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「でも、嬉しいです。海堂さんも、モテるでしょう」
「いや、私はもう年寄りだよ」
「若い頃とか絶対イケメンでしたよね。そういえば、あの俳優さんに似てませんか?えっと……」
名前が出てこずに悩んでいると、海堂さんは口を挟んだ。
「鬼道雅道」
「そう!その俳優さん」
「よく言われたよ」
「もう出なくなっちゃったな。あの人」
「あの俳優さんももう年だしな」
「なんか天然のイケメンって感じだったな」
「天然?他の人は違うの?」
「整形してないありのままって事です。今、顔を弄るのも多いですから」
「随分詳しいんだね」
「実は私、広告会社に務めているんですけど、今整形関連のコピーライターをしてるんです」
私は仕事の話をする事が少し楽しくなって、意気揚々と声を出した。
「へぇ、凄いじゃないか」
「それで、色々調べていくうちに、これは整形だなって。当てずっぽうですけどね」
「私はそういうの、分からないな。だから素直に感心するよ」
海堂さんは、眉を寄せながら苦笑した。
「私ばかり話しててごめんなさい。海堂さんは、お仕事何をされているんですか?」
「家にひきこもるような仕事だ。大した事じゃないよ」
「そうなんですね」
海堂さんの顔が少し曇った気がして、私は話題を変えようと気になった事を質問してみた。
「あの、同居人の方って……」
すると、いつも笑顔だった海堂さんの顔が急に真顔になった。真顔で私の事をじっと凝視するのだ。はっとして、まずいことを聞いたと思いすぐ様訂正しようとするが、次の瞬間海堂さんはいつもの笑顔に戻った。
「あいつは、私の唯一の親友でね。私の小説を昔から応援してくれてるんだ。今は少し事情があって、同居しているが、人生の転落期らしく私の言葉に反抗的なのだよ。私もたまにカッとなる時があってね。もうこの歳だと言うのに情けない」
「海堂さんは、充分素敵ですよ」
本心から言葉が出た。あそこに引っ越すことが決まってからずっと気分が塞ぎ込んでいたが、海堂さんのような親切で優しいお隣さんがいて救われた。
「ありがとう。さてと、そろそろ私は行こうかな……と、真澄さんはどうする?」
「私もそろそろ行こうと思います。ごちそう様でした」
空いた皿の上にフォークを置き、ナプキンで口を拭くと席を立った。
*
「真澄さんは……」
二人横並びになって、帰り路を少し遠回りに歩いた。
「その、真澄さんって堅苦しいので、美代子でいいですよ」
「はは、そうか?なら、美代子さん」
「はい」
「何故あのハイツに?」
レンガ調の歩道を囲む小さな森へ入っていく。
「実は会社の指示で」
「なるほど、それは大変だね」
木々の木陰がレースのように足下を飾る。それを見て、私は気分が良くなった。こんな散歩もたまには悪くない。
「海堂さんは?元からあのハイツに?」
「上の名前なんて堅苦しい。八代と呼んでくれ」
「八代……さん。わかりました」
「私は、生活が困窮した時期に家賃の安い所を探していて、たまたまあのハイツが見つかったからってだけの理由だ。つまらんがね」
「それが、あんな事故になるなんて。あの、嫌なら教えてもらわなくてもいいんですが」
私は言いにくそうに俯いた。
「何だね」
「第一発見者って、八代さんですか?」




