出会い
「あなたはお弟子は取っているのかしら!?」
手入れも久しげな寂れた墓場。十も行ってないような少女が中央に立つ青年に目を輝かせて尋ねる。
輝いている瞳の色は彼と同じルビーの赤。この地方ではあまり見られない色なのは、彼女が遠方から引き取られた子供であることに由来するそうだ。
――そうなのかい。有難う、貴方は何時も親切だ。
彼は『答えてくれた』後ろに聳える一本の老樹に心中で礼を言う。怪しまれてもいけないからと、取り敢えず真剣な眼差しで見つめてくる少女まで屈んで目線を合わせる。
「ははっ、取ってないよ。君はこの辺りでは見かけない娘だね、お名前は?」
「わたくしはリリィ。リリィ・フォン・カラキアよ」
名前を聞くと彼は大体、此処よりだいぶ東の地方の人名の気がした。
髪は亜麻色のとても素直で滑らかなもので、腰まで伸びている。耳の上に付けられたリボンは随分高そうだが、彼女の着ている服装など全て高級そうだ。何せリリィは顔立ちがとても整っていて、何を着てもあどけなさは残っても上品なのだ。
薄い青空色のワンピースは白いフリルで子供らしい仕上がりをしており、よく見かける高いばかりの服とは違う。恐らく彼女の両親が特注で、何なら彼女の要望通りの服を用意したのが窺える。
跳ねた白髪を掻きつつ彼は困ったような表情をする。
「そうか、リリィ。君は私がどういう扱いをされているかは知っているかな?」
「知っています。街の人は「近寄るな、アレは死人と喋るおそろしい魔術師なんだ」と最初にわたくしに言って聞かせたもの」
だよね、と知らなかっただけである可能性が潰えた事に項垂れる。
「じゃあ同時にこうも聞かなかったかい? 『アレは六百年生きる化物だ、あの姿は唯の仮初なのだから人扱いなどする意味は無い。死人の言葉を騙る冒涜者でも有るアレと口を利くのなら、きっと今に罰を与える事になるだろう』――――みたいな感じの」
「あら? そんな事まで言われていらしたのね、可哀想に…………でも落ち込まなくて大丈夫なんですよ? わたくし、そんな事はこれっぽっちだって思っていませんもの!」
「君は相当不用心な娘らしい…………」
もうがっくし来ることすら出来ないくらいに彼女は運のない娘と彼は悟る。胸を張る彼女はその溜息に首を傾げる。
彼は身なりも良くはない。ボロ布じみた黒い外套で身体を覆っており、つばの広いトンガリ帽子まで真っ黒なさまは人に違和感を与えること請け合いだ。
うなじで括った腰まで有る白髪こそ綺麗だが、リリィの其れとは何か雰囲気の違う鮮血色の瞳は異端として恐れられるのも致し方ないものだ。
「早く帰りなさい、君はもしかすると既に街の人からとても怒られる――――――というより、下手をすれば迫害されるような事をしているんだよ?」
「ダメよ! わたくしはあなたの弟子になるのですから!」
「強情な娘だなあ、私は弟子を取らない。というか《《取れないよ》》」
キッと負けん気溢れる視線を浴びせかけられると、彼はおどけて慄いたようなふりをしてみせる。
――困ったものだ、彼女は大真面目らしい。
考えあぐねているのか彼は顎に手を当てて長い思案に入る。
「お家に返そうにも私がどうこう言っても君は帰らないよね」
「当たり前です」
「だよね、じゃあ…………そうだ。私が引き取るしか無い?」
「それは魔法を教えてくれるということかしら!?」
いや違う違う。と手を降って朗らかに否定した彼を見てリリィは落胆したように肩を落とす。
「どうして教えてくれないの?」
「いや、えっと…………そうだなあ、君はどんな魔法を覚えたいの?」
「人を生き返らせる魔法!」
即答だった、リリィの瞳が彼に熱を植え付けるような真剣なものだったのに少し驚く。
――人を生き返らせる。そうか、そういう。
彼は少し懐かしげな顔をして立ち上がると。気づけば細い木の枝を手に持っていた。
「それは難しいものだ、人の生死は変えられない」
「難しいものとおっしゃりましたね! なら、有るには有るのでしょう!?」
「正確には、実質的に無いよ」
冷たい視線がリリィに突き付けられた。それは今まで柔らかく笑っていただけの青年から放たれたとは思い難い、殺意と諦観の境界線を走るような怖気だつものだ。
さしもの勢いづいていたリリィも少しだけ後ずさってしまう。
――だけど、君は逃げないのか。
彼の中でリリィという少女の処遇はある程度、今決定した。途端にさっきと変わらない穏やかな表情が戻る。
「…………うん。悪くはないんだ、じゃあちょっと見せようかな」
そう言って木の枝を軽く、近場の墓石の隙間に生えていた幼木に振る。
――瞬く間に其処から妙な風の吹いた錯覚をする。リリィは何となく、誰かが言った「生命力」に近いものだと直感的に理解した。
それは吹き荒ぶようにリリィの身体に浴びせかけられていて、実際はその幼木周りを飽和していることが分かる。近寄ろうとしても、まるで酔ってしまうように視線がぐらついて意識がもたつかなくなってしまうのだ。
「近づいたら駄目だよ、君には少し強すぎるから」
「えっ…………?」
リリィの不思議そうな表情は、次に幼木の変化に戻っていった。
恐ろしい勢いで幼木は成長を始めた。いや、成長させられている。何かおかしな理屈がその幼木を突き動かしているとしか思えない、狂気じみた速度で幼木は背丈を伸ばす。
墓石が割れて、最後に崩れて埋もれだす。周りに有ったものを呑み込んだり、壊したりしながらするすると太く、長く、大きくなっていって――――――とうとう、それは大樹に相違ない大きさになってしまった。
青々とした若葉が日差しから二人を守るようになると、木漏れ日の中で彼は彼女に振り返る。
「確かにこういう事が私には出来る」
「…………すごい! やっぱり魔法使いなのね!?」
「そうだとも。だけど周りを見てごらん」
彼が視線で促したのと同時にリリィは振り返って、少しだけ言葉を失ってしまう。
――全部、枯れてる。
それは雑草も、花も、伸びていた木々も。今まで当然のように寂れた墓場で栄えていた植物たちは、たった一本の大樹のために全て根こそぎ枯れ尽くしてしまった。
大樹だけが生命を見せつけるその不安定さに、リリィは小さく震える。
「分かったかな? 確かに幼木は私の思惑通り成長した。だけど、代わりに周りの植物はあの老樹以外枯れてしまった――――――私が使う。というか君達が勝手に魔法と呼んでいるものは、こういう事しか出来ない」
彼がもう一度木の枝を振ると、凄まじい勢いで大樹が幼木へと時間を逆巻きにするように縮んでいった。
幼木に戻る頃には枯れていた植物も元に戻り、代わりに壊れた墓石だけが今の光景の真実性を保証する。
「君が求めている魔法はもっと大変なことだ。だって、死んだ人間はもうばらばらになって世界に散らばってしまっている」
「手当たり次第に集めれば出来るかもしれないね、うん。でも世界中から生命を集めて、君が誰かを蘇らせたとしよう――――――君は今みたいに、人の生命を元通りに再配置してあげられると思うかな?」
私にはこれが限界なんだ、とちょっとだけ寂しそうに笑う。その笑顔の裏側には、リリィの計り知れない何かが埋もれているような気がする。
何か言い返そうと思ったが、どうしようもない。彼が見せた言葉通りの魔法は、けれどどうしようもないほどその欠点を見せつける使い方だ。子供であろうと自分の要望の無理難題さは分かってしまうのだろう。
生命なんて誰にでも有るし、子供だって有ることが分かるものだ。それを使って、感じさせて、表現されてしまっては理解できてしまう。
とても、難しいことなのだと。
「ほ、他にやり方は?」
「私は知らない。有ったとして、それが君に行使できるものである保証はないしね」
「………………そんな」
絶望的であると突き付けられたからか、リリィの瞳が少しだけ涙に潤む。
彼はそれについて何も言わない。理由は分からないが、それ自体に何かを施そうという様子がない。
黙ってリリィから背を向けると、彼は岩壁に向かってスタスタと歩き出すと呟いた。
「――――――ただ、助けることなら出来る」
「…………どういう事、かしら?」
温かな口調に、リリィが涙を拭って言葉を投げ返した。
彼は振り向くとまたニッコリと笑う。
「察するに君は蘇らせたい人が居るのだろうけど、その方法に関しては諦めて欲しい。その代わり――――――次、君の目の前で大切な誰かが死んでしまいそうな時。君が運命に抗う方法なら教えられる」
そう言うと、付いてきて。と言いながら何処からともなく長く荒々しい木の杖を取り出す、さっきの細いものとは大違いだ。
それで壁を軽く数度叩くと、壁が消えるなり扉が現れたではないか。
リリィは驚いて目を何度も擦ってしまった。少し痛そうに目を手で覆う。
「君にも使える魔法を教えよう」
「本当!?」
「良いとも」
すぐに飛びつく。しかし彼が人差し指を立てて、真剣な目つきで彼女に忠告する。
「但し今日から君は住み込みだ、街には今から帰っちゃ駄目。後、家事をして欲しい。ついでに言っておくと君は弟子じゃなくて、ただの居候として扱う――――それを了承できるなら、数百年ぶりに人間を我が家に招こうじゃないか」
リリィは大はしゃぎしながら彼の手を取って何度も礼を言って頭を下げる。どうやら契約はお気に召したようだ。
少しだけ彼も嬉しそうにリリィに返しながら、扉を開いた。