3.全国の男子支持率はうなぎ登りだ
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「ここは……」
どこなんだろう。妙な空間だ。虹色のうずまきがたくさん浮かんでいる。床は透明で、下が透けて見える。下も虹色のうずまき。とにかく全方向にうずまき。
「無事に【ログイン】できたみたいね」
目の前には、レイカがいた。この虹色うずまきの空間に置かれても、平然としている。どうなってるんだ?
「ここはどこ? わたしはだれ? って言いたそうな顔ね」
「ここは虹色うずまきの空間。おれは春風翔だ。特技はスカートめくりです」
「就職面接だったら一発で落ちる自己紹介ね……」
「大丈夫。おれ就職しない。東大行ってアメリカの大統領になるから」
「アメリカが終わるわ。せめて日本から一生出ないで。恥だから」
「スカートめくり合法化を推し進めるよ。全国の男子支持率はうなぎ登りだ」
「何の話よ……」
レイカはため息を一つつくと、
「とにかく!」
「まったく」
「その下りはもういい! とにかくここはサイバー・スペース【イリオン・バトルフィールド】! おわかり?」
「おかわり! ご飯がススム!」
「バカ!」
レイカは痺れを切らして、今度は飛び蹴りを放ってきた。おれはそれを後退して躱し、着地を狙って一歩前進。間合いに入る。そして腰を落とし、フェイントをからめて「めくる」。
「きゃっ!」
「きょうのラッキーカラーは白! ラッキーキャラクターはクマさん!」
「死ねクソガキ! もう! もうもうもうもう! こんなやつに負けるなんて!」
地団駄を踏むレイカ。ツインテールがぴょこぴょこ揺れる。
「あの。説明が進まないんで、早くしてもらっていいですか」
おれがそう急かすと、マジな殺意を秘めた瞳で、レイカはこっちを見た。
「あとで殺す――」
これはマジで殺す目だ。
まあそれはともかく。
レイカはちゃんとこの虹色うずまきの世界のことを教えてくれた。
――ここはVRの世界【イリオン・バトルフィールド】。
最新型スマホiSoshia10に搭載された「Virtual Brain Enlightenment」、略称VBE機能を活用した、世界で一番高度なバーチャル・リアリティ空間なのだという。
スゴいだろ。何言ってるかまったくわからなくて。意味不明さがスゴいだろ。
おれがアホそのものといった感じでぽかんとしていると、レイカは補足説明をしてくれた。VRというのは、仮想空間で――なんと、ゲームの中に飛び込んで――遊ぶことができる世界らしい。おれはおったまげた。
「じゃあ現実世界のおれは?」
「ベッドで目をつむっているわ」
「全裸で?」
「そうよ! アホ!」
「ふうん。じゃあ現実世界のお前は?」
「椅子に座って目をつむっているケド?」
「つまり無防備……ごくり」
「エッチめ。千回くたばれ。……説明を続けるわよ」
「いや、もういい」
「もういい?」
「理解した。これはゲームだろ? 学校にゲームもってきちゃいけないんだゾ! センセーに言っちゃお! 言っちゃお!」
「小学生男子、どちゃくそ・うぜえ……!」
こめかみに青筋を立ててビクビク怒るレイカのアバター。仮想空間なのにそこまで感情表現できるのはスゴい。もう現実世界と何ら変わりないな、この世界!
え? なんでおれが「アバター」なんていう難しい単語を知っているのかって? そりゃおれ詳しいもの。知らないふりをしてすっとぼけていたけれども、バカめ、いまのご時世、VRMMOを知らない小学生男子がいるわけないだろ!
もっとも、ホントに実現されているとは知らなかったがね。おれは、iSophia10なんてもってないし。かあちゃんが「まだ早い」って言ってスマホ買ってくれないのだ。ピンテンドーの最新機種、3DXならもってるぜ。『パチットモンスター ウルトラブーン』でみんなと対戦するしな。
にしても、スゴい完成度の高いバーチャル空間だ。目の前のレイカのアバター、現実世界とまったく見た目が変わらない。表情も。おれの肉体もまったく現実世界のそれと見分けがつかないよ。
「そんで、おれをそのVRの世界に連れてきて、どするの? 授業サボって遊ぶの? 不良じゃん」
「遊び?」
レイカは冷ややかに唇を歪めた――冷ややかながら、どこか楽しそうに。
「これはゲームだけど遊びじゃない。いまにわかるわ」
「ええ……遊びじゃないなら帰るよおれ。勉強はキラい」
「帰るな! 遊びよ、遊びでいいわよもう!」
焦るレイカ。そんなにおれと遊びたいか。そうか。エッチめ。
「じゃあドッヂボールする?」
「なんでよ! どうしてわざわざ【ログイン】して、ドッヂボールなんていう野蛮なスポーツをやらなきゃいけないわけ!」
「ドッヂボールは日本の国技だぞ! バカにするな! 超楽しいだろ!」
「日本の国技はお相撲よ、アホ……」
レイカは再び頭を抱えた。ぶつぶつと「どうしてこんなやつに……」とかつぶやいている。苦労が多そうだな。ハゲるぜ。
レイカはおれをキッとにらみつけて、
「いい? もう一回言うわよ。これはゲームだけど、単なる遊びじゃない。『願いを叶えるゲーム』なの」
「願いを?」
「そう。【イリオン・バトルフィールド】は制作者不明、運営会社も不明。完全に謎のゲーム。わかっているのは次の二つのことだけ。iSophia10はこのゲームのために設計されたということ。そして、このゲームを『クリア』すれば『どんな願い事も叶えられる』ってこと」
「まさか」
「本当よ。アンタ、世の中にお金で解決できないことって、あると思う?」
「あるよ! たとえば法律とか! お金じゃ変えられない!」
スカートめくり合法化案は、金だけじゃ衆議院を通過しないのだ。いろいろ他に必要だ。金じゃ解決できない。
「……そうよ。あるのよ。お金じゃ解決できないことって。それもこの【イリオン・バトルフィールド】なら、実現できる」
レイカはしごく真面目に、そう言ってのけた。
「iSophia10を発売したOrange社は、この最新型スマホに『夢を叶える端末』ってキャッチコピーをつけた。これはつまり、【イリオン・バトルフィールド】のことを暗喩しているのよ」
「よくわからん。七つのボールを集めると願いが叶う的な? そういうやつ?」
「そう思ってもらって構わない。事実、そうなのだから」
レイカはおれをじっと見据え、言った。
「協力して。アンタの力が必要なの。アタシの願いのために。……ついでに、アンタの願いも叶えてあげるわ」
「じゃあおれの願いを言うぜ。おれの願いはスカート――」
「却下。エッチなのは絶対禁止。マジで叶っちゃうから」
「ええ……おれはただ『すべての生命が幸せになりますように』っていう願いをだな」
「見え透いた嘘をつくんじゃない!」