12.黒いミニスカートがふりふりと揺れている
「はじめから、そうやっておとなしくしていればいいのよこの猿!」
おれに罵声を浴びせるレイカ。その右手にはスマホ――iSophia10。液晶には0と1の列が並んでいる。それを見たおれは、
「あっ」
【ログイン】していた。
またしても例の虹色うずまき空間。宇宙的な雰囲気のこの世界。なんかわくわくするから嫌いじゃないね。隣にはレイカ。【ヘクトール・レッドバーサーカー】で武装したゴツいレイカじゃなくて、生身のレイカの姿をそのままコピーしたような精巧な「アバター」。
「あ、なんだあれ」
おれは変なものを見つけた。屋台だ。
屋台。この虹色うずまきワールドに、ぽつんと屋台がある。よくお祭りなんかで見かけるアレだ。チョコバナナとか売ってるやつ。それがあっちのほうに見える。
「レイカ、何アレ?」
「景品交換所よ。『Orangeショップ』で【ログイン】すると、あの屋台が出現するの」
レイカはつかつかと歩き出した。屋台のほうへ向かって。おれもその後ろをしずしずとついていく。レイカの黒いミニスカートがふりふりと揺れている。
せっかくだからもう一回レイカのパンツのネコちゃんマークを見て元気でももらいますかな、ありがたいありがたいナムアミダブツ、と手を伸ばす。
「バレてるわよアホ」
刹那、強烈な後ろ蹴りが飛んでくる。ポクポク、チーン。おれのアゴにクリーン・ヒット。ナムアミダブツ。痛い。超痛い。成仏しちまうよ……。
「レイカ、おれすんげえ痛い…………泣くぞ」
「泣け」
レイカは歩みを止めない。振り返ることすらしない。おれはアゴを押さえながら、涙をのんでしずしずとついていく。老いぼれた犬のごとく。ワン。
屋台にはなんかサイバーなピチピチスーツを着たお姉さんが立っていた。背が高いし、目が青い。髪の毛はぱっつぁんと同じ金色だ。さてはアメリカ人だな。舶来モノだぜ。ペリーのオッサン天国で元気にしてっかな。
「いらっしゃいませ。景品交換所へようこそ! ここでは【ニケポ】をお好きな景品と交換することができます! 何になさいますか?」
アメリカのサイバー姉ちゃんは、開口一番そんなことを言った。いかにもNPC店員じみた口調だな。
え? どうしておれがNPCなんていう難しい単語知ってるかって? そりゃあおれ、末は博士か大臣か、なーんて風に親族みんなから期待されてる男だもの。博識がウリさ。これでもおれは物知りなんだ。たとえばほら、サンタクロースの正体なんかも知ってるよ。……知りたい?
サンタクロースの正体、それは――。
やっぱり止めよう。真実に近づきすぎないほうがいい。「ヤツら」に消されちまうからな。おれたちは常にエシュロンに見張られている。キケンだ。シロウトが首を突っ込んじゃいけないぜ。
ってまあ、そんなことはどうでもいいんだ。そんなことより景品だ。
「景品って何もらえるの? やっぱ屋台だからチョコバナナ?」
アングロ・サクソン・サイバーNPC姉ちゃんは笑顔で答える。
「チョコバナナをご希望ですか?」
「うん。食いたい」
「残念ですが、【ニケポ】が足りません。またのご利用をお待ちしています」
……。
「だってさ。レイカ。残念だけど、帰ろうぜ。つまんねー」
「バカ! 大事な【ニケポ】をたかだか300円程度のチョコバナナと交換してどうするのよ!」
「どうするもこうするもないわよ! 食うのよ!」
「超絶アホ! ちょっと黙ってなさい!」
レイカはツインテールを指でくるくる弄びながら、サイバー姉ちゃんと対峙する。姉ちゃんは笑顔。レイカはマジメそのものの表情。おれ、変顔。
レイカはよく通る声で、
「いま貯まっている【ニケポ】は7pt! 『願いを何でも叶える力』はあと何ptで交換できるの!?」
「はい。『願いを何でも叶える力』には100ptが必要となっております! 【ヘクトール・レッドバーサーカー】さんはあと93pt貯める必要がありますよ」
姉ちゃんはとびっきりのスマイル。営業スマイルのお手本だね。レイカはおれをジロリと見て、
「わかった?」
「何が?」
「100pt貯まったら何でも願い事を叶えられるってことが、よ。この景品交換所は、そんな不可思議非常識な景品まで取りそろえているの。すごいでしょ? チョコバナナ食ってる場合じゃないのよ」
「それはつまりあれかいレイカ、ぱっつぁんみたいな【イリオン・バトルフィールド】の参加者を、100人ほどぶっ倒すってことかい。願いを叶えるために」
「そうよ。その通り」
ふんすふんすと鼻息を荒くするレイカ。なんと血の気の多い女子か。ブルっちまうよこっちは。100人とバトってやっつけなきゃいけないなんて、そりゃまあずいぶんと高いハードルだなあ。
「そのためにアンタの力が必要ってわけ。アンタ、エッチで最低でどうしようもない男子だけど、まあ、実力は確かだから」
「レイカはムッツリスケベで高慢でどうしようもない女子だけど、しょうがない、一肌脱いでやろう。協力するぜ」
「殴られたいの?」
レイカが笑った。ニヤッと笑った。裏のある笑いだ。殺意のこもった笑顔だ。恐ろしい。こいつを前にしたら、アナコンダだって尻尾を巻いて逃げ出すよ。
「殴られたくないデス、はい」
「じゃあ決まり。アンタはアタシの【クラン】メンバー、第二号よ! あ、第一号はアタシね」
「一号、二号……バイクに乗るバッタのヒーローみたいでカッコいいな!」
「よくわかんないけど! そういうことだからヨロシク頼むわよ」
ヨロシク頼まれるのはいいんだが、大事なことを忘れているぜレイカ。そう、【クラン】の名前がまだ決まってないのだ!
「【クラン】の名前はやっぱり【ハイバードラゴンセイクリッドマジックミラーサンダーファイヤータイガードラゴン】でいい?」
「その問題蒸し返すな! またドラゴン重複してるし! もう【クラン】の名前はナシでいいわよ!」