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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:3 色番外
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薄桃


お久しぶりです、こんばんは。

バレンタイン編、ぎりぎりセーフです!(よね?)




 笑顔で圧力をかけてくる朔夜に連れられての登下校に、奈津がすっかり慣れたころ。当たり前のように手を取られることも受け入れていた奈津は、高校から少し離れた路地で不意に朔夜の手を離した。

 どうしたのかと奈津を見る朔夜の目の前に、今日1日ずっと出番を待っていた、小さな紙袋を突きだす。かさ、と音を立てるそれを無言で見下ろした朔夜に、奈津はぐいぐい紙袋を押し付けた。


「やる」


 茶色の紙袋の中身は、当然、奈津がこの日のために用意したものである。それが分からない朔夜ではない。驚いたように目を見開いて、けれどすぐに、ふわりととびきりの笑みを浮かべた。


「くれるの? 嬉しい」


 いそいそと受け取って中を覗きこむ朔夜に、居たたまれなさそうにそっぽを向く奈津。端から見れば完全に初々しい高校生カップルそのものの姿に、ふたりは当然のように気がつかない。


「……手作りだから、味は保証しかねる」


 朔夜なら、もっと美味いものをもらっているだろうし。何時もよりも膨らんだ朔夜のリュックを見ながら告げる奈津に、朔夜は今度こそ、驚きを露にした。


「手作り、奈津さんが」


 繰り返す朔夜にこくりと頷く奈津の、離された手を再び取って。ずんずん歩きだす朔夜に、もつれそうになる足を慌てて動かした。


「これ、今食べたい。奈津さん今日、特に予定なかったよね?」

「ない。けど、どこに行くんだ」

「前に噴水を見に行った公園なら座るところもあるし、ちょうどいいかなって」


 繋がれた手はしっかり指先が絡められた、恋人繋ぎである。普通に手を繋ぐよりも近くなる距離に引っ張られて、奈津はどうしても朔夜に身を寄せるように歩いてしまう。 けれどそこから伝わるわずかな熱に居心地の好さを見出だしてしまった自分が、なんだかとても恥ずかしい存在のように思えた。


 朔夜が向かったのは、以前奈津が連れられて、天使の奏でるマーチを見に行った公園だ。公園に入って迷いなくベンチを確保する朔夜を横目に、奈津は持っていた鞄を置いた。

 さっと手で払ってからベンチに腰を降ろして、朔夜の様子を伺う。雑な手つきでリュックを下ろした朔夜は、奈津の渡した紙袋を大事そうに膝の上に載せていた。


「開けていい?」

「……好きにしろ」


 分かりやすい期待の眼差しに、耐えられなくなって視線を逸らす。奈津に対して真っ直ぐに感情を向けてくる朔夜はどうしてか、いちいち幼子のような無邪気さを振りまいてきて奈津には全く手に負えない。

 じんわりと頬が染まったのを自覚して、奈津はますます居たたまれなくなった。


 奈津は何事も、そこそこ器用にこなす方である。それが例え、経験のなかったものであったとしても。

 もちろん、お菓子作りにもそれは適用されていて。小箱を開けた朔夜が黙ったままでいることに不安を覚えた奈津が、声をかけるよりも早く。すっと顔を上げてこちらを見た朔夜は、心底驚いたような顔をして中身を持ち上げた。


「ほんとに手作りなの、これ」

「これでもちゃんと、教本通りに作ったんだ」

「そうじゃなくて。すごいキレイだから驚いた」


 奈津が作ったのは、ココア生地のフロランタンである。この男のことだから、チョコレートは十分過ぎるくらいにもらうだろうと思っていた。だからこそ、チョコレートではない別のものを、と考えたのだ。ココアを使ったタルト生地に、ほんのり苦めのキャラメルとアーモンドスライスを載せてこんがり焼き上げた、今現在での奈津の精一杯のクオリティーで。

 初心者でも反省と応用を繰り返せば、なんとか形になるものである。何度か試して納得のいったものを包んできたフロランタンは、元が器用な奈津が作っただけあって、売れそうなくらい完成度の高いものになっていた。


「いただきます」

「……どうぞ」


 律儀に手を合わせた朔夜の隣で、落ち着きなく視線を迷わせる奈津。ひとに自分の手で作ったものを渡すだなんて初めてのことで、それが好きな人となればその緊張は尚更だった。包みを剥いでから齧りついて、もぐもぐと頬を動かす朔夜の横顔を盗み見る。

 教本通りに作った、味見もした。だから不味い筈はないのに、それでも不安になってしまう自分が余計に気恥ずかしくて、奈津はどうしても朔夜を真っ直ぐに見られなかった。


「奈津さん」


 反射的にぱっと朔夜を見た奈津の口に、散々味見をして馴染んだ味が広がる。それがフロランタンを食べさせられたのだと理解するのに、数秒を要した。


「すごく美味しい。ありがとう」


 朔夜のアンバーの瞳が、光を反射してきらめく。瞳の中に時折浮かぶ黄金の色が、奈津はとくべつ好きだった。


「どういたしまして」


 ほろ苦いフロランタンを飲み込んで、奈津は朔夜の顔を見上げる。

 いつも朔夜に甘やかされている自覚はある。全て分かっているから大丈夫、みたいな顔をされるからこそ、バレンタインデーにはもっと、奈津が態度と言葉で示そうと思っていたのに。結局いつもと変わらないことに気が付いて、奈津は小さく唇を噛んだ。


「いつも有難う。……好き、」


 朔夜、と呼び掛けて。精一杯を絞り出して告げることのできた言葉に、奈津は大いに満足した。


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