第五話 騒ぎの後で
翌日、裕初は目覚めと同時にまだ肩に違和感を覚えながらもベッドから体を起こし、軽く伸びをした。時計を見ると既に朝食の時間が迫っていた。裕初は急いで洗顔、歯磨きをすませて、制服に着替えた。ドアを開けるとそこには既に機嫌が悪そうな氷紗が待っていた。
「ゆうにぃ、遅い。時間ギリギリ」
明らかに氷紗はお怒りだった。昨日のこともまだ頭にきているのだろう。だがしかし、裕初は相変わらずであった。
「またまたぁ、そう言いながらも結局待っててくれるじゃんか。なに?ツンデレってやつなのかな?」
裕初は冗談交じりに氷紗をからかうが、その行動は当然火に油をそそぐことになる。その眼帯に隠されていない右目の眼力が数段増し、その瞳の中の怒りの炎はさらに激しさを増した。
「にぃ、もしかしてまっ・・・たく反省していないのかな?ごめんね、お仕置きが足りなそうだね。仕方ないから両方とも肩外そうね?」
氷紗は本気で肩を外しに来た。対して裕初がとった行動は、いつものごとく土下座である。
「ごめんなさい冗談が過ぎました反省してますぅ!」
「にぃ、氷紗が待ってた理由はにぃが一人で何もできないから一緒にいるためだよ?介護だよ介護。勘違いしてないで無償労働の氷紗になにかお返しはないのかな?できないんだったらせめて黙ってて」
くそみそに扱われた裕初はおとなしく氷紗について食堂に向かったのだった。
食事を終えた二人は体育館へ向かった。なぜなら彼らの新しい制服の採寸をしてもらうためである。
部高専の採寸方法は奇抜だ。全身をMRIのようなもので自動採寸した後、3Dプリンターの技術を応用し、生徒にピッタリ合う制服を作り出すのだ。そのおかげで従来の方法と比べて制服の制作にかかる時間が驚くほど短縮され、なんと採寸後15分で制服を受け取ることができる。ちなみにこの技術も部高専の先輩が考え出した発明品である。既に特許も取得し、全国にちらほらと普及し始めているという。
制服ができあがると二人は早速更衣室に行き、着替えるのであった。お互いに着替え終わると見せ合った。
男子はブレザー、女子はボレロの制服である。氷紗はボレロなので簡単に着ることができたのだが、ブレザーである裕初は初めてのネクタイにとまどい、めちゃくちゃな結び方になっていた。
「にぃ、ネクタイがもはやネクタイとして機能してない」
「あぁ、俺もそう思う」
「もう、にぃは何にもできないんだから」
そういって氷紗はいつもポケットに入っているはずのアレで素早く結び方を教えて、いつも通りサポートするはずだった・・・のだが。
「あ・・・、にぃ、今スマホないんだった・・・」
氷紗は顔を青くし、完全にパニックに陥った。
「どうしよう、どうしよう!ネクタイわかんないよ・・・。このままじゃ、このままじゃ・・・」
「落ち着けって、氷紗」
裕初は氷紗を落ち着けようとするが、こうなった氷紗はただのダメ人間である。
「だって、にぃが恥かいちゃうよ!入学式なのに・・・。そんなのやだぁ・・・!」
とうとう氷紗は涙目になり、周りの目も気にせず騒ぎ始めた。困ったなぁと、裕初が頭をかいたそのとき、その人は声をかけてきた。
「もし、なにか困りごとでもあるのかしら?」
腰まで伸びるサラッサラのロングヘアー、その話し方、そしておつきの少女。間違いなくどこかのご令嬢、お嬢様であった。制服のボレロがそこにプラスされ、さらに優雅さが増している。
その迫力に圧倒されながらも、裕初は答えたのだった。
「い、いやぁ、ただネクタイが結べなくて・・・」
「あら、困っていたのはあなたでしたの?それぐらいなら簡単でしてよ。お貸しなさい」
お嬢様にネクタイを任せるやいなや、一瞬のうちに完成してしまった。
「また会うことがあれば、そのときはよろしくお願いいたしますわ。ではまた」
そう一言残すと、彼女はすぐにお付きの少女と行ってしまった。あまりにも一瞬の出来事で、二人はまだポカンとしていた。
「にぃ、誰だろう、あの人」
「さぁ、わからん。けれども、ここに居るってことは特待生の中の一人なんだろうよ」
「でもあんなに目立つ人列車内にいなかったと思うよ?」
そんなことを話していると、気づけばもうお昼の時間である。入学式は午後から始まるので、間に昼食が挟まる。
「そういえば午後には大ちゃんと花撫ちゃんが合格したかわかるね、にぃ」
「あいつらは受かってるよ、たぶん」
あの二人は受かっていると二人はなぜか確信を持っていた。それよりも二人の脳内を支配していたのはあのお嬢様である。突如として現れ、風のように去って行った可憐なお嬢様。
お嬢様について議論しながら、二人は食堂へと戻っていったのだった。
次回は入学式です。激しい戦闘はもう少し先です(笑)