2.見たけりゃ見ろよホラ!
*
保健室で目を覚ましたおれは、震えていた。恐怖のために震えていた。
ベッドの横に、あろうことか、レイカが座っていたのだ。
レイカはおれが目を覚ましたのを見ると、
「……起きたわね?」
すんげえ怖い低い声でそう言った。
これはあれだ。処刑開始の合図だ。おれは負けたんだ。鼻血ブーして倒れたからな。負けだ。これはつまりフルチンだ。
あ、でもよかった。ここなら姫ちゃんに見られることはない。幸い、レイカとおれと、二人きりだ。それならなんでもない。フルチン上等。やったるぜ!
「見たけりゃ見ろよホラ!」
「死ねええええええええええええええ!」
瞬間キャスト・オフを実現したおれ。全裸で毛布をはねのけるも、レイカの拳がみぞおちに命中。なんたる仕打ち。ちゃんと約束通り脱いだのに……。やっぱり女子って最悪だぜ。男子がナンバーワン。
おれはしばらくうつ伏せでピクピクけいれんしながら、うめいた。丸出しのヒップを見かねたのか、レイカはおれに毛布をかぶせてきた。
「男子小学生って超最悪……ありえないマジ絶滅してほしい」
「お……お前が見たいって言ったんだろうが……バカアホドジマヌケ女!」
「見たいなんて一言もいってないでしょーが!」
「エロ……ヘンタイ……役立たず……ぐすん」
泣いてない。痛いからっておれは泣いてないぞ。断じてな。男児だけに。ははは……ぐすん。かあちゃん。痛い。
「はぁ……まさかアタシが負けるなんてね」
レイカは言う。低い声で。意気消沈した様子で。
……え? 負けた? レイカが? おれじゃなくて?
「超無敵流古武術。この拳を躱されたのは初めてよ」
「躱した、おれが?」
「ええ。アンタはアタシの拳を躱した。それだけじゃない。スカートまでめくってみせた。これってつまり、アタシの命が取られてたってこと。アンタの攻撃が『スカートめくり』じゃなくて『脇腹への突き』だったら、死んでた」
えーと。つまり。
おれはレイカの攻撃をひらりと回避した。そんで華麗なスカートめくりテクニックを発揮した。おれがやったのが「スカートめくり」だったらよかったものの、スカートめくりじゃなくて、ホントの「攻撃」だったら、おれが勝ってた?
ははーん。
「じゃああれか。フルチンになるのはおれじゃなくて、レイカ、お前か!」
「ふつーに、死ね!」
痛い。また殴られた(泣いてないぞ。断じて)。……ぐすん。
ま、まあ痛いのはこらえるとして(おれは男だから我慢ができる……ぐすん)。レイカはいまよくわからんことを言ったな。超無敵流古武術? ちょーむてきりゅーこぶじゅつ?
「えーと、なにその武術って? カンフーとかカラテ? かくとうタイプ?」
「しらばっくれないで!」
レイカは叫ぶ。ヒステリックに。女はこれだから……。
「アンタも知っているはずよ。でしょう? アタシの攻撃をものともせず懐に入ってきた。この技術が武術以外の何であるというの? あんた絶対武術習ってるでしょ!」
「ハイ先生違います、ただのエッチな探究心です。エッチな心がおれに力を与えてくれる」
「本気で言ってるの?」
「本気だとも。エッチパワーを舐めるなよお前。河川敷でエロ本を10冊拾ってからおれにものを言えこのウツケめが!」
レイカは頭を抱えた。そしてなにやらぶつぶつとつぶやいている。
「こんなのでも……これが才能なら……もしかしたら」
「エッチなのは才能じゃない。本能だ(キリッ」
「本格的に死ね」
知ってるか。人は死ねって言われたら心が傷つくんだよ。道徳の時間に習った。
「スカートめくりも女の子を傷つけるからやるなよボケが。百回死ね」
おれは聞こえないふりをした。
レイカは叫ぶように、
「とにかく!」
「まったく」
「清く正しく! ……じゃなくて! とにかく! 決めた! アンタにはちょっと話がある!」
「いましてんじゃん、話」
「いちいちうっさい! これだから男子小学生は! 黙って聞け!」
スゴい剣幕。もうおれはふつーに帰りたい。正直に言っていいかな? 泣きたい。レイカ怖い。すんごい怖いの。もうヤダ。
コイツ声はでかいし態度もでかい。ついでに言えば身長もおれよりでかくて怖い。なんか4年生の頃から、女子たちが急にでかくなりはじめたんだよな。おれたち男子は軒並み体格で負けてしまった。どうなってるんだ? 神様の設計ミスじゃないのか? ふつー、男のほうがでかくて強いだろうに!
「なに神妙な顔してんのよ?」
「どうしてお前ら女子はでかいのかなって」
「はあ? またわけのわからないことを!」
キレ気味のレイカ。おれはもうこれ以上刺激するのはやめた。黙って話を聞こう。
「なんでもない、続けてください」
「じゃあ単刀直入に。アンタ、アタシの【クラン】に入りなさい!」
そう言ってレイカは、スマホの画面をおれに見せた。その画面に表示されているのは、黄緑色の0と1の羅列――。
「えっ」
脳を揺さぶられる感覚。おれの意識はどこかへ飛ばされた。