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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:1 色味乱
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濃緑

「全員机動かしたかー?」


 教室に響く教師の声に、ざわついていた生徒たちが口々に肯定の返答をする。

 そんな中で約一名、席順の書かれた濃緑の黒板を見つめて声も無く震える人物がいた。


 有り得ない。

 その約一名、奈津は感情のままに掌に収まる小さな紙切れをぐしゃりと握りつぶした。


「嬉しい、奈津さん隣なんだ。宜しくね?」

「…………」


 窓際の一番後ろ。こいつさえ居なければ、素直にラッキーだと喜べたのに。奈津の隣に机を置いて無駄に整った顔で嬉しそうに奈津に笑いかけるこいつ、朔夜さえいなければ。

 ふんふん鼻歌を歌い上機嫌な朔夜をちらりと横目で盗み見て、奈津は密かに溜息を吐いた。


 誰かこの席を替わってくれないだろうか。

 何故か奈津に執着する朔夜。こいつが隣だと何をするか分かったものじゃないと過去の行動の数々を思い出して一人赤面する奈津だが実際、奈津の席を羨ましがるクラスメイトは少なくない。

 目を引く整った顔立ちと持ち前の明るさと話術で男女共に交友関係の広い朔夜の隣とあらば、むしろ女子からの競争率は高い。ただ奈津の交友関係が極端に狭く、またその性格であまり人を寄せ付けないために奈津に席の交換を申し出ることのできた猛者はいなかったのである。





 一方の朔夜は内心の喜びを綺麗に覆い隠し、いつものように群がるクラスメイトの相手をしていた。


「あーあ、あたしが隣になりたかったのにぃ!」

「しかも桐生の隣かよ朔夜、ツイてねーな」

「でも一番後ろなだけラッキーだよ、ねっ?」


 誰だ奈津さんの隣をハズレとか言った奴。殺す。

 口々に朔夜へ声を掛けるクラスメイトは、朔夜がどれだけ苦心して奈津の隣になったのかを全く持って理解していない。

 表面だけ人当たりのいい笑みを浮かべてクラスメイトをあしらい、そっと奈津を窺うと当の本人は関係無いとばかりに小さな口をめいっぱい開けて欠伸をするとぱたりと机の上に伏せた。


 朔夜はそんな奈津のどこか無防備なところも勿論好みなのだが、周りの女子はそうではないらしく。

 一見清楚な佇まいをした一人の女子が、困ったように眉を下げて奈津を見やった。


「桐生さん、折角朔夜くんの隣になれたのに……」


 羨望と嫉妬、それに怒り。私がそこに居たらそんな勿体ないことしないのに、ってところの感情だろう。どこか気遣うように奈津に視線を向けるその女子の奥底を、朔夜は冷めた瞳で観察する。


「くじ引きだしね、仕方ないよ。ほらみんな、授業始まっちゃう」


 言葉と同時に鳴るチャイムと教室に入ってきた教師に内心で感謝する。

 時間切れだと苦笑すると、不満げな声を上げたクラスメイトたちは自身の新しい席へと戻って行った。


 そもそも慰めの言葉からして、朔夜には必要のないものだ。

 内心憮然としながらも教科書を引っ張り出すけれど、それを表に出すことは決してしない。ちらと奈津を窺うと、不意に朔夜の方を見た奈津とばっちり視線が合った。


「…………」

「…………席、替わるか?」





 目が合った瞬間。


 どうしてその一言が口から飛び出したのかと、奈津は頭を抱えたい衝動に襲われた。

 何となく、先程の会話を聞きたくなくて机に伏せていた筈なのに。ばっちり聞こえていたそれに、聞き耳を立てて居たように思われはしないかと気まずさを覚え誤魔化すように視線をさまよわせる。


「彼女は柊の隣の席がいいんだろう? だったら――」

「俺の意志は?」


 替わってこようか。その言葉は、朔夜の声に遮られる。

 視線を朔夜に戻すと、普段怒りを見せたことのないこの男が奈津を見て明らかに不機嫌を露わにしているというその事実に、奈津は少しだけ怯んだ。


「ねえ。わざわざ細工してまで奈津さんの隣になりたかった、俺の意志は?」


 今度こそ驚きで目を丸くする。まさかわざわざ、奈津の隣になるために席替えに細工を仕込むとは。

 ちらりとも考えなかったことを言われて、奈津は内心盛大に混乱した。


「怒ってるんだよ、俺。どうして奈津さんは俺を奈津さんから遠ざけるの。さっきのあの子と俺が仲良くしてた方がいいって言うの」

「あ、の、柊?」

「ねえ、奈津さん」


 笑顔、なのに。

 完全に目が据わっている冷たい氷のような朔夜の笑みは、言葉は。奈津の答えを求めているくせに奈津を完全に拒否していた。


「柊!」


 その声に授業中だったことを思い出してびくりと身を震わせたのは、奈津ひとりだけだった。


「お前、俺の話を聞かねえなんていい度胸じゃねえか。これ解いてみろ」


 ばんと黒板を叩く数学教師を一瞥して微かな溜息を漏らした朔夜は、次の瞬間にはもう悪戯がばれた子どものように無邪気な笑顔を浮かべて。


「俺だって解けますよ、こんくらい!」


 軽い調子でそう言って黒板に向かうと、チョークを手に確実に公式を書き付けていく。

 白い線が増えるたび野次を飛ばすクラスメイトとふざけた会話を交わしながら正しい解答を叩き出し、睨みを利かせる教師を相手に一芝居打って笑わせてから席へと戻ってくる朔夜。


 相変わらず、人の扱いが上手い。

 そんな朔夜を眺めていた奈津は、戻ってきた朔夜になんと言えばいいのか分からなかった。

 ふと合ったアンバーの瞳に勢いづけられるように、息を吸う。


「ひい、ら……」


 かけようとした声は、向けられた背中に阻まれて。

 朔夜から初めて向けられた明確な拒絶の意志に、奈津は自分がどうしようもなく混乱するのをはっきりと自覚した。

初のデレ無し回!書いてて吃驚!

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