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04.一蓮托生からの発展



 それから、それから——。


 あたし達は思い描いた通り、それぞれの隠れキャラと結ばれた。

 前世を意識して開発した食べ物はどれも、試作として提供したお茶会の場から瞬く間に広がり、我が公爵領の食文化レベルを大きく引き上げている。

 それらは国においても、頼もしい国交商材となり、周辺諸国に多大な影響を及ぼす——はず、だったのだけれど。


「母様、早く早く! アンナおばさまのお話が始まっちゃう! ぼく、この日を楽しみにしていたんだから」


 待ちきれないと手を引くのは、あたし譲りの紫髪を、夫譲りのくせ毛で継いだ、愛息子のキャリオンだ。


 誤算その1、今や我が公爵領の名産品売上げ第一位は、以前からあったトウモロコシでも、前世ドーナツでもない。

 予想外と言うべきかやはりと言うべきか——アンナの広めた「声玉(こえだま)」にとって食われたのだ。


 購入者から依頼を受け、特定の人物の声を入れた声玉。何度でも再生可能なそれが、アンナの手掛ける商品である。


 著作権も何もあったもんじゃないこの商売、非難されるかと思いきや、刺激的な娯楽として大いに受けた。

 大体は男女の色恋に使われて、「聴いてドキドキ☆好きな人の声」「悲恋を忘れない〜あの人の囁き」などといった類のものが多かったようだが、有名人の声玉は定番化し、密かに爆発的な売れ行きを見せたらしい。


 特に、高価で、かつ購入時に幾つもの誓約書を書かされるにも関わらず、貴族や富裕層の人気を独占していたのが以下の3つ——


「真実の愛を君と——王子が並べ立てる美辞麗句」

「そこで諦めるな! 騎士団小隊長からの熱いエール」

「まだ出来てないんですか? 宰相祖父直伝のクールな叱咤激励」


 ——である。

 

 いやそれ、もしかしなくてもパウエル王子と騎士団長息子ゴールト様と宰相孫クリス様だよね。

 ……ひどい。

 アンナのヒロイン補正悪用がひどい。

 そもそも、声が名産の公爵領ってなんじゃそら。 

 他の誰よりも、あたしが一番被害者のような気がしてならないんだけど。


 なのに、本日アンナが行うのは、更なる追い打ちだ。

 つまりは、新商品のお披露目である。


 しかし、例え商品がどんなに極悪非道でも、他領からのお忍び参加もちらほら見受けられるこの会場で、もう後戻りはできない。

 アンナにはプレゼンを、是が非でも成功させてもらうしかないのだ。


 なぜなら、商品開発にはあたしも——というより、公爵家全体で関わってしまっているからだ。

 そう、本日のプレゼンテーションの結果如何は、公爵家の命運をも握っているのである。


「キャリオン、エリカの出席は公務なんだ。つまり、どういうことかわかるかい?」


 張りのある落ち着いた声で息子を諭すのは、夫のラルファ。

 男らしさを含んだ甘いマスクに、深い緑のねこっ毛くせ毛と、春の陽光に似た明るい金の瞳の持ち主は、誠実で公平で、それでいてあたしだけを甘やかす、素敵な旦那様なのだれど。


 誤算その2、隣国の第5王子だった彼は、自国の王位継承権を返上して我が家へ婿入りした。けれど当然、我が国の爵位を継ぐことは叶わず、公爵位は、なんとあたしが継ぐはめになった。

 

 国内初の女公爵誕生である。


 いやもう、こんな大変なことになるなら、あの生徒会メンバーで手を打っといたのに、と一瞬だけ思ったのは内緒だ。

 けれど献身的な彼の支えもあり、どうにか公爵としての仕事も板についてきた今日この頃——。


「えっとね、走って行って、おばさまに飛びついたりしちゃいけない。公爵家嫡男としてきちんとごあいさつする」

「正解だ。さすが我が愛しのエリカの息子」

「いやそこは我が愛しの息子でよくね?」

「くっ。今日もなんて舌鋒鋭く僕を追い込んでくるんだ! ああエリカ、素敵なエリカ、このお返しは夜にたっぷりと」

「耳を塞いでいなさいキャリオン」

「はい母様」


 誤算その3、夫のS属性に若干のブレが生じている。

 誤算その4、夫にも変な性癖はあった……かもしれない。


「こどもの前でやめてよね」

「なんて冷たい目ができるようになったんだエリカ、そんな君を夜に」

「いい加減にしないとその口を縫う」

「イエス、マム」

「誰がマムか」


 アンナとのやり取りにも似た、夫との会話。


 誤算その5、魔法士の夫は、魂の色を見ることができるらしい。ゆえに、あたしが転生者だということは初見で知れていたそうだ。むしろ、だからこそあたしに興味を持ったのだ。


 軽口を叩きつつ膨らませたあたしの頬を、突きながら柔らかく微笑む彼は、あたしの扱いがとても上手い。


「やっといつものエリカになった。緊張する必要はないよ。君ならやれる。ちゃんと見ているから」

「……うん、ラル、いつもありがと」


 呼吸を意識して目を閉じ、彼の声に身を任せると、いつものようにまぶたと頬へ、羽のように優しい口付けが降ってくる。


「父様、ぼくも」

「よし、お前にはこの真珠のごときすべらかな頬を譲ろう。僕はこの魅惑的な——」

「口はだめ、(べに)が落ちる」

「ぐぬ……! 」


 夫が悶えつつも、しなやかな指先で術を結ぶ。

 息子がふわりと浮き上がり、あたし達は顔を寄せ合って親愛のキスを交わした。




***




「——以上です。ご清聴ありがとうございました」


 広大なホールに、凛としたアンナの声が響く。

 彼女が自信を持って挑んだプレゼンは、なかなかの出来栄えだった。


 舞台後方、全てを見渡せる席でそれを見ていたあたしの出番は、この後だ。

 公爵家として、また後援代表としての挨拶を胸の内でおさらいしているうちに、会場内は質疑応答に入っていた。


 手を上げた人の元へ、商会の者が拡声石を届ける。


「大変画期的なご提案だったと思います。ですが、いまいち商品として捉えにくいというか……こういったことに価値を見出すのは、なんていうか……初めてのことで」


 そうだそうだ、と会場じゅうがざわつく。

 気持ちはわかる。

 目に見えないもの、手に取れないものを商品化することは難しい。


 けれどアンナは、まさにその質問を待っていたと言わんばかりの魅惑的な笑みを浮かべた。


「もちろん、おっしゃることはよくわかりますわ。ですので、今回ご参加下さった方々だけに、特別に商品をお試し頂く機会をご用意致しました。皆さま、こちらをご覧ください」


 そう言いながらアンナは、演台の上の黒い操作石をするりとなでる。

 すると後方の白い壁へ、装飾品のようなものが大きく映し出しされた。


「今回わたくし共は、声玉の小型化・軽量化に成功いたしました。こちらはそれを、耳の装飾品に仕立てたものです。係りの者がお手伝い致しますので、是非お付けになってみてください。ご不要な方は、遠慮なくおっしゃって下さって構いませんわ。ですが、この商品をお試し頂けるのは、本日この時のみとなります。その点だけ、ご了承下さいましね」


 会場の参加者たちは、ざわつきながらも係りが配布する商品——イヤーカフを手に取っていく。

 アンナは会場を見渡して、様子を確認しながらまた操作石を操った。

 映像が、カフの取り付け方法に切り替わる。


「皆さま、お付けになられましたか? この声玉、もちろん性能も飛躍的に向上しております。お届けする音声を、聞き取ることができるのは、着けているご本人のみ。周囲の方々へ音が漏れることはございません」


 あたしも、髪を気にするふりで、さりげなく自分の声玉の位置を調整しておく。

 あたしのものは目立たないよう、かんざしタイプである。

 新しい声玉は、貴石を模しているため、いろんな装飾品に仕込むことができるようになったのだ。


 実は、アンナの持つ操作石や声玉の開発には、夫ラルファが関わっている。

 魔法を使える人間自体が大変希少なこの世界、魔道具が開発されること自体が珍しい。なのに、その貴重な力をアンナが利用できたのは、きっと何か、あたしに関するネタを見返りにしたに違いないのだが……。

 ラルファ全面協力って、それどんなネタだよ。怖くて聞けない。

 もはや2人に任せきりにするのは危険だと、あたしも駆り出されるはめになり、晴れて公爵家公認となった訳である。


 開発を始めてからわかった。

 前世知識を持つあたし達と魔法士(ラルファ)が組めば無敵——と言っていいかもしれない。


 ちなみに、魔法の行使は影響力が大きいため、隣国はその統制にかなりの注意を払っている。よってラルファも、緊急事態以外に大きな魔法を行使する際には、一応隣国の父王に一声かけるようにしていて、今回の件でも、この新しい魔道具の開発について、事前に了解を得たのだけれど——。


 思い出しても腹が立つのは、その時の隣国王の反応である。

「その程度ならまあ、好きにすればよい」と、失笑まじりだった。あの顔はいただけない。


 おいオッサン、イケメンボイスを鼻で笑ったな?

 バカな女のしょうもない暇つぶしだと?

 ボイスの力を知らない愚者め、義父ではあれど、許すまじ。


 あたし自身も、アンナをやりすぎだと思って見ていたけれど、他人から改めて指摘されると腹が立つものだ。

 あたしは奴を見返したいのもあって、今日この日まで頑張ってきたのである。


 ちなみにラルは、結婚の条件に声質も含めているとあたしが言ったせいか、事の大きさは重々承知だ。

 できる男を夫にできて、あたしは幸せ者である。 

 

「さあ、では皆さま、準備はよろしいでしょうか? これから、わたくし共が分類した8種類の声をお聞き頂きます。まずは『冬声クール』からですわ」


 アンナの声に、胸が高鳴る。

 プレゼンの後のデモが、いい感じに仕上がったことは聞いていたが、あたしの方も多忙ゆえに最終確認できず仕舞いだったのだ。


 なのであたしも、ここから先は初めて聞くのである。

 久々のイケメンボイス、しかもアンナセレクト……楽しみ楽しみ!


 アンナが操作石に触ると、客席が大きくどよめいた。

 各々の耳元から、事前に録音されていた「声」が再生されたのだ。


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