15.趣味? じつはザリガニを飼うのが好きとか、そういう?
大地を蹴る。一瞬でまどか姉ちゃんのゼロ距離に接近。そして――「めくり」!
「――色は、ピンク! レース付き! それとなくオトナな香り! ブラボー!」
きょうもきょうとてパンツの目視確認よし! ご安全に!
そのときそこへランナーのオッサンが通りかかった。偶然、おれが「めくり」をした瞬間を目撃したらしい。ピンクのパンツを目撃したらしい。鼻血を吹いてスッ転んでそのまま天国へ行った。チーン。
まどか姉ちゃんはと言えば、ぱっちりと目を見ひらいて、
「イケナイ子ね。うふふ」
余裕たっぷりの調子でそんなことを言う。
そして――あろうことか、おれはギュッと抱きしめられた。そんでもっておデコに、チュッってされた。
優しくチュッて。
フローラルのいい香りがする。身体はとっても柔らかい。特におっ・ぱい・ぱいの膨らみがおれの顔をぷにょんとホールドして即・涅槃寂静。
おれは、まどかお姉ちゃんの胸の中という揺りかごに揺られながら、極楽浄土の悦楽を味わうのだった。ああ善きかな。善きかな。ありがたいありがたい。ナムアミダブツ――。
「翔くん」
魅惑的なウィスパー・ボイス。まどかお姉ちゃんはおれの耳元でささやく。
「食べちゃいたいくらい可愛い」
息がかかってくすぐったい。なんだか気持ちがいい。おれの下腹部のどことは言わんがなんだかそのあたりがむずむずする! なんかおれの知らない未知の快楽が目覚めそうな、あ、ああ、なんだこの感じは! 小学生のおれにはまだ早いナニかが覚醒する! しちゃう!
が、しかし世の中というものは無常だ。驕り楽しむ時間はそう長くは続かない。国語の『平家物語』でそう書いてあった。まどかお姉ちゃんが放った次の一言が、おれを非情な現実に引き戻す。
「うふふ。食べちゃう前に、翔くんから【ニケポ】を吸い取っちゃおうかな」
――まどかお姉ちゃん、この人、【勇士】だ!
例によって取り出されるスマホiSophia10。その画面には0と1との無機質な羅列が表示されている。おれはそれを見てしまった。すなわち、
――【ログイン】してしまった。極楽の時間は終了だ。ロスタイムは0秒。おれが立っているのは虹色うずまきの空間。
【イリオン・バトルフィールド】。
おれの眼前でにこにこしているのは、まどかお姉ちゃんのアバター。現実世界の姿そっくりそのままコピーされたアバターなので、言うまでもないが美人!
「翔くんが【勇士】なのは、初めから気づいてたのよ。なんとなくわかるの。たたずまいで、ね」
おっとりとしたリズムで、まどかお姉ちゃんは唄うようにそう言った。
「さ、【戦闘】しましょうか。うん大丈夫。痛くしないから。……あ、ウソ。ちょっと痛いかもだけどそれはゴメンね。終わったらちゃんとギュッてしてチュッてして慰めてあげるから許してね?」
なんかさっきとうってかわって雰囲気にスゴ味がある! でもそれも悪くない!
「痛いのは勘弁。でもギュッとチュッはして欲しい! おねだり! ワン!」
おれがワンワン鳴いていると、まどか姉ちゃんは両手をほっぺに当てて真っ赤になり、
「可愛い。ホント、可愛い……私の【アリアドネー・グリーンテイマー】でいぢめたらもっと可愛く鳴く? 鳴くかしら? どうかな? 可愛そうかな? でもガマンできないの! いぢめちゃう! もっと鳴いて欲しい!」
「ワンワン! ご所望とあらば! 翔鳴きます! くうーん!」
「最高最高最高に可愛い! ――【着装】!」
まどかお姉ちゃんの姿が【アサルト・アバター】形態に変化する。胴体、手足は緑色の薄い装甲に覆われた。赤系統の【アサルト・アバター】と違って装甲は薄い。軽装備! 顔も頭も露出したままだ。
その代わり、手にはこれまた緑色のムチが握られていた。長いムチ。廃墟と化したマンションを侵食する、野生のツタみたいな面妖な武器。
そうか、そういやぱっつぁんが言ってったな。緑系統の【アサルト・アバター】は、特徴的な武器をもっているもんだって。これがそういうことなんだろうな。ぱっつぁんは良いことを教えてくれた。
まどかお姉ちゃん――いや、【アリアドネー・グリーンテイマー】は、緑のムチをシュッシュとしごきながら、
「ねえ翔くん。私はね。人には言えない趣味があるの」
「趣味? じつはザリガニを飼うのが好きとか、そういう?」
「ううん。あのね。……いぢめること」
「いじめ!?」
「うん……そうなの」
奥ゆかしい笑顔の【アリアドネー・グリーンテイマー】。顔は上気して、色っぽい吐息を連発している。なんなんだろうこの人。ちょっとおれ、いけない箱を開けてしまったような気がするんだぜ。パンドラ。でもまどかお姉ちゃんは美人さんだし、いい匂いがするし、ギュッとチュッ、をしてくれるから、ぜんぶ許す。全力で許す。神が許さずともおれが許すのだ!
まどかお姉ちゃん、すなわち【アリアドネー・グリーンテイマー】はちょっと躊躇ってから、覚悟を決めた顔をして言った。
「じつはね。私、小学生男子をムチで叩いていぢめるのが趣味なの。……っていうか、夢なの。どう思う? 可愛い可愛い純真無垢な小学生の男子。それをムチで叩いて叩いて叩きまくって私好みに調教する――私、こんなことばかり妄想するのが趣味。でもきょうは妄想じゃない。この【イリオン・バトルフィールド】なら、『実現』できる。そう! 翔くん! あなたという格好の獲物がいるから! ……ねえどう思う? 小学生男子的にどう思う?」