第七話 変局
この話の弓道に関する言葉についての解説です。
ゆがけ・・・弓道をする際に右手につける、革製のカバーみたいなもの。
立・・・試合形式の練習、または本番。
矢筒・・・矢をいれるための筒。
皆中・・・放った矢が全て中ること。
翌朝、俺たち四人は部高専からの指示に従って体育服でグラウンドへと向かっていた。今日の諸連絡なども全てEOSに通知されるため、生徒は絶対に忘れ物をすることがないというのは便利なシステムだ。もちろん、移動は磁気浮遊式ホバークラフトを利用している。
移動後に俺は大地にEOSについてある疑問を投げかけた。
「なぁ大地、これって外せないのか?風呂入るときに壊れそうでひやひやしたし、なにしろ蒸れて気持ち悪いし」
それを聞いて三人はため息をつく。
「にぃ、どうせ説明書、読んでないでしょ?」
氷紗が蔑む目をしてこちらを見ている。あれ、また俺は何かやらかしたかな?
「裕初、説明書読んでないなら仕方ないかもしれないが、取り付けたときに押した側面のボタンを押したら外れるぞ。というか、着けたまま風呂に入ったのか!?」
大地が驚きの声を上げる。あぁ、いつも味方してくれる大地まで敵にまわってしまった。もっとも、悪いのは俺なのだが。
「それにしてもよく壊れなかったわね。すごい防水性能だわ」
花撫に至っては俺に触れずにEOSの性能を褒めだした。・・・なんか、ここまでされると悲しくなってくるなぁ。
部高専の体力テストは通常の体力テストとは少し異なる。50メートル走に持久走、反復横跳びにボール投げと一般的な項目に加えて、部高専では各部活動の要素を取り込んだ運動をさせ、今まで得意としている部活動の他にも適性がないか確認するためのプチ体験がある。そして健康診断まで全て終了した時点でEOSに各々の成績が通知され、総合評価としてA〜Dの適正ランク付けがされる。最終的には自分の判断で入部する部活動は決めるわけではあるが、この適性診断で自分の部活動が決まると言っても過言ではないだろう。
テストは校内の様々な場所で行われているために、少しばかり移動が大変だった。俺たちは、どうせなら一緒にまわった方がいいだろうという大地の意見を容認し、四人でまわることにした。
持久走などの一般的な項目を終わらせ、各部活動の体験に移った。大地はさすがの運動能力と言ったところであろうか、運動系に全て適性があるんじゃないかと思うほど難なく課題をこなした。たいして俺や氷紗は普段弓道以外は嗜んでいないため、さんざんな結果だった。
しかしながらこれだけは言いたい。俺と氷紗は弓道の腕だけは誰にも負けない自信があった。なぜなら、弓道において相手は自分自身、そして止まった的だからだ。幼少期から弓で狩りをしていた俺たちにとって、この弓道は止まっている的にただ中てるだけの的中てゲームでしかなかった。外すはずがない。
とはいってもさすがは部高専、四射皆中を易々とこなす生徒もちらほら居た。おそらく、弓道部志望であろう。彼らと一緒に部活動に勤しむのが楽しみだ。
最後に健康診断があった。視力、聴力、身体測定、血液など、多くに渡って検査される。
なかでもなぜか毎回俺が注目を集めてしまうのは視力検査だ。どうやら、俺の視力は一般平均数値を大幅にオーバーしているらしい。
「島守裕初さん、この距離で見えますか?」
「はい、全部見えます」
「あと2メートルほど下がってください、まだ見えますか?」
「まだ見えます」
結局、あとこれが数回繰り返されてしまう。
「はい、結構です。すごいですね、あなたはどこかの先住民か何かですか?」
検査員が数値を見ながら驚きの表情で尋ねる。
「いいえ、純日本人のはずですよ」
首を横に振りながらそう言ってEOSに記録を送信してもらった。検査場を出たそのとたん、三人は俺のEOSを覗き込んでくるのであった。こういうときに一番興味津々なのは意外かもしれないが、花撫である。
「うわぁ、すごいわね。視力5.0って、あんた本当に人間?」
「どっからどう見ても人間だろ、見えるから仕方ないじゃないか」
目がいいからといって特別いいことがあるかというと、そこまでない。強いて言えば女子の着替えを超遠距離から覗いてやれないこともないが、あいにく部高専のセキュリティ対策は万全、油断も隙もない。ただの宝の持ち腐れだ。
体力テスト、部活動体験、健康診断の全てを終わらせると、即座に適正の総合評価が来た。俺の評価は実にひどいもので、弓道だけがA判定、その他はほぼD、あってCがわずかだった。他三人はというと、大地はその運動神経が認められたのか運動系はほぼB判定以上、中でも柔道・空手にA判定がついていた。
「大地、やっぱお前ってすごいわ」
俺が言った俺自身への皮肉に大地は気づかず、何のことだという風に首をかしげている。
「私はやっぱり剣道にA判定だったわ。あと意外だったのは薙刀にもA判定よ。薙刀部なんてこの学校あったのね」
やはり花撫は剣術に特化しているらしい。うん、文句のつけようがない。
「ひーちゃんは何にA判定ついてたの?」
花撫が最後に氷紗に尋ねる。
「弓道と・・・、パソコン」
その言葉を聞くと、顔を歪ませた俺ら三人は輪になって謎の作戦会議に入る。
「なぁ、氷紗はパソコンなんぞを触っていたとは今まで聞いたことがないんだがのぅ」
「そうよ、どういうことなの裕初」
「あぁ、実は氷紗は家で夜遅くまでパソコンを触るのが今まで日課となっていてだな、機械には強いのかもしれない」
「そうだったのか」
「そうだったの」
二人して半信半疑の表情で俺を見る。そして氷紗のほうに体を向けると、
「ひーちゃん、もちろん弓道部に入るのよね?パソコンなんかしないわよね?」
花撫が執拗に氷紗をせめたてる。なぜそこまでパソコンをさせたくないのであろうか、・・・優雅さが失われるとか?そもそも優雅さなんぞ存在しないだろうに。
花撫にたいして、氷紗は既に決めていたかのようにキッパリという。
「ううん、氷紗、兼部する」
その一言に、俺でさえも仰天した。なんせ部高専で兼部するということは普通の高校で二つの教育課程を同時に進めるようなものである。無茶にもほどがあった。しかしながら、部高専では兼部する部活動が両方ともA判定という条件に限り、兼部が認められていた。氷紗はそのことを知っていたのである。
結局氷紗は俺たちの話を受け止めることはなく、弓道とパソコンを兼部することに。部活動の決定は今日中にしなければならないため、俺たちはその場で申請作業を開始した。俺はもちろん弓道一択、花撫は剣道、大地は柔道、氷紗は弓道・パソコンである。
俺たちの今日の日程はすべて終了したため、寮へと帰った。一日運動しているとさすがに疲れがでる。今日もゆっくり休みたい。明日はさっそく各部活動で活動があるらしい。寝坊しては大変だと、俺は早めに就寝することにした。
ピリリリリリ・・・
EOSのアラームを止めると、俺はいつものように洗顔、歯磨きを済ませて制服を着用し、寮の食堂で大地と一緒に朝食をとる。食事は和・洋から選ぶことができたが、やはり俺は和食が好みだ。朝からパンを食べるのはなんだか気にくわない。もちろん、理由なんぞないのであるが。
「裕初、ここの飯は寮のものにしてはかなりできがいいな。味噌汁もよく出汁がきいている。さすがは部高専の料理部が監修しているだけはあるな」
正直俺は出汁がどうこうとかはよく分からないのであるが、大地は料理に関してはうるさく、拘りを持っている。その分大地が作る料理にはハズレがない。やろうと思えばそこらの料亭でも出せるレベルのものを作り上げてしまうだろう。大地の隠れた才能の一つである。ちなみに、料理部の大地の適性はB判定。文化系の部活で唯一のB判定だ。
朝食後に氷紗たちと寮の前で待ち合わせて学校へ登校をした。今日は各部活動ごとでの活動となっているために、花撫と大地とは離れて行動することになった。俺は氷紗と二人で弓道場へと向かっていた。
「氷紗、パソコン部には行かなくてもいいのか?」
「うん、兼部希望者は自分の行きたい方に行きなさい、って」
ということは、氷紗の第一志望は弓道部のようだ。よかった、俺一人ではさすがに不安だった。ちょっと安心。
弓道場につくと、まだ早かったためだろうか、一年生の様子はなく静まりかえっていた。しかしながら鍵は開いているようだったので、中には誰か居るようである。挨拶をしておいた方がいいだろうと思い、俺と氷紗は中に入ってみた。
さてさて、人間初対面でイメージがほぼ決まってしまうというし、ここは元気の良さをアピールするためにも大きな声で、息を吸って・・・、
「こんにちはぁー!」
「ひぃやぁああああ!」
俺の爆音の後になぜか甲高い悲鳴が響きわたった。びっくりさせてしまっただろうか、俺の心が罪悪感で満ちていくのを感じた。道場にあがり周囲を見渡すと、角に顔を手で覆って縮こまっている少女が一人。
「あのー、一年生ですか?」
俺の呼びかけにようやく我に返った少女は泣き顔をあげて言う。
「ちがい・・ますぅ、・・・グスッ、三年生ですぅ・・・!」
「あっ・・・あぁ、なんか、すみませんでした・・・」
元々雰囲気もなにもあったものではなかったが、とにかく初対面で最高のイメージをつけよう作戦は大失敗に終わり、俺の額からは大量の冷や汗がたれてきた。なにしろ驚かせてしまった上に三年の先輩に向かって、一年生?なんて聞いてしまったのだ。面子もクソもない。とにかくこの最悪の状況を打破するために、氷紗に視線で助けを求める。氷紗は俺の意思をくんでコクリと頷き、先輩のもとへと駆けていった。
しばらくしてようやく落ち着いた先輩と氷紗がこっちにやってきた。氷紗がもう一回謝りなさいという目でこちらを見ている。
「先輩、びっくりさせてしまってすみませんでした。一年の島守裕初といいます。そっちは妹の氷紗です」
俺の紹介にあわせて氷紗もペコリと頭を下げる。
「わ、私は弓道部部長を務めている、三年の服部桃花といいますぅ・・・。よ、よろしくおねがいしますぅ・・・」
その自己紹介で驚いた。なんとこの人は部長だったのだ。こんな頼りない部長って初めて見ましたよ。
そんなことをしているうちにいつの間にか時間は過ぎていたようで、出入り口からちらほらと一年生が入ってきた。誰かが来るたびに氷紗の後ろに隠れている先輩はよっぽどの人見知りなのか、単なるビビりなのか。それにしても、氷紗も十分身長は小さめなのだが、それにすっぽりと隠れられてしまう先輩はかなり小柄のようだ。そして肩まである髪をポニーテールできれいにまとめている。
一年生が集まると、先輩を中心として部会が行われた。一年生は全員で30名ほど。まず全員分の袴が配られた。ゆがけはみんな自分の使い慣れたものを持ってきているようだった。袴と違って、弓がけは慣れたものでないとどうしても的中に影響が出てしまうからだ。最初は先輩の挨拶から始まった。
「皆さん、弓道部へようこそ、私が部長の服部桃花です・・・。三年生です・・・」
オドオドしながらも先輩は頑張って続けようとしていた。こんな風に話し手が中々話せないときには聞き手が質問をするとよいと聞いたことがあった俺は先輩に質問をしたのだった。
「先輩、弓道部の二、三年生は他にはいないんですか?」
その質問を聞くと、なぜか先輩の顔が泣き顔に段々移り、しだいにはポロポロと涙を流し始めてしまった。いけない、訳が分からないがどうやら地雷だったらしい。
「すみません先輩!何か余計なことを聞いてしまいましたか・・・?」
「いいえっ・・・、グスッ、気にしなくて、いいです・・・。この通り、二年生以上の部員は私一人です・・・。理由は、聞かないでもらえると助かります・・・。」
言われなくてもこの状況で聞ける人はおそらくいなかっただろう。どうやら、深い事情があるらしかった。
そのとき、全員のEOSから通知音が鳴り響いた。確認すると、『新入生テスト【一年生対象】と新学年テスト【二年生以上対象】』といった文面が確認できた。どうやら10分後に始まるらしい。先輩がその文面を確認した瞬間、おえつの音量が増した。そして言うには、
「一年生の皆さん・・・、私は、強くないから、逃げることしかできないから、みんなを、守れない・・・。だから、どうにかして生き延びてほしい・・・」
その嗚咽をかみ殺した言葉に一年生にはざわつきが走った。改めて新入生テストの内容を確認してみると、そこには次のようにあった。
新入生テスト内容:生き延びよ。
新学年テスト内容:各部活動の一年生を死守し、一人でも多くの他部活動一年生を抹殺せよ。手段は問わない。
なお、制限時間は開始から一時間とし、それぞれの課題のクリア状況に応じて学内利用ポイントを与える。
その内容を見て唖然とする。10分後には殺し合いが始まるという事実を受け入れられない自分がいる。周囲も同じ。皆震え上がってしまっている。
「弓と矢はここにあります・・・。できるだけ遠距離を保って、逃げ延びてください・・・」
それだけ言うと、先輩は涙を流しながら飛び出していってしまった。
頼みの綱の先輩は居なく、残ったのは一年生だけ。あふれ出す絶望感。手足が震える。頭がうまく回らない。体にうまく力が入らない。そんな俺に喝をいれたのはやはり氷紗であった。
「にぃ!しっかりして!早く着替えて体制を整えるの!弓の用意をしてっ!」
「なんでお前はそんな風に切り替えられるんだよ!」
思わず氷紗に向かって怒鳴ってしまった。氷紗は一瞬身構えたものの、負けずとして答える。
「だってうずうずしてても死んじゃうだけなんだよ!何にもしないで死んじゃうなんて、そんなの嫌っ!」
その言葉で目を覚まされた。俺は氷紗を兄として守らなければならない。その自覚が急に湧上がってきた。
「ごめんよ氷紗、俺間違ってた。最後までちゃんと諦めないよ」
俺は即座に袴に着替え、腰に矢筒をくくりつける。そのやりとりを見ていた他の部員も目の色が少しずつ変わり、皆戦闘態勢を整え始めた。動きにくい袴は足に合わせて紐でくくり、草履ではなく運動靴を履く。準備は整った。遠距離ならば、どうにかなるかもしれない。そんな思いが浮かんでいた。
開始時刻3分前、弓道場前にでて他の部活動の様子をうかがうと、明らかに野球部が近づいて来ているのがわかった。その時点で、俺は遠距離で戦うということ自体が失策であることに気づく。なぜなら、開始時刻になるまでは戦闘は始まらない。しかし、いくらでも距離は詰めることはできるのだ。おまけに弓道場は学校の角に位置しており、逃げ場はない。
開始時刻1分前、野球部は20メートルも離れていない距離まで近づいてきた。肩に担ぐは金属バット。数人で持つ箱の中には大量の硬式ボール。後方にはピッチングマシン。そのような絶望的な状況になるまで気づけなかった俺たちが悪いのであろう。そしてその野球部員の中から部長だと思われる一人の屈強な男が出てきた。そして俺たち弓道部に嘲笑しながら告げる。
「ようこそぉ、地獄の部高専へ」
開始の合図であるチャイムが鳴り響き、俺たちの戦争は幕を開けた。
いよいよ次話にて戦闘シーンに突入です!
絶体絶命の裕初たちの運命はいかに・・・!?