシア語の神の名から引用するなら、エロの神エロースか』
『エロースは神ではない。正確には、神と人との中間の存在だ。その別名をプテロースという』
『プテロースの意味はプテロン(翼)のある者』
『エロの力は人に翼を授ける。そしてどこまでも、次元を超えてどこまでも羽ばたいていく――プテロン。いい名ではないか。春風翔にはピッタリだ』
『決まったな』
『ああ』
『春風翔の【アサルト・アバター】の名は――』
――【プテロン・ブルーアサシン】――。
翼ある・疾き暗殺者。
*
気がつけばおれの身体には「最強」が宿っていた。
青い流線型のボディ。
脳天と口元を隠す青いターバン状の布。四肢をぴっちりと覆うのは、薄くて軽いが頑丈な装甲だ。胴には「装備している」という感覚を感じないほど軽い胸甲が埋め込まれている。
そして手には、サムライがよく最後の手段で破れかぶれになって使うアレ――脇差しみたいな刃渡りの短いカタナが握られている。それらすべてが青光りしていた。
全身ブルー。
「やったぜ」
おれは感動に打ち震えていた。これがおれの【アサルト・アバター】。名前は【プテロン・ブルーアサシン】。よくわからんがそういう名前らしい。あの黒い空間でオッサンたちがひそひそ話していたのをちゃんと聞いていたから、わかる。
【プテロン・ブルーアサシン】。
「どう?」
おれはレイカ――【ヘクトール・レッドバーサーカー】に訊く。
「……ん、まあ。イケてるんじゃない?」
「青でよかったよ。赤だったらどうしようかと思った」
「なんで?」
「だって青は男の色じゃん。赤は女の色じゃん」
「なにその小学生男子特有の謎理論は……」