第八話 戦慄する新入生テスト
弓道部は開戦と同時に矢をつがえ放とうとするが、野球部の方が行動が早い。ピッチャー陣による時速140キロメートルをくだらないであろう硬球が横殴りの雨のように弓道部を襲った。同時にピッチングマシンが放つ人外の速度を持つ一閃。一人、また一人と剛速球をまともにうけ、次々と倒れていく。弓道部は攻撃をすることさえも許されなかった。
そもそも日本の弓で矢を放つには最低でも一瞬は動きを止めて安定させなければならないのだが、今の彼らにはその余裕もなかった。多くは硬球が直撃しその場に倒れる中、奇跡的に直撃を免れたものたちの最低動作も満たされていない中でかろうじて放つ矢も、本来の威力を発揮することはない。
「・・・氷紗、大丈夫か?」
「ゆうにぃ、だめだよ・・・、死んじゃう!」
硬球の雨が降るときにとっさに氷紗をかばった裕初だったが、既に数発硬球の直撃をくらっていた。頭部への直撃だけは避けていたものの、腹部、下半身には打撲の症状が出ていた。骨にはヒビが入っていてもおかしくない状況だった。
「おいおい、くたばるのは早いぜ弓道部。いいものを見せてやるよ」
バットを持った野球部はバッティングの構えを見せた。
「氷紗、お前だけでも逃げろ。もうこれ以上交戦するのは無理だ・・・。この場でバッティングでも始められたら絶望的だ。今のうちに・・・」
「いやだよ、置いていけない!」
裕初は苦痛に耐えながらも氷紗を説得して逃がそうとするが、野球部は待ってはくれなかった。
「よそ見してんじゃねぇぞオラァ!」
なんとバッティングを始めると思われていた野球部員は素振りを数回してからバットを、『投げて』きた。
投げられたバットは横方向にもの凄い勢いで回転しながらも直線的に飛んでいき、的確に裕初を打ち抜いた。
グキィッ・・・
「ぐあああああぁあぁあああ!!!」
突然のバット投げに驚いた裕初はとっさに左手で自分を守ったが、その左手は腕の中程からあらぬ方向へと曲がっていた。それを見た氷紗は腰を抜かし、顔を青ざめてその場から動けなくなってしまった。
ついに野球部は近距離戦に持ち込み、生き残った弓道部を一掃しにかかった。地面に倒れ込んでいる者は頭をたたき割られ、周辺の地面が赤く染まる。やっとの事でまだ戦闘を続けていた者も次々と逝った。
裕初たちの前にもついには野球部がたどり着いたが、そのとき勇気ある一人の少女が野球部の前に立ちふさがった。
「やめてください!もう十分じゃないですか!こんなのって・・・ひどいですよ!これ以上攻撃するのをやめてください。なんでもしますからぁ!」
少女は涙目でその野球部に訴えた。それを聞いた彼は悲しそうな表情になり、静かにバットを下ろした。
「確かに、ひどいことしちまったな。悪いと思っているよ。その代わり一つだけ俺の言うことを聞いてくれ。まずはまわれ右をしてくれるかな?」
少女は言うとおりに裕初たちの方向へとまわれ右をした。その瞬間、野球部は不気味な笑みを浮かべ、その金属バットを大きく振りかぶった。
「それじゃ、死んでくれぇ!」
次の瞬間には気持ちのよい金属音とともに少女の頭部は遙か彼方へと吹き飛ばされ、命令を受け取らなくなった胴体は血を吹き出しながら裕初たちの方へ倒れ込んだ。
「あっひゃぁはっはっはー!面白い奴もいるもんだぜぇ!戦場で相手に背中を見せる奴がいるかよぉ!」
野球部は腹をおさえながら爆笑していた。裕初たちは少女の血を浴びながら畏怖の表情を浮かべていた。次は、自分たちの番だ、と。野球部はニヤリと笑い、氷紗たちに近寄った。その既に赤色がこびりついている金属バットをかかげ、裕初たちへと振りかざした。
呆然としていた氷紗であったがギリギリのところで気を取り戻し、機転を利かせて弓本体でその一撃を受け止めた。その一撃で弦ははじけ飛んだが、弓が折れることはない。元々グラスファイバーの弓はしなりに耐えるために頑丈に作られており、ちょっとやそっとの攻撃で壊れるものではない。
しかし、野球部の攻撃力は異常であった。弓が壊れなくとも氷紗に与える衝撃は相当なものであり、次第に氷紗も限界が近づいていた。
瞬間、氷紗の弓ははじき飛ばされ、身を守る術は無くなってしまった。
「やめろ、やるなら俺を倒してからにしやがれ!」
裕初はとっさに氷紗の前に出て片腕で氷紗をつつみながら野球部と相対した。
「おいおい、片腕使えねぇくせに、何を偉そうにいってやがる。さっさと死ねよ」 人一人殺すのに時間がかかっているせいか、野球部は段々怒りの表情を浮かべ始めた。
「だめ!ゆうにぃ、死なないで!」
氷紗が放ったその一言で、野球部の顔つきが再び変わった。人殺しを楽しむ目つきである。
「ほぉ、お前ら兄妹なのか。こりゃあいい。妹の目の前でおにぃ様をぶっ殺してやろうとするかぁ!それに、妹の方は中々の上物じゃねぇか。おにぃ様をぶっ殺した後にでも野球部のマネージャーにでもして、たぁっっぷりと遊んであげようじゃねぇか!」
「てめぇふざけんじゃねぇぞ!」
その一言にブチ切れた裕初は残った右腕で野球部を殴りにかかった。が、あっけなくはらわれ、その場に倒される。
「オラァ!いい加減に死にやがれこのゴキブリ野郎がぁ!」
「やだ!ゆうにぃ死んじゃやだぁ!」
氷紗の制止なんぞ耳にも入れず、野球部は金属バットを裕初の頭めがけて振り下ろした。裕初はこれまでかと覚悟を決め、目をつぶり頭に衝撃がくるのを待った。
『ガキィィィン!!!』
あたりに金属音が鳴り響いた。裕初は自分の頭が吹き飛ばされた音を聞きながら、走馬燈を見ようとしていた。が、恐る恐る目を開けると、自分の頭がまだ胴体とつながっていることに気づいた。
「・・・ん?」
両手で顔を触りながら、一つ一つの部位を触診していく。
「あれ・・・、俺まだ、生きてる・・・?」
「当たり前じゃない!ていうか、早く・・・そこをどきなさい!長くは持たないわ・・・!」
見上げると、そこには袴に身をつつまれ、髪を一つにまとめ、日本刀で野球部の一撃を受け止めている一人の少女がいた。そう、花撫であった。
「花撫・・・!?なんでここに!?」
「理由は後から話すわ、今は生き延びることが最優先よ。そうですよね、部長!」
花撫が野球部を振り払い、追撃をかけようとする。
「あぁ、素晴らしい動きだったわ一年生。まずは、ここらの野球部を一掃しようか」
裕初が横を見ると、そこにはいかにも和美人といえる凜々しい女性が腰に刀を携えて立っていた。
「あの・・・あなたは?」
裕初が尋ねるとその美人は優しい笑みを浮かべることはなく、厳しい目つきで答える。
「剣道部部長だ。なぜ助けにきたかっていうとな、私の友人が迷惑をかけているだろうからな」
裕初がポカンとしていると、美人は続ける。
「君らの頼りない部長のことだよ」
それだけ言うと、彼女は野球部の前に立ちふさがって言う。
「そういうことで、この瞬間から弓道部と剣道部は共闘させてもらう。覚悟してくれまえ」
そういうだけで、野球部数名は後ずさりをする。その中で、屈強な部員が言い放った。
「てめぇ、たかがBランクごときが一人で調子に乗ってるんじゃねぇぞぉ!」
部員はバットを振りかざして襲いかかってきた。刹那、剣道部部長の刀が目にもとまらぬ速さで振るわれた。が、野球部は驚きながらも自分に切り傷がないことを確認した。
「へ、へへ。ビビらせやがって。お前なんか俺がぶっ殺してやるぜぇ!」
そう言い放った部員に対し、剣道部部長は静かに話す。
「安心していい。お前は既に、役目を終えた」
そのとき、野球部の体は真っ二つに割れ、その場に崩れた。周囲の野球部はどよめき、下っ端から全速力で逃げ去っていった。
「さて、残っている野球部の皆さんはどうするのですか?私に斬られる前に、立ち去ることをおすすめしますが・・・?」
剣道部部長は静かに言い放つ。残った野球部は悔しそうな顔でその場に立っていた。これはどう見ても撤退するだろう、そう裕初たちは思っていたそのとき、
「おいおい、剣道部ってばまた野球部の邪魔してぇ、いーっけないんだー」
軽々しい声が野球部の奥から聞こえてきた。残った野球部の集団が二つに割れ、その中から道着を着た部員五名ほど現れた。腰にまくは黒帯。空手部である。
「それじゃ、空手部は野球部と共闘しまーす。そゆことで、よろしく」
空手部は手を振りながら無邪気に答え、その言葉に野球部はわいた。
「Aランクの空手部か味方になればこっちのもんだぜぇ!残念だったなお前らぁ!」
先ほどまで弱気だったものたちが一気に回復してしまった。
「まずい、あやつらは本気で強いぞ。これは私でも分が悪すぎる・・・」
剣道部部長は唇をかみしめながらそう言うと、刀を取り出して身構えた。
「いいか、私が隙を作る。そのうちに逃げろ!」
そうは言うものの、敵の数は合わせて二十人以上。逃げるのは絶望的であった。空手部は悠長に両手に防刃グローブをつけ、軽く腕を回してから攻撃の構えをとった。
「それじゃ・・・覚悟してくださんせ?」
毎度のことですが遅くなって申し訳ありません!
とうとう戦闘が始まりました。やっぱり戦闘シーンを書くって楽しいです。
至らないところがあればどんどん指摘してください!