5.【ヘクトール・レッドバーサーカー】
「クランだかクラムチャウダーだから知らんが、おれはさっさとみんなと遊びに行きたい! 知ってるか? 昼休みはおれたちにとってさながら砂漠の中のオアシス、つまらない授業の合間の、つかの間の天国なんだぜ。これを奪うとはむごい。むごいとは思わないかレイカくん!」
「何がレイカくん、だ! 知るか! ああ、もう!」
地団駄を踏むレイカ。なんだかんだ大人ぶって余裕をかましているくせして、すぐにカーッとなるところは小学生だ。おれと変わらん。フッ。尻の青いガキめが。
と、思っていたらレイカは意外な行動に出た。おれはぶったまげた。
いきなり、スマホの画面をかかげてきたのだ。黄門のじーさんみたいにスマホを突きつけて「控えおろう」てな具合だ。液晶に映っているのはきのうと同じ、黄緑色の0と1の羅列――。
気がつけばオレは、再び【イリオン・バトルフィールド】の世界に没入していた。
すべてが虹色のうずまき。どこを見てもうずまき。まるで星団があちこちに浮いているような光景。そうだ。これが【イリオン・バトルフィールド】の風景。
おれは自分の腕を見る。これは「アバター」だ。そうわかってはいるものの、現実世界のそれとまったく見分けが付かないほど精巧にできている。ほっぺたとぱちんと叩いてみたけれど、ちゃんと痛い。ホント、現実と変わらないほどリアルに近いバーチャル空間だ。おったまげるぜ。
目の前にはレイカ。こちらも現実世界と変わらない姿をしている。整った顔に気の強そうなつり目が二つ。ピンクのタンクトップと黒いミニスカート。引っ張ったら楽しそうなツインテール。
「さ。これなら逃げられないわ。ドッヂボールじゃなくて、【クラン】の話をするわよ」
「やられた、ちくしょう!」
「諦めなさい! それに、【クラン】以外にもまだまだ説明しなきゃいけないことがあるし」
たとえば、そもそもこのゲームは何をして「遊ぶ」ゲームなのか? この虹色空間にたたずんでいるだけじゃ当然ゲームにならない。なにかしらのエンターテインメントが用意されているはずだ。そうだ。それはおれもわかってるよ。でもそんなことよりドッヂボールしようぜ! ってな気分。恨むなら骨の髄まで小学生男子なおれを恨んでくれ、レイカよ。
レイカは言った。
「【イリオン・バトルフィールド】はありがちなVRMMOなんかと違って、仮想世界を旅したりして遊ぶゲームじゃない。現実世界で出会ったプレイヤーとその場で【ログイン】し合い、その場で決着をつける。そういう戦いを楽しむゲーム。どちらかと言えばアンタが好きな『パチットモンスター』のスマホアプリ、『パチモンGO』に近いイメージね」
「うーん、何言ってるかさっぱりわからん」
レイカはぐらぐらと煮立っているヤカンをも瞬時に氷点下まで冷却させかねない超マイナス温度な視線をおれに向けて、
「……理解しようとしなさいよ」
「無理だ! なぜなら……」
「なぜなら?」
「おれバカだから!」
「んなことは知ってるわ! 知ってるけどそこ開き直るな大バカ!」
レイカは頭を抱えた。そのアクションを見るの、おれ何度目だろう。ちょっと笑える。なんちゅうのかコイツはあれだ、からかい甲斐のある女子だ。パンツめくるのと同じくらい楽しい。からかっていてとても楽しい。昆虫に例えるならダンゴムシだ。突っついたら丸くなるのが面白い。おれはダンゴムシ好きだぜ結構。オオクワガタには劣るがな。
おれはやれやれ、と天を仰ぎ、
「せめて、そうだな。おれの集中力が続く40秒で説明してくれ」
そう提案すると、レイカはなんだかイヤな予感のする笑顔を浮かべて、
「わかった。てか、そうね。アンタの脳みそにはもう見切りをつけたから。カラダに直接教えてあげることにするわ」
「『カラダに教える』!? なんだそのおれの脳みそのエッチな部分がピコピコ反応する魅惑のフレーズは……??????????」
「黙れエロ猿マジ滅びろ男子小学生ファック・オフ」
なんかそんなラップみたいなこと言ったレイカは、とち狂ったのか知らんが急に手を上に突き出してこうやって叫んだ。
「――【着装】!」
次の瞬間とんでもないことが起こった。
おれの目の前に立っていたレイカが、またたくまに真っ赤な鎧に身を包む妙なオバケに変化したのだ! 怖い!
その外見は異様、まさしく異様としか言い様がない(オヤジギャグではないぜ)。まず赤いヘルメット。ヘルメットと呼んでいいのかわからない。ほらその辺のコンビニにたむろしているニイちゃんがバイク乗ってヘルメットかぶってるだろ。あのヘルメットとはまたわけが違うよ。ああした手合いのニイちゃんのヘルメットは帽子みたいな形してるけど、レイカのはフルフェイス。フルフェイス・ヘルメットだ。つまり、頭をすっぽり包んで、顔もしっぽり隠すタイプの本格派だ。
そんな真っ赤なフルフェイス・ヘルメット。バイザーの部分は白く光っている。防御力高そう。少なくともCBX400Fで暴走しまくったあげく電柱にぶつかって自爆事故起こしたとしても、頭だけは無傷だろうな。そんな感じ。
それから胴体も腕も脚も、全身レッド。赤の甲冑。甲冑ていうか、ゴツいライダースーツっておもむきだな。レイカは細身だけれども、そのレッド・スーツのせいで、体格が一回りおっきくなったようには見える。防御力高そうだ。少なくともマジェスティで暴走しまくったあげく電柱にぶつかって自爆事故起こしたとしても、胴体手足は無事だろうな。そんな感じ。
つまり要約すると、赤くて、ゴツい。
それがレイカの変身後の姿だった。
「【ヘクトール・レッドバーサーカー】」
ヘルメットを通して、レイカの力強い声が聞こえてくる。
「これがアタシの【アサルト・アバター】。戦闘用のアバターよ」