フロックスパーティー
「なんだこのクソパーティーはっ!!」
俺が初めて彼らを見つけた時、思わず叫ばずにはいられなかった。
冒険者の中でも初心者が集う場所として有名な『暗闇の洞穴』。いかにも雑魚モンスターばかりが溢れていそうな名称で、ここをクリアしたとしても一人前の冒険者としては認められない。
現在はその最奥へ向けて進んでいたのだが――
「えぇいっ!!」
お下げを揺らす少女が、掛け声と共に剣を振り降ろした。
ところが、その少女は振り降ろす瞬間に目を閉じてしまい、剣は虚空を切る。
それどころか隣で拳を握っていた、線の細い少年の肌を掠めた。
「うわぁっ?!」
少年は叫ぶと同時にたたらを踏み、ぽてんと尻餅をついてしまった。血が滲んだ場所は光に覆われ、すぐに消えてしまう。
後方では、和服を着た少年が力いっぱい弓を引く。鋭い視線が敵だけに注がれる。
「当たれ……!」
ところが放たれた矢は、蚊取り線香で弱った蚊のようにひょろひょろと飛び、ぽよんとした体に弾かれた。
もしも相手がウルフ族のような高位モンスターであれば、倒せなくとも同情くらいはした。だが、こいつらの相手は――
「お前ら、なんでスライムなんかに手こずってんだよ……」
戦うことも忘れ、ボソリと呆れ顔で呟くが、幸か不幸か誰にも聞こえていないようだった。
「よっしゃあああ!俺の出番だぜぇっ!」
熱く吠えた少年は杖を掲げて呪文の詠唱を始めた。騒がしく、乱れた旋律が耳をつんざく。もはや騒音でしかない。
「燃え上がれぇ!」
木製の杖を燃やすことなく、炎が纏わりつく。
「……か・ら・のぉぉぉ~!」
あろうことか後衛であるはずのその少年は、杖を思いきりスライムに叩きつけた。
べしゃりと体液が飛び散るような音と共に、スライムの体は跡形も無く燃え上がった。
欠片を残すことなく消えると、自然と炎も鎮火していた。
「みんなお疲れみたいねぇ?それじゃあさっそく、次行くわよ~」
とんがり帽子を被った少女は、細い杖を洞窟の奥に向ける。一人で進んでいく姿を、パーティーのみんなが冷たい目で見つめた。
「あら?」
少女は誰も追いかけてこないと気づき、くるりと振り返った。ある意味で命知らずな和服の少年は、ボソリと不満を溢す。
「回復魔法」
少女は退屈そうに肩をすくめると、杖を懐に仕舞いこんだ。
「かすり傷程度で私に治療しろっていうのかしら?」
黒いオーラが漂う笑顔は、パーティーメンバーの士気を下げるのに充分すぎる。
「と、とりあえず進みます……か?」
「否、帰還願う」
リーダーである剣士の少女は和服の少年の一言にひどく困惑していた。
身も心もバラバラで、連携すらもままならない。最弱モンスタースライムにすら手こずる、正真正銘最弱のパーティー。
……何故か今、俺はそのパーティーの一員だったりするわけで
遡ること数日前、俺は小金稼ぎのため、グリーングラスという田舎町を訪れていた。
ここは自然豊かで、草原の絨毯の上に木々や花畑が広がっている。
家は丸木を組み合わせて作られたログハウスであり、暖かな温もりを感じられる。
のどかな雰囲気を町中から感じ取ることができ、不思議と懐かしい気持ちになった。
「生まれ故郷なんだから、懐かしいのは当然か」
誰に呟くわけでもなくひとりごちると、目的の地へと歩き出していた。
目指すは町の最南端に位置するダンジョン、暗闇の洞穴。最奥に隠されたアイテムは魔法が掛かった特別製らしく、高く売れるという噂が流れていた。
まあ、実際に手に入れたってヤツは聞いたことがないけど。
盗賊の職業柄、俺は盗めない物が無いことを証明し、名声を上げたいという目的もあったりする。
短剣が二本とも腰に付いているのを確認し、ほどけぬように靴紐を結び直す。首にトレードマークであるマフラーを巻き付ければ、気合いは充分。準備万端だ。
「さて、そんじゃ早速行きますか」
松明に火を点けずとも夜目がきくため、自慢の身軽さを活かすことが出来る。
……とはいえ、念には念をというやつだ。
「風よ」
呼び声に応じるように、フワリと洞窟の入り口へと風が舞い込む。
「我の音を攫え」
うっすらと風の膜が身体を包み込み、外界への音を遮断する。
この世界では生まれながらにして使える魔法の属性や系統が決められている。たとえ同じ呪文を唱えたところで、自然界は応えてくれず、魔法は発動することが出来ない。
さらに言ってしまえば魔法は何回も使い、心身と同化させることで上達し、一段階上のものを新たに覚えていく。
俺が得意とするのは風の属性で、隠蔽や速度の系統しか覚えることは叶わない。だからこそ盗賊なんて役職が似合うわけだけど……
魔法の効果もあり、足音一つ立てずに素早く奥へと進んでいく。
道中にはスライムやバットなんかが住み着いているが、影に潜んだ俺に気付くことはない。
隠密のまま、あくまで宝物だけ盗みたいため、無用な戦闘は極力避けていく。
毒矢が飛んできたり、地面から棘が生えるトラップなどが設置されていたが、俺の罠感知能力の前では無意味だ。
風に愛されし俺は、発動する際の微細な空気振動を感じ取ることが可能なのだ。
「 マジか……」
無傷なまま最深部へとたどり着いたが、どうやら行き止まりのようだ。
とはいえ目を凝らしてみると、微かに風が通る隙間を発見できた。
つまり隠し扉を開けるスイッチが何処かにあるはず……
周囲を注意深く見回しながら、それらしいものを探す。
ふと、壁の一点が出っ張っていることに気づいた。
「なるほど、これか」
押してみると案の定隠し扉が出現する。
あまりにもイージー過ぎるダンジョンでありながら、宝物は最上品という噂。ニヤケ顔が止まるわけがない。
気が緩みながらも、ソロリソロリと忍び足で中を進んでいく。
ゴールは目前と思った矢先、俺の顔に影が落ちた。
「ん?」
ふと見上げた先には巨体に大きな翼を生やし、目を光らせるドラゴンが……
「ああ、なるほどな。だから攻略したってヤツがまだ現れてないわけか」
ドラゴン相手に悠長にしている暇など無い。ボヤきながらも得意の逃げ足で脱兎の如く駆け出す。
どうやらドラゴンは鎖に繋がれ、部屋から出ることは出来ないようだ。
「……にしても、俺としては一人で攻略したかったんだけどな」
ドラゴンとは古代より生きるモンスターの一種で、防御力の高い鱗と攻撃力の高い爪を有しており、さらには魔力の籠ったブレスまで吐き出すという始末。
攻略方法は大人数で挑むという単純なもの。つまりパーティーでなければ倒せない相手ということになる。
「不本意だが、パーティーを募集するしかないか……」
盗賊は別名トレジャーハンター。着の身着のまま、お宝の全てを自分のモノにするのが性分なわけで、正直なところソロで旅する方が都合がいいのだ。
葛藤しつつ帰路を辿っていると、ちょうど一組のパーティーがダンジョンに入ってくるところだった。
それなりにバランスの取れたパーティーであることは一目でわかった。装備を見る限り、前衛は剣士と格闘家、後衛は狩人と魔道士と治癒師という構成らしい。
観察を続けていると、先頭をきっていた人物の目が光った。
「誰か居ますねっ!」
投げられた石が影に潜んでいた俺の頬を切る。まさか俺の気配を察知できる人間がいるとは思いもしなかったため、うまく反応することが出来なかった。
「へぇ、お前らやるじゃないか」
姿を見せると、すぐさま武器を向けられた。すかさず両手を挙げて降参のポーズをとる。
「戦うつもりはないさ」
武装を解除する面々の中で、狩人のみが鋭い視線で弓を引いていた。
「何故、見ていた?」
冷ややかな声は警戒の印。急所を焦点に当てている点も評価すべきかもしれない。
「実はこのダンジョンを攻略する仲間を探していたんだ」
この時の俺は、彼らを隙のない素晴らしいパーティーだと思っていた。
「俺を仲間に加えてくれないか?」
でもここはあくまで初心者が訪れる場所だということを、ドラゴンを基準にしていた俺はすっかり忘れていたのだった。
そして現在に至る。正直、あまりにも血迷った決断だったと後悔ばかりが募っていた。
「お前ら、本当にいつもこんな戦い方してたのか?」
一斉に頷かれ、思わず頭を抱える。少し引き気味にパーティーの面々を見る。
まずは剣士のレイン。雪の結晶が描かれた腕章を着け、明らかに腕力と不釣り合いな剣を背負ったお下げの少女。
「お前はまず、その度が合わない眼鏡を外せ」
「眼鏡が無いと、モンスターに接近した時に人見知りで倒れてしまうんです!」
騎士の家系に生まれたということもあり、腕は確かなんだが……モンスターまでもが対象となる程の人見知りは、そう簡単に直せそうに無い。
次に格闘家のアステ。首から十字架のペンダントを下げており、走るだけでも息が乱れるほどに体力が無い。
「す、すいませんっ、昔は病弱で家にずっといたので……」
「お、おう」
生まれながらにして寝たきり生活を余儀なくされていたらしく、流石の俺でも責められずにいた。
次は狩人のトール。和服という東方の島国に伝わる装束を身に纏い、身のこなしが軽く、急所を見極める特技を持つのだが……
「ノーコンとかもったいなさすぎるだろ」
「黙れ、不愉快極まりない」
悪態については黙殺する方向で……
次は魔道士のフレア。棍棒のような大きな杖を振り回し、何故か一番最前線で戦う少年。
「魔法使いなら後ろからサポートしろ」
「俺、ファイアしか使えねぇんだから、しょうがねーだろ!」
ちなみに呪文を覚えていないわけではなく、単に魔力がからっきしなんだとか。
最後に治癒師のカース。ちなみにこいつが一番タチが悪い。魔法使いらしい帽子と杖を持ちながら、決して人に治癒魔法をかけようとしない。
「なんでヒーラーが怪我を治さないんだよ」
「……痛いのは私じゃないもの」
曰く、その帽子と杖は飾りらしい。まあ怪我するほどの敵と戦ってないからいい、のか?
パーティー構成について愚痴を溢す一方で自身を棚上げしていた結果、今度は俺の番となる。
「ハヤテは戦ってくれないんですか?」
「そっ、そうだよっ!!」
「傍観者、邪魔だ」
反論の余地は充分すぎる程あるが、あえて今は口を閉ざしておこう。
……こめかみの辺りに青筋が浮き出ていることにも気づかないし。
まあ、ここ数日間観察していたことで、ある秘策を考えついていた。
「お前ら全員転職しろ」
みんなの目が点になり、間抜けにも口が半開きになっている。
「レインは狩人、アステは治癒師、トールは格闘家、フレアは剣士、カースは魔道士な」
「何故、貴様が命令する」
「お前らがあんまりにも不甲斐ないからだ」
当然ながら他の面々も不満を抱いているようだ。ところが――
「……私はいいわよ。魔法でいたぶるのも楽しいもの」
意外にも一番性格が歪んでいると思っていたカースが乗り気らしい。理由はやはりえげつないけど。
「ぼ、僕も異存はないよ」
「俺も別にいいぜー」
アステとフレアも同意し、過半数が賛成となった。
レインがコッソリと手招きし、仲間たちを集める。
何やら俺だけ蚊帳の外でボソボソと作戦会議を開いていた。
短剣を磨きながらしばし時間を潰していると、数分後にようやっと終わったようだ。
「……では、試しに明日やってみますか?」
「そうだね」
というわけで、今日は家に帰り、明日は新しい役職でスライムと再戦することになった。
こいつらの場合全員が同じ場所に住んでいるらしく、家というよりも寮のほうがイメージは近いかもしれないな。
まあ、俺には俺の家があるからそっちに帰るつもりだけど。
いつも通り自分の家に帰ろうと歩き出した瞬間、腕を引っ張られた。つんのめって倒れそうになるが、犯人であるフレアによりギリギリ支えられた。
「なにすんだよ」
「今日は俺らと一緒に帰ってもらうぜ?」
フレアは親指で俺の家とは反対の方向を差した。
パーティーの結束を深めるために同居することは確かに理に適っている。
――けれどもこちとら根っからの盗賊なわけで、捕まえられるとどこまでも逃げのびたくなったりする。
気づけばフレアの手を払いのけ、逃走を試みていた。のだが――
「影よ、鎖と成りて拘束せよ」
カースが闇属性の呪文を唱えると共に、俺の影から黒い鎖が生える。
足に巻き付く前に屋根へと跳躍すると、鎖は砕け散った。どうやら移動してしまえば解ける程に簡単な術式らしい。
「かかったわね」
ニヤリと口元を歪めると、カースは円を描くように杖をクルンと回してみせた。
「はっ!?」
次の瞬間には視界が闇に囚われ、足を滑らせたのか、一瞬だけ浮遊感に見舞われた。
すぐに鈍い衝撃が身体を支配する。
「ごめんなさいね、私って元々魔女なのよ」
クスリと笑う声が耳に届くと同時に、俺は声を大にして叫ばずにいられないことがあった。
「どうせ回復しないなら、支援か攻撃の魔法でも使えばいいだろっ!!」
治癒師よりも魔道士としての才があるなら、何故それを活かさなかったのか?
いや、それは他のヤツらにも共通してるわけだが……
「姐さん、ハヤテのヤツしばらくは見えねーんだろ?」
「ええ、そうよ」
「んじゃ、よっこらしょっと!」
身体がふわりと持ち上げられ、嫌な予感しかしない。
「そんじゃあ行くぜー!」
おそらくフレアと思われる肩に揺られ、俺は見事に寮へとラチられていた。
「魔法を解くわよ」
視界が解放され、光が目に染みるために小刻みに瞬きを繰り返す。
そんなこんなで辿り着いた先はこいつらが生活する拠点。
他と同じくログハウスなのだが、中は幾つもの部屋に区切られており、共有スペースとは別に、二人一組で部屋が割り当てられているようだった。
今は広々とした共有スペースにて、みんなでテーブルを囲んでいる。
「役職を変えるとしても、カースさんは新たに必要な武具が無いですし、お二人で待っていてください」
「え?こいつと、二人?」
俺のことなど気に留めることもなく、レインは残酷な言葉を残してフレア達と買い物に出掛けてしまった。
二人きりの空間に沈黙が訪れる。
「…………」
「…………」
互いに何も話さぬまま、無駄に時間だけが過ぎていく。
…………というか、もう耐えられないから逃げ出したい。
落ち着きなく、チラチラとカースの様子を窺う。
今の俺は借りてきた猫と言っても過言ではないはずだ。
「気になるかしら?」
不意に告げられた言葉に困惑を隠せない。
「どうして私達が現実から目を逸らして、不得手な役職に就いているのか気になる。けれど、理由を聞くのが怖くて触れないんでしょう?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「そうじゃなければ、私達の本質に合った役職を割り振ることなんて出来ないはずだもの」
心を見透かされていることに驚きながらも、どこかホッとしている自分に気づく。カースの双眸から読み取れたのが、警戒ではなく決意の色だったからだろう。
「一人だけ間違ってるけれど……」
あまりにも小さな声は、俺へと届く前に消えてしまった。
「教えてあげるわ」
パーティーの事を知る絶好の機会だが、俺は黙って首を振っていた。
カースは「どうして?」と不思議そうに首を傾げた。
「過去を聞くことはその人間の本質を知ること。相手の信頼を得られて初めて聞く権利が生まれるはずだ」
俺に志があるように、カースにも譲れない想いがあったらしい。
「これは私の独断じゃないわ。たった数日間で本当の私達を見つけてくれた貴方を、パーティーのみんなが信頼に値すると評価しているのよ」
心底疑いたかった。流石にあの毒舌なトールまでもが俺を信頼しているとは思えない。
カースは姿勢を正し、自分の豊満な胸に手を添えた。
「私の場合、生まれながらにして膨大な魔力を持っていたの」
「それなのに、どうして」
「闇属性の魔法……それも呪術の類しか使えないから、暗影の魔女と忌み嫌われていたのよ……」
つまり、人を呪う魔法ばかり覚える自分がイヤで、人を救う魔法を使えるようになりたかったってわけか……
この世界においての魔法とは、本人の資質に合った物が生まれながらに決まっていて、成長することで自然と呪文を覚える。
つまり、使える魔法の属性や系統は決して変えることが出来ない。
それを知っていながら、カースは現実に反発するかのように足掻き、光に転じることを願っていたんだろう。
カースが玄関の方へと視線を向けた。
風が、家の中へと吹き込んでくる。
「ただいま戻りました」
タイミング良くレイン達が帰ってきてくれたことで、気まずい空気は流れずに済んだ。
「自分に合った武具は見つかったのかしら?」
カースの言葉を皮切りに、和気あいあいと荷物を開け始める。
「おうよっ!この剣でっけぇしカッコイイだろ?」
「あらほんと。両手剣なんて馬鹿力なあんたにピッタリじゃない」
「なんだとぉっ!?」
あいつら、今にも喧嘩勃発って感じだな。
「ほ、ほら!この杖いいよね!」
アステが慌てて話を逸らし、喧嘩の仲裁を計る。
「否、これが最強」
「その手甲、店主さんが自慢の一品だと話していましたね」
「うむ」
なんだかんだ楽しそうに談笑しながら、自慢気に武具を見せ合ってるみたいだ。
――でも、事情を無視して無理矢理変えてしまったことには罪悪感があった。
勇気を出して、口を開く。
「……お前らさ、本当にいいのか?」
みんなのキョトンとした顔が、すぐに笑顔へと変わった。
「俺が魔道士やってた理由なんて、魔法使えんのかっけぇー!くらいに思ってただけだしよぉ」
トールは手甲を握っていた手を強めた。視線を手元に落とし、俯きがちに呟く。
「……もう一度、向き合う」
「トールは元々つえーじゃねぇか」
フレアに肩を叩かれ、トールは邪魔くさそうにその手を払った。
「強大な力は、人を傷付ける……」
「大丈夫、傷付いたら僕が治してみせるから!」
アステが杖を掲げながら励ますと、トールの表情は明るんだ。
アステだけでなく、メンバー全員の顔を見回し、頬を朱に染めながら告げる。
「……感謝、する」
自分が視線を集めていることに気付いたトールは、追い払うように手を振った。
「やるん、だろ……!」
その一言で、みんながハッと何かを思い出したようだ。
「そうでした!」
「すっかり忘れてたぜ」
テーブルの上には次々とぶどう酒や食べ物などが並べられ、仕上げと言わんばかりに目の前でクラッカーが弾けた。
事態が飲み込めずに硬直する。
「お前の歓迎会だぜ?緊張してんじゃねーよ!」
リーダーであるレインがごほんと咳払いをした。
「では改めて、ハヤテがこのパーティー、ブルースターに仲間入りしたことを祝して……乾杯!」
「乾杯!」
号令と共に、一斉にグラスを掲げ、そして打ち合わせる。
グラスを傾けると、ぶどうの芳醇な香りが広がり、口に入れると渋さの中にほんのりと甘味と酸味が広がった。
「どうだ?うち自家製のぶどう酒、うめぇだろ!!」
「確かに美味しいな」
今まで飲んでいた酒は苦味が強すぎて好かなかったが、このぶどう酒は後味がスッキリとしていて気に入った。
「あれ?」
グラスに入ったぶどう酒を見つめたまま口を付けようとしないトールのことを、アステは実に不思議そうな目で見た。
「トールは飲まないの?」
「母国は、二十歳で飲酒を――」
有無を言わさずフレアがトールの口へぶどう酒を注ぐ。
それにしてもトールが生まれ育った島国は二十歳まで酒を飲めないのか。こんなに旨いのに勿体ない。
「この国のルールでは、十五歳を迎えたら酒もタバコも自由なのよ?」
「つーかっ、トールが一番年上だってぇの!!」
どうやらフレアは弱いらしく、グラス半分ですでに出来上がっていた。口調はいつもと変わらないから地味にわかりにくいけど。
「そうだよ、僕もお酒飲んでるんだから気にしなくていいって」
俺は騒がしい仲間達の姿を肴とし、部屋の隅でちびちびと酒を飲んでいると、レインが隣にちょこんと座った。
「カースから昔のことは聞いたんですか?」
「まあな。あいつがどうして治癒師になろうとしたかってことだけ、な」
レインはふむと何やら考える素振りを見せる。
「フレアとトールも軽くは話していましたし、今度は私の番ですね」
「アステはいいのか?」
「同室なので、寝る前に聞いてください」
「わかった」
レインは眼鏡を外し、服の胸元にかけた。
「……私は、スノードロップという騎士団の、代々団長を勤める家系に生まれました」
スノードロップ騎士団とは国を運営する国王に仕えており、確か隣国との攻防戦や恵まれない民の生活を援助するのが仕事だったはずだ。
「数年前、ついに次期団長に推薦されてしまい、周囲の期待は重荷としてのし掛かりました。それまでは見ず知らずの方から言葉を頂くことが、あんなに怖いとは思っていなかったんです」
「それが人見知りとなるキッカケか」
自分は知らずとも、相手は自分のことを知っている恐怖。
重役を担う者に対する期待や羨望。
若手が上に立つことによる、年長者からの怨嗟や悲嘆。
全てが周囲からの圧力となって、レインの心を蝕んでいたことだろう。
「逃げ出してしまった今では後悔しています。団長の地位を蹴ったことだけではなく、私は次代に更なる重荷を増やしたのですから」
一旦話を区切ると、レインは腕章へ手を伸ばした。
「本来は私にこの腕章を付ける資格はありません。けれど、外す勇気もない臆病者なんです」
「どうして外さないんだ?」
「これは、お父様から頂いたものなので……」
雪の結晶がシンボルマークの騎士団。少し引っ掛かることがあったものの、俺はこれ以上レインを苦しめないためにも、話を変えることに決めた。
「……そういやさ、このパーティーのブルースターってどういう意味なんだ?」
さっきまでの沈んでいた空気が消え、レインは明るい笑顔を浮かべる。
「花の種類です。花言葉は『信頼』と『信じあう心』なんですよ」
レインは尻尾のようにふわふわと柔らかな髪を、肩の前に垂らした。結い目にはブルースターとおぼしき花の髪飾りが付いている。
ふと仲間達を見ると、各々の好きな場所にブルースターが飾られていた。
「ハヤテにも仲間の証として渡しておきますね」
手渡されたブルースターのブローチを、俺は早速胸元に着けた。誰かとお揃いというのは初めてで、とにかく気恥ずかしい。
レインはその事を知ってか知らずか
「ステキですよ」
にっこりと、イタズラっぽく笑ってみせた。
主賓を放置しながらドンチャン騒ぎが繰り広げた祝賀会は、フレアとトールが相討ちになったことで幕を閉じた。
そんなわけで、俺はアステと同じ部屋で就寝準備に入っていたわけだが、逆に目が冴えてしまっていた。
二段に組まれたベッドの下段から、宙に浮かびながら明かりを放つ光球を見つめる。
「お前の魔法か?」
「……あ、うん。すごく初歩的な魔法だけど」
アステが杖で光球を操ったのか、光球は俺の前で停まり――パチンと泡のように破裂してしまった。
「ブルースターは……僕らのパーティーは、ある意味その光みたいに儚い絆なんだよ……」
「儚い?」
ベッドが軋む音と共に、アステが上段から飛び降りてきた。
寝間着に着替えてはいたものの、首にはいつも大切にしている十字架のペンダントがあった。
「僕らのリーダーはレインなんだけどね、バラバラな僕らをかき集めたのはフレアなんだ」
「フレアが?」
「意外だよね」
そう言って苦笑していることについては同感だった。まさかカースほどでは無いにしろ、マイペースで自己中心的なフレアが纏めていたとは……
考えてみればフレアだけが、役職についている理由が明確とは言い難かった。
いや、明確ではあるけど、なんか違和感があったというか……
「今の二人は、白雪姫と毒リンゴみたいなものだよ」
愚痴のように溢すと、アステは十字架を手の中で弄り始める。
「フレアの望みはレインを騎士として復帰させること」
白雪姫と毒リンゴ……理解力が乏しいのか、俺にはさっぱり意味が理解できない……
「要するに、フレアが騎士としてのレインを眠らせたんだ。そしてレインが決意できるまで起きないように、僕らを小人として集めた」
まるでおとぎ話だな……なんて、子供染みたことを考えてしまう。
「僕らは、現実から都合良く目を背けることを条件に、その望みを受けたんだ」
「それが役職の入れ換えってことか」
こくりとアステは頷いてみせた。
「でも、騎士も剣士も一緒じゃないのか?」
今度は首を横に振られる。
「騎士はパーティーの守護者、いわゆる要だけど、剣士はダメージを与えられればいいだけのアタッカーだからね」
「仲間を守るというプレッシャーが無い分、レインの人見知りも減るはずだと踏んだわけだ」
「そう。僕らは互いの望みを受ける――フロックスパーティーなんだよ」
聞いたことのない言葉に眉をひそめると、得意気にアステは説明してくれた。
「フロックスの花言葉は『あなたの望みを受けます』なんだ」
「俺はその望みを壊しちまったわけか」
「そうでもないよ」
自己中心的な態度でパーティーを引っ張り回したことを後悔していると、アステはそれを否定した。
「フロックという言葉には『思いがけない幸運』という意味があって、僕はハヤテとの出会いこそがその幸運だと思うんだ」
確かに出会いは偶然だったが、はたして幸運なのかは別の問題だ。
「幸運だよ。ハヤテに会わなかったら、みんな現実と向き合う機会なんて、消えて無くなってただろうし。それに……」
言葉を続けることはなかった。勿体ぶっているかとも思ったが、そんなことはないらしい。
「アステはどうして、身体が弱いのに格闘家なんてやってたんだ?」
アステは大切そうに、十字架を両手でぎゅっと包み込んだ。
「僕の両親はいわゆる聖職者で、祈りや願いを元に人を救う仕事をしてたんだ」
聖職者は嫌いだった。綺麗事ばかり並べられた世界で、全ての責任を神へと押し付けながら偽善者を騙っている人間達ばかりだからだ。
「モンスターの襲撃に遭った時、二人は命懸けて僕の身を案じてくれたけど、僕はその姿を見ていて、祈るだけじゃなくて、強くならないとって思ったんだ」
いつもは澄んでいるアステの瞳が、一瞬だけ濁ったように見えた。
「元々身体が弱いのに格闘技を覚えようとした結果は、この通りだけどね」
「でもアステには治癒師の方が向いてると思うぞ」
「あり、がと……」
アステは照れ臭そうに小声で感謝の言葉を述べ、ベッドの上段へと戻っていった。
「ハヤテ、は……どうし……?」
ものの数秒で眠りに落ちたことに驚愕しつつも、俺は質問への答えを告げた。
「盗賊になった理由は俺一人でもこの世界を生き抜くためだ。物心ついた時から、家族なんていなかった。心を許せるような、仲間だっていなかった。ずっと……たった一人で暮らすために、ただそれだけのために俺は……」
独白は誰にも聞かれることなく、風に掻き消されてしまった。
翌日、新たな編成で再挑戦するため、暗闇の洞穴へやって来ていた。
「まあ、スライムくらいすぐに倒せるだろ」
余裕綽々のまま中へ入る。すると、奥の方でゼリーのような半透明のモンスターが一匹、地を這っているのが見えた。
「暗闇の地を照らせ」
アステが唱えた呪文は部屋で使っていた光球を作り出す魔法だった。周囲を明るく照らしてくれるため、松明を灯す必要が無い。
相手の位置を視界に捉えた途端、レインは瞬時に弓の弦を引いていた。距離があるために眼鏡は付けておらず、照準はしっかりと定まっている。
放たれた矢がぶよぶよとした身体に突き刺さる。すると、矢尻部分から徐々にスライムが凍りつき始めた。
氷の塊となったところを、トールが手甲を嵌めた拳を使い、光の速さで打ち砕く。
散らばった破片はフレアが炎を纏わせた剣で跡形もなく蒸発させた。
「……思いのほか瞬殺だったな」
あっけない終わり方に拍子抜けしつつも、自分の判断が間違っていなかったことにホッとする。
「この調子でガンガンいこうぜぇ!!」
思いっきり調子に乗ったフレアが先へと進んでいく。
「え、慎重にいこうよ」
「確かに備えるに越したことはないわね」
アステとカースの意見に同意する。洞穴を支配する静寂はあまりにも不気味だった。
モンスターの姿はほぼ無く、かといって滴る水の音のみしか聴こえず、隠れているわけではなさそうだ。
「なるべく隠密行動でいきたいですね」
隠密行動なら――
「……じゃあみんな少し近寄ってくれるか?」
頭にはてなを浮かべながらも、仲間達は手が触れ合える距離で集まる。
俺の隠蔽の魔法が役立つはずだ。
「風よ、我らの音を攫え」
風が身体を優しく包みこみ、外に漏れ出さないよう音を遮断する。
フレアのように暴れられるのはさすがに困るけど。
『奥に進む』
互いの声も妨げられるため、トールが身振り手振りで言葉を伝えてきた。一斉に頷く。
アステが杖で光を消すと、代わりにカースが暗視の魔法をかけた。
無詠唱呪文を使うことからも魔法の腕がかなりのものだとわかる。
……最初から使えよと思わなくもないけど。
沈黙を保ったまま奥に進んでいくが、やはり何の気配もない。
前方を歩いていたフレアの身体がビクリと跳ねた。
『どうしたの?なにかあった?』
後方にいたアステが首を傾げる。フレアが恐る恐る指を差した先には、無数の血痕が散っていた。
ここに立ち入った時の不自然さを考えると、血痕はここに住みついていたモンスター達のものだろうと想像がつく。
問題はそのモンスター達の行方と、攻撃した犯人が何者かということだ。
息を殺し、闇の中を一歩一歩進んでいく。さっきの光景が原因なのか、みんなが重い足取りとなっていた。
血痕を辿った先に待っていたのは、大きな翼と鋭い牙、そして身体を頑丈な鱗で覆われたドラゴンだった。視線を落とすと樹の幹の如く太い脚には千切れた鎖が巻きついていた。
――明らかに隠し部屋に居たドラゴン、だよな。……ってことは俺が原因か
自らの過ちを悔いているヒマなどない。ドラゴンは鼻をぴくぴくと動かすと、俺らの方を向いた。刹那、猛々しい咆哮と共に足を踏み鳴らす。
あまりの迫力、威圧感に心臓が掴まれているような錯覚に陥る。背筋を冷たい汗が流れていった。魔法はとっくに解けている。
気分を落ち着かせるため、俺は大きく深呼吸をした。酸素が体中を巡り、頭もすっきりとクリーンな状態となる。
「お前ら逃げるぞ!」
みんなの様子を横目で窺うと、まだ緊張感から抜け出せず、動くことが出来ないようだ。
ドラゴンは大きく大きく、お腹を膨らませるほどに息を吸い込み始めていた。
俺は腰に付けていた短剣を二本とも抜くと両手で構えた。
「ちっ」
疾風の如く瞬時に間合いを詰め、刃を交差させながら、下から上へ突き上げるように振るう。
ドラゴンの口が天井へと向かい、ブレスが吐き出される。天井に跳ね返された炎が火の粉となって周囲に降る。
肌が焼かれ、赤く腫れあがるが、些細なことを気にしていては生き残ることなど出来ない。腹部に蹴りを入れ、その勢いのまま後ろへと下がる。
「ハヤテ、わりぃ……」
フレアだけではない。パーティーのみんながいつになく弱気だった。
嫌いな自分と向き合い、勝てるかもわからない敵と対峙する。そんな状況で恐怖を抱かないほうがおかしいだろう。
けれど、戦う意志を持つ人物がもう一人いた。
「か、かの者への、侵食を抑えよ……!」
周囲の湿気が雫となり、少しの間だけ雨のように降る。火傷の痕が消え去り、痛みもみるみるうちに治まっていく。
声の主を見れば、震えながらも懸命に立つレインの姿があった。咆哮による振動のせいか眼鏡はひび割れている。
「レイン、怖くないのか?」
「怖いに決まってるじゃないですか……」
膝が笑ったまま弓を構えているのは、決して武者震いによるものではない。
――けれど、それでも彼女は戦意を捨てない。
「戦いましょう!生きて帰るためにも……!」
怯えながらも必死に言葉を紡ぐレインの姿に、仲間達は次々と武器を構えていく。その瞳には希望の光を宿していた。
カースが細い杖をドラゴンの頭部へと向ける。
「我が敵の視界を奪え」
ぐるぐると黒い布のような光がドラゴンの眼に巻きつき、溶け込んでいく。
視界が闇一色となったドラゴンは、混乱しつつあたり構わず腕を振り回し始めた。
トールは身軽さを活かし、隙を見て腹部へと潜り込む。何発も拳を叩きこむが傷には至らず、身体を傾けることしか出来ない。
弧を描きながら飛んできた矢が、ドラゴンの翼を貫いた。どうやら翼は胴体ほど丈夫ではないらしい。
邪魔くさそうにドラゴンがトールのことを払いのける。
ほんの少ししか力は入っていないように思えた。だが、トールの身体は軽々と壁まで吹っ飛ばされてしまった。
「ぅぐっ……!」
アステが慌てたようにトールへと駆けよるが、くぐもった声が耳に届く。
「てめぇ、よくもやりやがったなぁっ!!」
フレアが炎を纏わせた剣で斬りつけにかかるが、またもドラゴンの爪が光る。
俺は追い風による瞬間加速でフレアの横まで移動すると、短剣で受け止めることで爪の軌道を横へと逸らした。
フレアの両手剣がドラゴンの肩口から斜めに振り下ろされ、傷口から炎が噴き出す。鱗がバリバリと地面へ剥がれ落ちた。
「よっしゃあ!やったぜ!」
ようやくまともにダメージを与えられ、フレアが喜びの表情を浮かべる。
視界を奪う魔法が解けたのか、ドラゴンのギョロリとした眼がフレアへと向けられた。
尻尾を鞭のように叩きつける。
「フレアっ!?」
幼馴染みの危機にレインが思わず取り乱していた。矢を射ていた手を止めてしまう。
「彼の者らに癒しの光を与えたまえ……!」
アステの祈りに呼応するように俺らの身体が淡く光輝き、傷や痛みを祓っていく。
その光の神々しさはまるで、治癒よりも浄化に近かった。
トールは先ほど殴られた怒りをぶつけるため、手甲を嵌め直した。
拳と拳を合わせると、ビリビリと電撃が迸った。電撃は両の拳を覆っていく。
「やられたら、やり返す」
もはや怒りで我を忘れていそうな勢いだった。
「我が敵を蝕み、永遠の眠りを与えよ」
黒き光が毒のようにドラゴンの身体に染み込むと、ドラゴンの動きは見てとれるほどに鈍くなった。確かこの呪文は……
「じわじわと敵の体力を奪う魔法よ。ドラゴン相手にどれくらい効果があるかはわからないけれど……」
レインが次々に射た矢の一つが、見事にドラゴンの片目を潰した。翼にも何本か刺さっている。
『グオオオォォォ!』
ドラゴンが大きく翼を羽ばたかせると、全ての矢が抜けてしまった。それどころか竜巻が発生し、後衛までもが引き寄せられる。
「くっそぉっ!」
「どうしたら……」
一か八か、俺はトールと視線を交わす。トールは俺の考えをすぐに読み取っていた。
「風よ、疾風の如き速さを!」
雷電を纏ったトールをドラゴン目掛けて吹き飛ばす。雷が竜巻を切り裂き、そのまま追突する。
まさしく疾風迅雷とも呼べる拳撃が、巨大なドラゴンの身体を転倒させた。
「おりゃあっ!」
フレアが横薙ぎに剣を振るい、肉を裂く音を耳にしながら、俺は小さな傷をいくつも作り出し、出血箇所を増やしていく。
『グガァァァァァ!』
ドラゴンの苦痛に満ちた声が響き渡った。火事場の馬鹿力がドラゴンにもあるのかは知らないが、致命傷とも呼べるような状態で立ち上がった。
再びブレスを吐き出そうと息を吸い込み始める。
この一撃を食らえば、おそらく俺らは――
どうにか止めようと一斉に殴りかかるが、効いている様子は無い。
絶体絶命。俺以外の誰もがそう思っただろう。だが、俺とトール、フレアの横をすり抜け、彼女はドラゴンに向かった。
「私が……みんなを守ってみせますっ……!!」
手のひらの中で空気中の水蒸気が凝固し、氷の剣と化す。その形は今までのように刀身の幅が広い剣ではなく、針のように細いレイピアだった。
「はぁ!」
レインはすでに肉が裂けられた胸元に突き刺し、真っ直ぐと心の臓を貫く。すると、氷の剣は砕け散ってしまった。
パキパキと、傷口から表皮が凍り付いていく。
全体が氷に包まれるとドラゴンはようやく沈黙し、白眼を向いたまま後ろへと倒れ込んだ。
「や、った……?」
現実味無く呟いたのは誰だっただろうか。ともかく、どうにかドラゴンに勝つことが出来たようだ。
「あ、そうだ」
思い出したように俺はそそくさと隠し部屋へと侵入し、宝箱らしきものを見つけた。
慣れた手つきで難なく解錠してみせると、早速中を覗いてみた。
…………こんだけ頑張ってこれだけか。
予想外な賞品に思わず落胆してしまう。
「おーいハヤテ!何してんだ!?」
フレアが叫びながら部屋に入ってくる。他のみんなも一緒だ。
俺は宝箱の中身を取り出すと、レインへと手渡した。
「これは……手紙、ですか……?」
そう。中身は『騎士志願者宛て』の手紙のようだった。
レインがそっと封を開けると、そこには招待状が一通入っていた。
――正確には、騎士団に入るための資格を得た証だった。
「もしかしてあのドラゴンは、入団試験のために配置されてたのかしら?」
「そうかも」
気が抜けたというか、緊張の糸が切れたというか、ともかく俺らはその場にへたり込み、大きく溜息をついていた。
レインだけが、手紙から目を離せずに立ち尽くしていた。
俺はふと、昨夜のアステの言葉を思い出していた。
――ブルースターは、儚い絆なんだ。
でも俺はそうは思わない。だってこの試練は、仲間がいなければ乗り越えることなんて出来なかった。それに、みんなもきっともうわかってる。
「レイン、もう騎士団に戻れるだろ?」
「えっ……?」
レインは顔を歪めてしまった。必死に首を振る姿は今にも泣きじゃくってしまいそうだ。
俺は腕章のモチーフについて、少し気になっていたことを呟いた。
「……雪の結晶ってさ、一つ一つ違う形をしてるんだと」
「?」
レインがキョトンとしたまま顔を上げる。
「スノードロップ騎士団の腕章のこと。きっと正しい道なんてなくて、自分の力で出来ることを探して、自分の道を進むことが求められてるんだと思う」
例え人見知りのままだとしても、仲間のために戦えることは証明した。だから、あとは一歩踏み出せばいい。けれどレインの表情は曇りきっていた。
「でも私、みんなと離れたくなんかないです……!」
悲痛の声をあげるが、その額をフレアが思い切り叩いた。
「バッカじゃねぇの?俺でもハヤテが何考えてんのか気がついたぜ?」
「単純明快、だな」
「意外と抜けてるのよねぇ、うちのリーダーは」
「つまりはこういうことだよ」
アステがレインに招待状を突き付けるが、レインは未だに理解出来ずにいた。
「俺らも一緒に騎士団に入る。それじゃダメか?」
すとんと、ようやく腑に落ちたようだった。レインの瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「ほんとうに、いいんですかっ?」
一斉に首肯すると、安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます!」
深々と礼儀正しいお辞儀をされてしまい、仲間としてはなんとも言えない気持ちだ。
「ほらレイン、頭上げろって!」
「仲間想う、当然だ」
自然と、みんなの顔にはいつも通りの笑顔が浮かんでいた。
楽しく、幸せそうな……いや、本当に幸せな笑顔……
「せっかく騎士団に行くんだもの、パーティーの名前も心機一転したらどうかしら?」
「おお。いいんじゃねぇの!?」
俺らは思いがけない幸運により、仲間と一緒に居たいというレインの望みを受けた。でもそれだけじゃない。
「じゃあさ」
自分も望み、みんなの望みを受けてきた。
きっと、『信頼』を越えた先の想いこそが『思いがけない幸運』に繋がると思う。
だから――
「フロックスって、どうだ?」
俺らは互いに望みを受け、助け合いながら生きていきたい。