第九話 終戦
二人は同時に地を蹴り、刀と拳が交差、金属音とも打撃音ともとれない音が次々と響き渡った。一撃、また一撃とぶつかり合い、どちらも引く様子はない。周囲にその光景を目で追えるものはおらず、誰も間に入って手出しをすることは許される状況ではなかった。
「お前さん、なんでこんなに腕が立つんに未だにBランクやねん。人を殺すことにまだためらいでも覚えとるんか?《あのとき》みたいになぁ・・・高坂蓮華さんよぉ!」
「__黙れ!」
剣道部部長こと、蓮華が空手部をなぎ払うと空手部は少し距離をとった。
「おや、癪に障ってしまったやろうか、すまんなぁ。わいは空気を読んだりするのがあんま得意じゃないんや、許してくれぃ」
空手部はヘラヘラと続ける。
「まぁ目の前で親友が殺られたんならトラウマにもなるわなぁ・・・仲がよかったもんなぁあの子と」
「やめろやめろやめろやめろ・・・!」
蓮華の様子が明らかにおかしくなっていた。脚は震え、額からは大量の汗。顔面蒼白で目の焦点が合わなくなり始めていた。
「あの子は今どんな感じに思っとるのやろうなぁ?お前はんのこと、恨んでるかもなぁ?」
「__や、やめてよ・・・やめ・・・て・・・」
言葉が槍のごとく蓮華の心に突き刺さり、ついには蓮華は刀までも落として地面にうずくまってしまった。頭を抱え、完全に戦意を喪失してしまっていた。
「全く、そんなんやから、親友一人守ることもできんのや!少しは成長したかとおもったんに、失望させおって。もうええわ、あっちの世界で仲良くやり____!」
廃人と化した蓮華にとどめを刺そうとした矢先、何かに反応した空手部は何もないように見えた空中に一撃を加えた。すると軽い金属音が鳴り、地面に回転しながら矢が突き刺さった。
「油断も隙もあらへんな。おい野球部、ザコぐらいしっかり片しといてくれや。弓道場の上、屋根の上や。生き残りぐらい掃除しといてくれや。まぁ、距離50メートルはあるんにわいの頭を正確に狙ってきたところをみると、ザコではないかもしれんがな」
裕初でも氷紗でもない。おそらく弓道部だと思われる者が二人屋根の上に立っていた。
「はよいけ野球部、こっちに集中できんやろうが!」
「はっはい!すいません!おい、行くぞお前ら!」
リーダー格の部員に連れられ、野球部はバタバタと弓道場の方へと向かった。こちら側に残っているのは関西弁の空手部に加え、四人の部下がいた。対して弓道部は裕初、氷紗、そして剣道部の花撫、蓮華だけだった。
「さて、邪魔がいなくなったところで続きでもしようかねぇ・・・。ところでお前はん、ずっと黙ってたんにそんなところにたってどうしたん?邪魔やからどいてくれん?」
「___嫌です」
裕初が蓮華の持っていた刀を手に、空手部に刃先を向けて立ちふさがっていた。
「やるなら・・・自分からにしてください」
その一言を聞いて空手部は腹をおさえて爆笑する。
「ブフォッ、アッヒャッハッハッハッハッゲホッゲホッ・・・」
「何がおかしい?」
「さてはお前バカなん?戦力差はさっきの戦いみてわかるやろ・・・クック・・・ハァハァ・・・笑いすぎたわ。それに、こちらとしてはそっちの方がありがたいんやで?なんせ今回俺たちの課題は一年を倒さんとポイントがはいらんのや」
空手部は笑いながらも丁寧に説明をした。それでも裕初はどける気は最初からなかった。そして空手部は笑い終わって腹を押さえていた手をどけると急に顔つきが変わり、裕初を睨み付ける。
「なぁ、その手に持ってる刀をはよぉ下ろせや。___どんな名刀でも素人が持ったら、ナマクラに見えるやろうがぁ!」
一瞬で間合いを詰めた空手部はその右手で裕初が持っていた刀をはじき飛ばし、裕初の首をわしづかみにした。裕初の身体は宙に浮かび、裕初は手を離させようともがくが片腕ではどうにもならなかった。そのままでは堕とされていてもおかしくなかったであろうが、空手部は自身の部下に向けて裕初を投げ飛ばした。地面に叩きつけられ、痛みに喘いでいると部下に無理矢理立たせられ、はりつけ状態になってしまった。
「お前はんには、特別に空手の技をレクチャーしてやるわ。二度と立ち上がれんようになぁ!」
それから裕初には空手部にされるがままに、蹴りや突きのレクチャーが行われた。
「___これが正拳突き上段!中段!下段!___鉤突き!内手刀!熊手打ち!」
技名通りの技が一撃、また一撃と裕初に繰り出され、完全に一方的に攻撃されていた。
「___横蹴り!関節蹴り!膝蹴り!頭突き!後ろ蹴り!」
徐々に裕初の身体は壊されていった。技を受けた場所の骨は砕け、内蔵は潰れ、何カ所からも血が噴き出していた。
「底掌突き!___二本貫手突きで、フィニッシュや!」
「あ“あ”あ“ぁあ”あ“あぁああ”ぁあ“ぁ!」
二本貫手突き___つまり目つぶしを食らった裕初は声にならないような声を上げ、目に大穴を開けられて視界を失った。はりつけから解放された裕初はその場に倒れ込み、呻いていた。
「___ハァハァハァ・・・どうや、少しはわかったかお前はん・・・この世界、甘くみんなや」
もう動くことすらままならない裕初に向けて空手部は上から吐き捨てた。裕初の生存は絶望という言葉で表せないほどのものだった。
「さて、最後は楽にしてやろうや。心臓を潰せば、さすがに死亡判定になるやろ、お前やってくれや。わいは疲れたわ」
蓮華を行動不能にし、さらに一人を倒したところで空手部は悠長に話していた。しかしながら、最後の一撃を加えようとしていた部員の後ろには、両目を真っ赤に染め、鬼のような表情を浮かべた氷紗が間近に迫っていた。
花撫と氷紗は手出しをすることもできず、ただリンチされる裕初を見ていることしかできなかった。しかし、氷紗は我慢ならなかった。自分の兄、自慢の兄が殺させるのをただ黙って見ていることなど。氷紗は身体を震わせながら、自分の眼帯に手をかけた。
「___かなでちゃん、もう我慢できない。今じゃなきゃ、多分一生後悔する。だから、《あれ》、使うね」
「___!?だめだよ、ひーちゃん!あれは命に関わるって師匠が・・・」
「それでも、やらなきゃ」
花撫の制止を無視し、氷紗はその左目を覆っている眼帯を引きちぎる。瞬間、彼女の両目は、《真っ赤に染まる》。そして苦痛に顔を歪ませながら氷紗は言った。
「かなでちゃんはここを動かないで。私ひとりで、どうにかしてみせる」
氷紗は地を蹴り、悠長に話している空手部の背後から襲いかかったのだった。
「___!誰だ!」
空手部員は氷紗に反応し後方にもの凄い速度で拳を繰り出すが、氷紗は難なくかわし、逆に突き出された腕をつかみ勢いに乗せて空手部を投げ飛ばした。続けて肩を押さえ込み、両方の肩関節を外す。
「痛ってぇえー!」
「___次!」
氷紗は痛みにもがいている部員を放り投げ、二人目に襲いかかる。
「何してるんや、女子相手に!さっさと捕まえんか!」
関西弁の男は他の部員に怒鳴りつけるが、二人目もあっさりと倒される。
「___次!」
「待てぃ、わいが相手になるわ」
氷紗が三人目に襲いかかろうとしたところ、関西弁が部員を制止した。
「お前はん、ただの一年やないな?その目・・・明らかに普通じゃなかろ。いったい何者や」
氷紗はそんな問いかけなどに答えず、関西弁に飛びかかる。
「お前はん・・・あんまワイのこと舐めすぎやろ!___!?」
関西弁は目にもとまらぬ速度で技を次々と繰り出すが、蹴り技も突き技も全て空を切り、氷紗にはかすりもしない。
「お前はん、ワイの技を、全見切っとるな?___あんまふざけすぎや。一年にワイの技が見切れるはずないんや!」
逆上した関西弁の攻撃を氷紗は易々とかわし、とうとうその腕をつかむ。先ほど倒した部員と同じ要領で左肩関節を外した。が、関西弁は並の部員とは力が違った。
「___あんま、なめんなや!」
力ずくで氷紗の押さえ技を抜けると、氷紗の首筋をつかみ、投げ飛ばす。しっかり受け身はとった氷紗だったが、彼女にも異変が起こっていた。
「うっ・・・ああぁっ・・・!」
痛みに頭を抱え、氷紗はその場に立ち止まってしまった。
「___なんや、お前はん、《力》の後遺症ってやつか。噂には聞いていたんやが、まさか一年が持っているとはな・・・これは今後荒れるで」
しばらくすると、氷紗は電池が切れたロボットのように動きを止め、倒れた。
「ひーちゃん!」
「動くなよ剣道部のおんにゃのこ。ワイたちはもう手出しはせんよ。《力》の存在が分かっただけでも十分収穫になったわ」
空手部に対して攻撃的な表情をしていた花撫であったが、どうしたことか、次第に畏怖の表情に変化していった。
「おいおい、どうしたんや。ワイたちは引くことにするって言ったやろ。おい帰るでお前ら。___!?」
関西弁が振り返ると、そこには身体のあらゆるところが引きちぎられ、もはや人の形を保っていない部員の山があった。
「なにがあったんや・・・!他の部か・・・?」
関西弁は周囲を警戒するが、特に他の部がいる様子はない。倒れている氷紗も確認した。関西弁には何が起こったのか全く分からなかった。ほんの十数秒、振り向いている間に何者かが仲間を殺害したのだ。相当な実力者でなければできない芸当だった。もう一度花撫の方向を向こうとしたとき、背後に猛烈な殺気が現れたことに気づく。
「___まさか、お前はんもだったんか!?ふざけ__」
そこまで言ったところで、彼には空手の技の雨嵐が降り注がれた。先ほど彼が披露した技が、その順番のまま、彼に同威力で繰り出された。防御する余地などなかった。全ての技が終わると、ボロボロになり、両目を失った彼は仰向けに倒れ込む。
「___全く、想定外や。___ゲホッ・・・いってぇ。ワイも運が悪かったなぁ。正直、もう少しだけ生き___」
そこまで言ったところで、彼の胴体は貫かれた。血を天に噴き出した彼の身体は、動かなくなってしまった。そして彼を倒した《物体》は、ゆっくりと花撫の方向に振り返る。花撫はその《物体》に向けて、一言だけ言った。
「___誰なの・・・?あなたは・・・?いや、何なの・・・?」
《物体》はニヤリと口角を上げ、静かに花撫の方向へと歩み始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・ここはどこだろう。・・・・・・・・・暗くて何も見えない。・・・・・・・・・誰かが苦しんでいる声が聞こえる。・・・・・・・・・氷紗?・・・・・・・・・行かなきゃ。
何もない暗闇を歩み始めた。ここがどこかも、自分が誰かも分からずに、ただ、一人の少女の声を頼りに。
・・・・・・・・・何か見える。・・・・・・・・・誰か倒れてる?・・・・・・・・・助けなきゃ。
暗闇に一つ、光が差していた。そこには、自分が倒れていた。血まみれで、ボロボロで、人とも呼べないような姿をしている自分が。
・・・・・・・・・ねぇ、起きてよ。・・・・・・・・・助けなきゃいけないんだよ。・・・・・・・・・今じゃなきゃだめなんだ。・・・・・・・・・力を貸してよ。・・・・・・・・・誰でもいいから。
倒れている自分を揺さぶる。触れたところから自分が崩れ落ちた。中から大量の蟲が湧き出してきた。その蟲たちがあっという間に人の形を形成し、自分となって現れた。
・・・・・・・・誰?・・・・・・・・俺は俺だよ。・・・・・・・・俺はここにいるじゃないか。・・・・・・・・・俺はお前、お前は俺だ。いつでも表裏一体。むしろ「俺たち」って呼ぶ方がいいだろうよ。・・・・・・・・・俺はお前なんて知らない。・・・・・・・・・俺は知ってたさ、俺が生まれたその日から。お前が知らないだけだ。・・・・・・・・助けてくれるのか?・・・・・・・・・今までも望まれて助けたことがあるだろうに。・・・・・・・・・助けてよ、お願いだ。・・・・・・・・・ただし、いつものように、捧げろ。・・・・・・・・何をさ?・・・・・・・・・お前らの大切なものを、だ。
そう言うと、俺は俺の中に手を突っ込み、何かを引き抜いた。そして倒れ込んでいる俺にそれを注入する。
・・・・・・・・何を盗った?・・・・・・・・・なに、なんてことない。お前はそう大事に思ってないかもしれないが、俺にとってみれば一番興味のあるものだ。・・・・・・・・・わかったから、早く助けてよ。・・・・・・・・・残念ながら、今回は俺だけじゃ足りないようだ。・・・・・・・・・どういうこと?・・・・・・・・・私にも頂戴って言ってるのよ。
もう一人、蟲の自分とは違う何かが倒れている自分から這い出てきて、再び人の形、俺の姿となって現れた。
・・・・・・・・お前も俺なのか?・・・・・・・・・そうよ。私もあなた、あなたも私。表裏一体よ。・・・・・・・・・助けてよ。・・・・・・・・・今までも何度も助けてあげたじゃない。・・・・・・・・・知らないよ、そんなの。・・・・・・・・・あなたが知らないだけよ。・・・・・・・・・もういいから早く助けてよ。・・・・・・・・・いいけど、いつもの、頂戴ね。
そう言うと、俺は俺の中に手を突っ込み、何かを引き抜いた。そして倒れ込んでいる俺にそれを注入する。すると、倒れている俺の崩れていた箇所はたちまち元通りになる。
・・・・・・・・何を盗った?・・・・・・・・・なに、なんてことないわ。あなたはそう大事に思ってないかもしれないけれど、私にとってみれば一番興味のあるものなのよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いつでも頼っていいんだぞ?
いつでも頼ってね?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
その二人はたちまち元の蟲のようなものに還り、俺にまとわりつく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
『うわあぁあああぁあぁぁああぁあぁあぁ!!!!!』
俺は飛び起きた。ここは・・・?どうやら保健室のようだ。夢だったのか・・・?
「気がついた?長い間眠ってたのよ?」
「___!あなたは?」
そう問うと、彼女は白衣を翻して答えた。
「私はこの学校の保健室長を勤めてる、木立鮮香っていう者です。主に負傷した生徒の看病をしてるのよ。せんちゃん、って呼んでね」
どうやら夢ではなかったらしい。自己紹介を終えると、せんちゃんは俺を固定している拘束具を取り外した。
「___せんちゃんさん、なんで俺、拘束されているんですか?」
「細かいことはきにしなぁ〜い、外でお友達が待っているわよ」
俺ははっとして、保健室入り口へと駆け寄った。扉を開くと、そこにはあいつらがいた。
「ゆうにぃ!」
氷紗が胸に飛び込んでくる。なんだか懐かしく感じる。
「もう、びっくりさせないでよね・・・三日も眠ってたのよ?まぁ、ひーちゃんも無茶して二日眠ってたのだけれどもね」
氷紗がペロッと舌をだす。対して花撫はいつも通りツンツンである。
「お前ら、よかった。あの状況からよく生きて・・・!よかった」
「当たり前よ、だってあなたが助けてくれたんだもの」
___え、なんだって?俺が助けた?そんなはずはない。俺は空手部にやられて・・・。
「あと、裕初にも話さなければならないことがあるの。ちょっと、場所を変えましょう」
それだけ言うと、花撫は氷紗と俺を連れて歩み出す。そこで俺は気づいてしまった。気づいてはいけないことに。
「そういえば、大地はどうしたんだ?トイレか?」
そう言ったところで、花撫と氷紗の足が止まり、表情が曇る。そして、俺は衝撃のことを聞くことになる。
「___大地は・・・死んだわ」
大変遅くなってしまって申し訳ないです!新入生テストはこれにて完結です。本当、自分語彙力のなさには失望しますよ・・・。ご意見あったら是非、聞かせてください!