第十話 勘違い
それは、何者の目にも止まらない場所で行われていた実験であった。パソコンなどの精密機器からもれる光だけが暗闇を照らしている。
「・・・今年は新たに三体のCOXを導入、経過は順調なの?」
白衣を着た女が側近の男に尋ねる。
「はい、早速の報告でございますが、サードは完全に覚醒しており、私たちの予想を遥かに上回る結果を出しました。また、セカンドは今回は覚醒せず、通常状態での行動をとっていたということです」
側近の男は淡々と答えた。
「そう・・・ではファーストは?」
「ファースト、一番目は詳しく聞かされておりませんが、我々の予想できない進化を遂げている可能性があります。覚醒状態とも、そうでない状態ともいえないものです。経過観察が必要かと」
「なるほど、やはりそうなったのね・・・。ファーストとサードは我々の創り出したCOXの中でも唯一の完全天然体。何が起こるかわからないわ。気をつけなさい」
側近の男は胸に手を当て、「御意」と答えた。白衣の女はモニターの人影を眺めながらボソッとこぼす。
「さぁ、あなたたちは私にどんなものを見せてくれるのかしら?」
大地の死を花撫から知らされてから、俺は気持ちの整理ができなかった。聞いたときには訳も分からず、何も非がない花撫にやつあたりをして、本当に最低の男だ。花撫はすごい剣幕でやつあたりをした俺を怒鳴りつけていたが、本当につらく、悲しいのは花撫だろう。全員幼なじみの仲だが、特にあの二人は兄妹のように仲が良かった。目を涙で潤ませて怒鳴られているとき、俺はやっと正気に戻ったのだった。
しばらく上の空で過ごしていた。保健室の前にあるソファーで一人で座っていた。花撫たちには「一人にして欲しい」なんて言って。もうどうしていいか分からなかった。
「あぁっ!ダメだダメだ・・・。謝らなきゃ、でもどうしよう・・・」
「何一人でボソボソ言っとるんや、一年」
顔を上げると、そこにはあのときの関西弁が上から覗き込んでいるのであった。
「うわぁ!あのときの関西弁!な、なんだよいきなり!」
俺は驚きのあまり椅子から飛び上がった。俺の驚きに相手も驚き、少し身を引いた。
「そんな驚かんでもいいがな、無意識かしらんけど、自分、そんな拳を握りしめんでもええやん。こんまえのはもう終わったことや」
そう言われ、俺は我慢できず激昂する。
「・・・お前に、幼馴染みが死んだ気持ちがわかるかぁっ・・・!!!」
関西弁の男に一発、また一発と拳を叩きつけていく。が、その男は華麗に全ての拳を受け流しながら言った。
「自分、なんか勘違いしてへんか?」
「へ?」
自分でも間抜けだとわかるような声が出た。関西弁はやっぱりなーといった顔で続ける。
「こん前の新入生テスト、あれは現実であって現実じゃあらへん。・・・自分、仮想現実って知っとるか?脳内だけに現実を見せる装置や。この学校が厳しいもんだとするために、一年にはわざとこのことは教えてないみたいやけどな」
俺はポカーンと口を開けて話を聞いていた。なるほど、わからん。
「うーん、話だけじゃ難しいわな。そや、自分のEOSに行動記録ってあるやろ?試験当日の記録を見てみ?一歩も自分の部屋から動いてないと思うで?」
確かに、確認すると試験当日、俺は一歩も部屋から出ていない。
「この新入生テストを行う理由は、入学試験だけでうまくさばけなかった雑魚をあぶりだすためだとか、いろんな理由を聞くことがあるわ。仮想現実やから、肉体的なダメージが出ることはあらへん。たまーに、ヤバすぎるダメージを食らうと脳が死んだと勘違いして、死にかけてしまう生徒もいるらしいけどな。自分もその一人だったと違うんか?」
そう言われ、よくよく考えてみると折れた腕が三日で治るなんておかしな話だし、言ってることは正しそうだ。
・・・というと?俺の中に一つの疑問が浮かんできた。
「つまり・・・大地は死んでないんですか!?」
「せや。」
関西弁の男はうなずく。その言葉を聞いた瞬間、今まで心を蝕んでいた闇が少しずつ晴れている。思いきりうれしさを叫ぼうとした瞬間、
「__ほんとうなの!?」
と後ろから大きく叫び声をあげた少女がいた。花撫が目を潤ませながら立っていた。いつの間にか、曲がり角から話を聞いていたらしい。氷紗も後ろからのぞき込んでいた。
「本当や。・・・まったく、毎年こんな感じに勘違いするやつらがいるから、あらかじめ教えとけっていうてるのになぁ・・・」
関西弁がため息をつきながら言う。対照的に、今まで心が暗闇に支配されていた花撫は見違えるような笑顔を浮かべながら、関西弁に尋ねる。
「大地は、大地はどこにいるんですか・・・!!!」
それをきいて、関西弁は急に真顔になって答える。
「・・・残念ながらお嬢ちゃん、しばらくは会えないと思ったほうがええで。」
「な、なんで・・・」
せっかく元気になった花撫は、まるで花が枯れていくかの如く元気を失っていく。
「仮想現実で『死んだ』もんは現実では生きているが、もしそれが現実だとしたら死んでいることになるやろ?そんなもん役立たずやってことで、入学は取り消し、学外に飛ばされるそうや。残念やったなぁ」
それをきいて、萎れた花はずっと萎れてばかりかと思えば、そうではなかった。
「・・・つまり、三年待てば会えるんですね!?」
「そりゃぁ、そうやろうなぁ」
関西弁は当たり前のように答える。花撫はひそかに拳を握りしめ、そのままどこかに行ってしまった。後ろ姿からちらっと見えた横顔から見えたのは、満開のひまわりのような笑顔だった。
「・・・なんでぇ、あのお嬢ちゃん、そん男に恋でもしとるんか?」
「へ?」
また俺は変な声が出てしまった。動揺しながら答える。
「そ、そんなことはないはずですけどね・・・」
「・・・せやろかねぇ?」
関西弁はニヤニヤしながら歩き去ってしまった。・・・俺、鈍いのかもしれないな、ってこの時ちょっとばかり思ってしまった。
一人になった俺のもとに、氷紗が駆け寄ってきた。
「にぃ、にぶすぎ」
今気になってることに更なる追い打ちを受け、兄としての面目がたたなくなりそうだ。
「やめて、お兄ちゃんもいま辛いの」
そうなんとかメンタルを維持しながら答えるも、氷紗に「フッ」と笑われ、ガラスのハートは砕け散る。修復不可能。
「ほら、花撫ちゃん追いかけて、ごはん食べに行こ?」
氷紗に引っ張られながら、俺はとぼとぼと歩き出した。
メンタルはボロボロかもしれないが、俺はすごく今安心している。また大地と会える三年後を楽しみに。
一年ぶりの投稿すみません!!まだまだ続きます!!