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03.感慨無量からの始動


「ねえねえ、いつからエリカがあたしだって気づいてたの?」


 感動の再会からしばらく——。


 あたしたちは、改めて周囲に向けて、誤解が解けて和解したと発表した。

 あたしの断罪はなかったことになり、婚約破棄ですらうやむやになりつつあるが、今後の方針が決まっていないため、そのあたりはふんわりと放置中である。


 今日は公爵家にアンナを招待してのお茶会。

 あたしは侍女にお茶とお菓子を用意してもらい、人払いをしてから改めて彼女と向き合った。

 そして、ふと胸に浮かんだ疑問を投げかけた訳なのだ。


 ゲームでは、ヒロインの名前を、ゲーム開始時に設定できる仕様だった。

 あの頃、イケ☆パラはもっぱら杏奈の部屋でプレイすることが多くて、杏奈のデータ——ヒロイン「アンナ」——を使わせてもらうことがほとんどだったから、あたしはそのせいで、この世界でも男爵令嬢の名前はアンナなのだなあと、覚醒後もぼんやりと思っていたわけだけれど。


 公爵令嬢の方には確か、貴族たらしい仰々しい既成ネームがついていたはず。

 それがエリカになっているなら、彼女がいち早く気づくことがあってもおかしくはない。


「いやそれが、卒業前パーティのあの時まで全然気づかなかった」

「まじか。ショック」

「なんでよ」

「えー。だって、わざわざ名前がエリカになってるじゃん。ほら、あの、なんだっけ、ベロベロッテとかいう名前じゃなくて」

「ベルトリッテだから」


 白い目で突っ込んできたアンナだったが、思い当たることがあったようだ。


「そういえば、あの事故の後しばらくしてから、イケ☆パラ2が出たんだった。そっちは男爵令嬢と公爵令嬢のダブルヒロインで、どっちでプレイするか選択できるようになってたの。当然、公爵令嬢にも名前入力ができたから、わたし、公爵令嬢の方はずっと『エリカ』でプレイしてたんだ。だから全然、違和感なかったんだよね」


 あたしは、そんな言葉にすら、また嬉しさを覚えて、憎まれ口をたたいた。


「死んだやつの名前なんて入れてんなよ」

「わたしの心の中ではずっと生きてたし、エリカは親友の名前だもん」


 こ、こいつめ。

 そんなに何度もあたしの涙腺を緩ませて、一体何がしたいんだ。


「てめー、ぶっとばす」

「なんでよ」

「けしからん。人を手玉に取り過ぎだ」

「意味分かんないよ」

「あざとい言葉を言い過ぎだ」

「何、照れてんの? ふふん、年の功と言いなさい」

「く、くそばばあめ」

「これ、公爵令嬢の口から出て良い言葉ではないぞ」

「そうだなすまん。撤回する」

「それがもうだめだっつの」


 顔を見合わせて、ふふっと笑い合う。

 どうしよう、楽しい。


 こうやって他愛もない話をしながら、あれこれ菓子をつまんだり、紅茶を飲み比べしたりするのは、なんていう贅沢なんだろう。

 すぐ怒っては周囲に当たり散らしながら生きてきたこの16年間が、馬鹿みたいだ。

 今のこの幸せは、アンナのおかげとも言えるけど、あたしがもっとちゃんとした人間関係を築けていたら、すでに手にしていたものだったかもしれないのだ。

 もちろん、アンナとのざっくばらんな間柄とはまた別のものになるだろうけど。


 だけど、とあたしは思う。

 きっと、貴族同士の付き合いの中にも、楽しみは見い出せる。

 楽しめるかどうかは、きっとあたし次第なのだ。


 いろいろ頑張れば、叶うはず。

 あれこれ先のことを考えては、うっとりと浸っていたあたしに、アンナが言った。


「そうだエリカ、この後どうする?」

「何が?」

「パウエル王太子と。イケ☆パラ2のエリカコースは、むしろここから挽回するのが見せどころだったりするんだよね。そのための布石は打つ必要あるけど、それはほら、わたしが協力できるから。どんな希望でも叶えることができるよ。エリカはどうする? どうしたい? わたし、エリカの幸せのためなら、真っ裸で協力するつもりだからね」

「いやそこ一肌脱ぐだけでいいから」

「それだけ気合入ってるってことじゃないの。今度は絶対、エリカにも幸せになって欲しいから」


 ひー。

 なんだこいつ。

 なんだこいつ。

 そりゃ生徒会もコロッといくわな。

 あたしは口元がにやけそうになるのを抑えられない。


「……ありがと。実は、もうどうでもいいいような気もしてるんだよね。熱が冷めたっていうか……あ、でも、あんたと男を取り合いたくはないな。だから逆に聞くけど、あんたはどうしたいとかある?」

「んー? うーん……」

「ないのか」

「ううん、そうじゃなくて……あのね、心して聞いてほしいんだけど」

「なんだよ」

「実はイケ☆パラ2の数年後に、今度はイケ☆パラ3が出てさ」

「ほう」


 それは初耳だ。

 あたしは身を乗り出し、相槌を打つ。


「それがほら、近頃流行りのR18仕様でして」

「ほうほう」

「攻略対象は原作を継いでて、つまり今の生徒会男子たちなわけだけど、それぞれがヤンデレ属性とか……まあいわゆる、特殊性癖の持ち主なのですよエリカさん」

「おおう、それはまた……」

「そういうのをゲームやり込んで知ってると、やっぱちょっとあの中から選ぶのは躊躇するっていうか」

「やり込んだんかい」

「まあファンとして一応ね」

「わからんでもないけどな」

「ありがとう。だからね、わたしとしては、エリカが生徒会メンバーの中から相手を選ぶなら、その隠れたる性癖を目覚めるきっかけ——例えば、焼きもちを焼かせちゃうとか——そういうことをしないようにね、っていうアドバイスをするつもりだったんだけど、そうじゃないのなら、エリカにはイケ☆パラ2の隠れキャラだった、隣国王子を推薦するかな」

「隣国王子?」


 おいおい、また新しい情報だよ。

 手広くやったんだな、イケ☆パラ製作委員会の皆さん。

 おかげでセカンドライフが楽しいわ。

 グッジョブだ。


 アンナが、隣国王子について説明する。

 

「そう、かの隣国王子は……エリカの好きなクリス様とナイジェル様を足して2で割ったような感じかな。丁寧な物腰、さりげない優しさ、でも二人きりの時にだけ、甘く意地悪く囁くソフトS彼……」

「何それ素敵」

「でもその実態は、魔法士だったのです」

「魔——! それ、超レアじゃん!」

「そうだろうすごいだろう。あ、いや、何ができるかは知らないけどね。ただ彼なら、R18仕様のイケ☆パラ3には出てこないから、変な性癖設定もないし。いいと思うんだ」


 なるほどなるほど。

 あたしは大いに食いついた。

 そもそも、あたしの好みを知り尽くしているアンナのおすすめなら、間違いなどありえない。

 ぶっちゃけて言おう、期待大だ。

 覚醒以降、枯れかけていたあたしの女子力が、またみなぎってくる。


 とは言え、懸念事項もあるわけで。


「でもあたし、仮にも公爵令嬢なのに、隣国なんて親が許してくれるかなあ」

「まあ、その辺はゲーム補正というかなんというか……でもあまり情報を開示しちゃうと先の楽しみがなくなるから、彼がエリカに夢中になりさえすれば、問題はおのずと解決する、とだけ言っておこうか」


 アンナは不適な笑顔を見せて、かけてもいない片眼鏡をくいっと押し上げるふりをしてみせた。

 あんたいったい、誰なんだよ。


「えっと、出会いは確か、パウエル王太子の妹君の、10歳祝いのパーティだったかな。エリカも彼も、招待客のはずだよ」

「——3ヵ月後じゃん!!」


 驚くあたしに、アンナは言った。


「ふふん、せいぜい女を磨いて行くがいいよ」


 今度はありもしないちょび髭をよじりつつ。

 だからいったい、誰なんだよ。


「でも、あんたはいいの? 残りが変な癖のやつばっかりじゃ……」

「ああ、お気遣いなく。隣国王子は公爵令嬢コースにだけ用意された隠れキャラだからね」

「つまり、男爵令嬢コースにも隠れキャラはいる、と」

「ウイ、マドモアゼル」


 謎の人物はフランス語を話した。


「どんな人?」

「商人なんだけど、富豪なの」

「金か、金なのか」

「あるに越したことはなかろう。というか、わたし、あれだけ生徒会に踏み込んでおきながら、実は礼儀作法の勉強とか得意じゃないんだよね。だから、お相手は上位貴族じゃない方がいいと思うの。それにわたし、経理部だったし、簿記2級持ってるから、商売のお役には立てるかと」


 電卓を叩く仕草をしながら、アンナが得意げに胸をはる。 


「うわあ、ちゃんと社会人してたんだね」

「そりゃそうよう。それもこれも、恵梨香のおかげだけどね」


 琥珀色の瞳が、嬉しげだ。

 いいなあ。得意なことあるっていいなあ。


「そこへ行くとあたし、何もできないなあ」

「何言ってんの。いろんなバイトしてたでしょ」

「いろんなっつったって、パン屋とか居酒屋とか、食費浮かすために選んだやつばっかじゃん。パンなんて、誰でも焼けるじゃん」

「ノンノン、お嬢さん。君、この国のパンの固さを知らないとは言わせないぞ」

「あ、そういやそうだった。ほんとだ、ちょっと固いな」

「そうだろう? さらに言うなら、この国にはドーナツがない」

「お?」

「ピザもないぞ」

「おお?」

「本来ならば、フライドチキンもお願いしたいところだが」

「ああ……あの揚げ粉ブレンドは企業秘密。あたしも知らん」

「だよねえ。無念だ」


 しかしながら、このあたしにも、できそうなことはあるってことだ。

 人生、何が役に立つかわからんな。

 だけどそうなると、今度はあたしの身分が邪魔をする。

 公爵令嬢がほいほいと新商品開発に乗り出せるはずがないわけで。


 そう思いながらなんとなくアンナを見ると、彼女は再びエア電卓を叩き、ぐっと親指を突き立てて見せた。

 おまけにド下手くそなウインクまで付けている——おま、それ、人前でやんない方がいいぞ。

 けどわかった。あたしは、なるほどと手を打つ。


「つまり、そのための商人旦那でもあるわけか」

「その通り! さすが、話が早いのぅ越後屋」

「人を悪徳商人にするな!」


 フランス語を話すお代官様は、お行儀悪く舌を出した。


「ま、この人生を楽しむ方法は、いろいろあるってこと」


 わたし達ならできるはずだよ、とアンナは微笑んだ。

 つまり、あたしとアンナ、2人で生み出したものがこの国を豊かにするということだ。

 うん、悪くない。


「そっか。夢は膨らむなあ!」

「パンも膨らむしね」

「楽しみだな!」

「もちろん、やるでしょ?」

「おうともよ!」


 あたし達はご令嬢にあるまじき、腕相撲みたいな力強い握手をガッシと交わし合った。 

 

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