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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:3 色番外
25/27

湊鼠-5

こんばんは。


湊鼠、最終回です!



 

「ふたりと何話してたの」


 カラオケ店の前でたむろするクラスメイトたちから、少し離れて。

 問いに対してふいと顔をそむける奈津は、質問には答えないものの、律儀に約束を守ってじっと朔夜のかたわらに立っていた。

 奈津は一度決めたことや交わした約束を、後になって翻すようなことはしないと知っている。今どき、きちんと約束を守り通す高校生なんてそうはいないだろうに。難儀な生き方をしているとは思うものの、そこも奈津の魅力のひとつなのだ。


「別に、大したことは話していない」


 少ししてから思い出したように落とされた言葉と表情に込められた感情は、少し機嫌が良い時のそれで。口元に小さく笑みすら載せる奈津に、心配していたようなことにはならなかったとほっと息を吐く。

 奈津は自ら来たいと言ったけれど、奈津にクラス内で親しく会話するような友人がいないことはお互いに分かっていた。だからあまりそばを離れたくなかったのに、実質クラスの中心人物となっている朔夜がクラス会に来て盛り上がらない訳にはいかない。


 朔夜は結局、奈津にすら気を遣われて中心の輪へと押し出されたけれど、実際はずっと残してきた奈津のことが気がかりで仕方なかった。奈津に近づいて行った能登と七瀬は奈津に比較的好意的だと知っていたから気にしておくに留めていたけれど、もし悪意のある人間が奈津に近づいていたらと思うと心臓に悪い。

 クラスメイトたちの悪意に晒されても、平然と言い負かすくらい容易いであろうことは想像に難くない。しかしそれと朔夜が奈津の心配をするのとは全くの別問題なのである。

 けれどクラスメイトたちは二年も終わりの時期になって急に朔夜と親しくし始め、ぐっとその存在感を増した奈津の扱いをいまだ決めかねたままのようだった。


 それは朔夜が投げられる問いのことごとくをきれいに受け流していることもあったし、奈津に注目が集まりそうになるとさりげなく逸らしたりしていたりといった地道な行為から来ているところもあった。


「それならよかった」


 もうすぐクラス替えしてしまうとは言っても、奈津がクラスメイトたちと交流することはいいことだと思っている。思っているのに、なんだか面白くないのも事実であった。

 例えるのなら、自分だけに懐いていた野良猫が、他人にも撫でることを許していたと知ったような気分。それが何の感情なのか知ってはいたけれど経験はなかった朔夜は、自分の狭量さに呆れるばかりだった。

 そんな自分にもやもやしつつも奈津を見れば、ばちりと目が合う。真っ黒な双眼は不思議に透き通っていて、朔夜のこのくだらない嫉妬の気持ちも見透かされてしまいそうな気がした。

 反射的に奈津の目許を手で覆ってしまってから、朔夜は深くため息をついた。


「朔夜?」


 視界を遮られたままの奈津は、それでも大人しく朔夜の手のひらを受け入れている。その姿に何故か、朔夜に対し厚くて高い壁をつくっていたころの奈津を思い出した。

 朔夜を決して近寄らせまいと、頑なに距離を取って壁をつくって、まっすぐに叶わない想いを抱いていた奈津。興味を惹かれて接してみれば、奈津は強いように見えて脆さと危なっかしさを抱えていた。それでも必死に弱さを隠そうとする奈津の、愚直なまでのまっすぐな姿に、朔夜は愛おしさを感じたのだ。


「俺を置いていかないでね」


 奈津の強さを知っている。例えそれが強がりであろうとも、奈津は強くあり続けるだろうということも知っている。

 だからこそ、分かってしまう。

 朔夜に少しだけ心を開き始めた奈津は今までの頑なな雰囲気が薄らぎ、ぐっと話しかけやすくなった。今はまだ、周りの人々が躊躇っているけれど。きっとこれから朔夜以外の人間に接する機会が増えるだろう。

 そうなったとき、朔夜よりもいい男が奈津の前に現れる可能性を、朔夜は否定できない。


「急にどうした」


 朔夜の手をどかして見上げてくる奈津は話の脈絡のなさに怪訝そうな顔をする。それに対してにっこり笑みを浮かべた朔夜は、ごくごく自然な動作で奈津の手を取った。

 クラスメイトの前だと慌てる奈津に、そんなの今更だと言ってやればぐっと黙り込む。


「……奈津さん、可愛いから心配になる」


 それだけ言って肩口に頭を埋める。奈津がどんな顔をしているかは見えないけれど、きっと赤くなっているであろうことは分かる。繋いだ手の力を少し強めれば、戸惑ったように力の抜けた奈津の手も一拍置いて再びきゅうと握られた。そんな些細なことでも、奈津には随分ハードルが高いことを知っている。

 

 それだけで、今は十分幸せなのかもしれない。

 我ながら単純だと思いつつも、朔夜は繋いだ手を引いてそっと、クラスメイトたちの前から姿を消した。



お付き合いいただきありがとうございました。



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