第一話 新たな世界へ
終点を知らせるアナウンスが流れ、足を踏み外さないように電車からホームへと降りた。周囲の人々にとってみれば当たり前の通勤・通学方法のようであるのだが、少しのことでも緊張して慎重になってしまう。全く、俺は東京のような大都市・交通網とは無縁の生活を営んできたのだ。仕方あるまい。そんな俺のことを気に留めることもなく周囲の人々は一列にきれいに並び、階段へと歩き去っていった。とりあえず列に加わって一度外に出てみよう。この人ごみの中だと息苦しい。
周囲の人々がしているように、俺も券のようなものをゲートにかざすが、反応しない。まずい、このままだと人の流れをとめてしまう。ちらと後ろを見ると、少ししか立ち止まっていないにもかかわらず、大渋滞になりかけている。俺の後ろに並んでいる人々の目が非常に冷たい。居ても立っても居られなくなった俺はいったん列を外れて人々がゲートを通るところを観察することにした。すると、あることに気づくことができた。人々は券のようなものではなくカードをかざしているではないか。
わけがわからなくなったので、駅員だと思われし人にゲートの通り方を訪ねてみることにした。
「すみませぇん・・・」
やけに緊張して蚊が鳴くような小さい声しかでなく、駅員には声は届かなかったようだが、おどおどしている俺の様子を見てニコッと笑い、訳をきいてくれた。ああ、なんて優しいんだ。
駅員にゲートの通り方教えてもらってから俺は大事なことを思い出した。電車に乗る時も一度ゲートを通っているのだ。なぜわからなかったのだ。あまり周囲の人々に俺のような田舎者があわせるべきではないのだろうか。
やっとのことで出口からでると、あれだけいた人々は嘘のように少なくなった。この数分の間にどこにいってしまったのだ。全く、都会って恐ろしいな、人が瞬間移動するんだもん。
はて、何か大事なことをいくつか忘れてしまっているような気がするのだが、なんだっただろうか。
「あ、今日は高校の入学式のために来たんだった」
駅でのパニックで目的を忘れてしまうとは、なんてことだ。よりによって大事な入学式。
自分の情けなさにおぼれていると、後ろから何者かにやわらかいもので頭をたたかれた。
「いたっ」
「絶対痛くないのに痛いとか言わない!」
聞きなれた声が真後ろでから発せられる。あ、もう一つ思い出した。今日は1人で来たのではなく、4人で来たのだった。
「なんでみんなと一緒に降りないで勝手に行っちゃうの!探したんだから!」
甲高い声でうるさい説教が始まった。声の主は七五三田花撫、一応幼馴染である。特徴はその口うるささ、良く言うと、面倒見がいい。バラバラの3人をいつもまとめるリーダー役だ。あとは、平均よりもスタイルが少しいいぐらいだろうか。まぁ、デカい胸には興味がないのであるが、その足の長さと細さだけは評価できるだろうか。手に丸めた地図を持っていることから、さっきはこの地図でたたかれたのだろう。
「うるさいなぁ、駅は始めてでわからなかったんだよ」
「言い訳するな!」
こっぴどく言われてしまった。わざとじゃないのに。そんなに怒らなくてもいいじゃんよ。
ふてくされていると、さらにもう一人の声が飛んできた。
「そうだぞ裕初、迷子になっては大変であろう?まぁ、すでに迷子だったんだけどな!」
ハッハッハと大きな笑い声を出しながら花撫のうしろに立っているのは轟大地、こっちも俺の幼馴染だ。特徴は何といってもその身長だろう。最後に正確に測ったのは中学三年の一学期だが、そのときでも身長が180センチはあった。今でも成長しているように思える。あと、体が今年度から高校生とは思えないほどゴツい。ムキムキである。今にも制服のボタンがはじけそうだ。
大地みたいな身長があればあの人ごみでも目立つだろうなぁ、と妄想にふけっていると、柔らかい何かが俺を抱きしめてくる。
「ゆうにぃ、勝手にいなくなっちゃ、ダメっ」
若干嗚咽をもらしながら俺に抱きついているこの少女は俺の妹、守島氷紗である。特徴はいつも左目にしている眼帯だ。かといって、別に中二病というわけではなく、ごく普通の健全美少女だ。ちょっとした病気を患わっているため、眼帯はしている。小柄な割には脚が長いだろうか、スカートが短く見える。
相当寂しかったのだろうか、氷紗の制服には涙が落ちた跡がいくつも残っている。先ほどの二人とは裏腹に、一気に罪悪感が生まれてくる。慰めないと俺がどうにかなりそうだ。
「ごめんごめん、もう居なくなったりしないよ」
「本当に?」
「ああ、絶対だ」
「絶対だからね!」
なんとか泣き止んでくれたようだ。氷紗は少し寂しがり屋な所がある。子どものころ、氷紗が寝ている間に散歩に行ったことがあるのだが、帰ると起きた氷紗が号泣していて大変だった。今後も気を付けなければ。
実は氷紗は入学式の付き添いとして来たのではなく、れっきとした入学生である。俺、守島裕初と妹の氷紗がなぜ同級生かというと、兄である俺の誕生日が4月2日であり、妹の氷紗の誕生日がちょうど1年後の4月1日であるのだ。つまり、4月1日が誕生日である氷紗は俺の学年と同学年として扱われる。なんたる偶然。
「ところで花撫、俺たちはここからどうやって会場に向かうんだ?」
俺がもっともなことを尋ねると、花撫は自信満々に胸を張って答えた。・・・うん、やっぱり大きい。
「そんなこと調べ終わっているに決まっているでしょう?少し歩いた場所にバスターミナルがあるの。そこにお迎えのバスが来ているわ。部活動高等専門学校専用バスが!」
さすがは花撫、しっかりしている。
「そうはいっても、あんたとひーちゃんは入学が決まっているけど、私と大地はまだ入学が決定したわけじゃないのよ?そこんとこはわきまえてよね!」
そうだった、うっかりしていた。花撫と大地は入学試験も兼ねているのだった。花撫は剣道、大地は柔道の実技試験を受けるとのことだ。まぁ、彼女らの運動神経であれば、不合格ということはまずないだろう。
一応、部活動高等専門学校について説明をしておこうと思う。
部活動高等専門学校、略して部高専。その名の通り、部活動を中心にして過ごす高等学校だ。全国に三校存在しており、東京、長野、熊本の三か所にある。ちなみに俺たちが入学しようとしているのは東京校だ。部高専は名前は高等専門学校であるが、工業高等専門学校など、ほかの高等専門学校のそれとは仕組みが全く異なる。部高専は国立の三学年制であり、全寮制で、入学人数は決まっていない。
入学方法としては、政府直属の審査官の目に留まる必要がある特別待遇入試制度と、自分が最も得意だとする部活動について入学審査員の前でプレゼンテーション・実技・弁論など様々な方法でアピールして、審査員に認められれば入学が許可される一般入試制度がある。筆記試験がないことも特徴的だろうか。
また、部高専は国の全面バックアップを受けているため、設備は常に最新、最良のものである。また、在学者にはお金の面で負担が全くかからず、実質入学金のみで3年間を終えることができる。これも部高専が人気である理由だ。
部高専で嫌な条件といえば、一度入学すると三年間は学校外にでることができないという決まりがある。正月もゴールデンウイークも、お盆も帰ることができない。危篤など、一部例外を除くが。だから入学希望者は合格すれば3年間は両親と会えなくなることを覚悟の上で入学審査を受けなければならない。
そのような条件があったとしても、学費がほぼ要らないことや、卒業すればオリンピック選手や日本代表として世界選手権に選ばれる可能性が非常に高くなるので、入学希望者は絶えない。文科系部活動であったとしても、その設備や学費はやはり魅力的なのである。俺たち4人が部高専に入学を決めたのは、まず俺と氷紗に特待が来たからである。あとの2人は俺たちに便乗しての入学だ。2人はほかに行きたいところはなかったのだろうか。
4人で少しの間歩くと、バスターミナルが見えてきた。大きなバスターミナルで、すでにバスが長蛇の列をなしている。
「これ全部部高専のバスなんだなぁ、たいしたもんだ」
大地が感心したように述べる。確かに、ものすごい数のバスだ。
「花撫、どのバスに乗るんだ?」
「入学会場へのバスと、審査会場のバスと2つに分かれているのよ。だから4人一緒には乗れないわね。入学会場へのバスは1番ゲートのバス、審査会場へのバスは2番ゲートのバスよ。ひーちゃん、裕初をちゃんと連れて行ってあげてね」
氷紗がコクリとうなずき、ガッチリ俺の腕をロックする。あぁ、これが迷子の代償か。
「ハッハッハ、これでもう迷子にはならんのう!気を付けていくんだぞー!」
むう、大地に見事に心を読まれてしまったようだ。
「わかったって、迷子にはならないように気を付けるよ。そっちこそ、絶対に入学しろよな!」
まかせろ、と大地が拳を前に出す。少しは不安はあるが、この2人には合格してもらいたい。
「じゃ、また入学式会場で会いましょう、またね!」
「あぁ、またな」
そういって手を振りながら、彼らは2番ゲートへと歩いていく。俺と氷紗も顔を見合わせてから1番ゲートに向かおうとした時、もう一度甲高い声が響く。
「おーい!バスに乗る時に特待の紙を係員に見せてねー!」
「わかったよー!」
それだけ叫ぶと、彼らは2番ゲートに消えていった。あいかわらず心配性な花撫だ。少しは自分のことも心配すればいいのに。
そうして俺と氷紗は1番ゲートに向かい、係員に特待証明書を見せてからバスに乗った。
「ゆーにぃ、窓際、座ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
氷紗を窓際に座らせて、自分も隣に座る。窓の外を見ると。見送りの保護者が大勢いて、涙を流しながら自分の子に手を振っているようだ。ちなみに、俺たちの母親は居所不明で連絡がつかないらしい。かといって父親がこれるわけでもなく、俺たちの見送りはない。まぁ、気にすることでもないのだが。氷紗はそんなことを気に掛ける様子もなく、バスの緊急マニュアルを読み漁っていた。できた妹だ。
バスが出発してしばらくたつと、窓のガラスが透明から突然黒色になり、外の風景を完全に遮断した。少し驚いたが、周囲は動じていない。どうやら一般的にこの技術は流通しているらしい。氷紗は慣れない都会で疲れたらしく、隣で寝息を立て始めた。
「一緒に頑張って卒業しような」
寝ている氷紗のきれいな瑠璃色の髪をなでながら、俺はボソッと言った。それから俺も氷紗につられて眠りに落ちてしまった。
このときの俺たちは、部高専の本当の姿をまだ、知らなかった。
始めての投稿でドキドキしています。小説を書くことも始めてだったので、至らないところがあるかもしれません。何かあればコメントで注意ください!
まだ話は始まったばかりなので、あまり面白くないと思いますがそのうち面白くなると思うのでしばし読み続けてもらえればうれしいです。
主人公は田舎者だと第一話を読んでわかったと思いますが、その幼少期についてはいつか書くつもりです。楽しみに待っててください。
この小説には核心に迫る伏線を様々な場所に散らせる予定です。細かいところまで覚えてたらヒントになるかも・・・?
第二話は第三話を書き終わり次第投稿します。最低でも一週間以内には投稿予定です。第一話よりは短くなると思います。