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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:2 色燦々
20/27

虹色


「奈津さん」


 柊朔夜が、桐生奈津の“恋人”になってからしばらく。

 笑顔なのに目は笑っていないという、有無を言わさぬ笑みを浮かべる朔夜を目の前にして。

 静かに、しかし確実にざわめく教室内の空気に、奈津はここがどこであるのか考えろとか、いくらなんでも学校を出てからにしろとか、言いたいことをぐっと飲み込んだ。


 この顔をした朔夜に何を言っても無駄なことは、これまでのことでさすがに学んでいる。だけどさすがに教室の中でもこんなことしてくると思ってはいなかった。

 

 奈津はせめてもの抗議として、無言のまま朔夜へと手を伸ばした。


 いままで誰のものにもならなかったこの男は案外、恋人はとことん甘やかす質だったらしい。

 乗せられた手をゆるりと絡め、朔夜は上機嫌に歩き出す。繋がった手のひらは、まるでそれが当然のように恋人繋ぎである。

 肩と肩のふれあう距離に、奈津は落ち着きなく身震いした。






 朔夜はあの日から、教室だろうとどこだろうと当たり前のように奈津を呼ばわり、奈津がそれに応じれば毎回必ず嬉しそうに笑うのだ。

 純粋に自分だけに向けられる好意と、それと同じ種類の気持ちを朔夜に抱いている自分に違和感を抱くと同時に面映ゆい気分になるのは、何も今に限った話ではない。


 相変わらず端正な面立ちをしている男は、ゆったりとした足取りで歩いていく。

 高校から10分と少し歩くと見えてくる、これと言った特徴もない公園にふらりと立ち入る朔夜に繋いだ手を引かれて、奈津も足を踏み入れる。


「何で公園なんだ?」

「たまには、公園デートでもしてみようかと思って」


 したことないでしょう、とはにかむ朔夜に、奈津は無言で頷いた。

 そもそもデートだって、朔夜としたのが初めてだ。それが分かっていてなお訊ねてくる朔夜は、どうやら奈津の初めてがもらえることが心底嬉しいらしい。

 人に無断でキスまでしておいて、何を今更。

 そう思わないでもないが、柔らかく細められたアンバーの瞳に見つめられると、もう何も言えなくなるのがふたりの間の常となっていた。


 最近になって上機嫌に揺られる尻尾すら幻視できるようになった朔夜に、奈津は内心首を傾げる。

 この男は、こんなに分かりやすかっただろうか。


「公園デートって、何するんだ」


 ぽろりと零れる奈津の素朴な疑問に、朔夜は繋いだ手にかるく力を込めてきた。無言のまま先に進もうとする朔夜に、奈津は足を止める。


「……」

「…………」


 お互い無言。微笑む朔夜と無表情の奈津。ぐぐ、と力の込められる腕と足が、ふたりの攻防を生々しく物語っていた。


「行こ、奈津さん」

「質問に答えを貰っていない」


 お互い譲らずに笑みを浮かべるその様は、端から見たら和やかなカップルそのもの。ふたりの間に流れるピリピリした空気に気がつく者は、午後のゆったりした雰囲気の公園内には存在しなかった。


「時間がないんだけどな」


 困ったように眉を下げて告げる朔夜に、奈津もまた困惑して動きを止めた。今日は特にお互い何も予定はなかったはずなのに、時間がないとはいったいなんのことなのか。そう首をひねった奈津の手が再び引かれる。

 奈津は手を引かれるまま、大人しくついて行くことにした。





 朔夜が足を止めた先は、公園の片隅にある小さな噴水だった。

 中央の台座を三羽の天使が囲んでいるデザインの噴水はこぢんまりとして可愛らしい。それぞれラッパをかまえる石膏の天使たちは、いまにも動き出しそうなほど精巧につくられていた。


「……朔、」

「時間だ。見て」


 朔夜に声をかけようとしたのを、静かな声で前を見るよう促される。もう見たと思いながらも再び噴水に視線を移せば、小さな噴水はさっきとはまるで違う姿になっていた。


 ころん、と鈴が鳴り、奏でられる明るいマーチ。

 高く噴き上がる水の糸。

 天使たちのかまえるラッパから、次々と生まれるしゃぼん玉。

 虹色のしゃぼん玉が太陽を光を反射して、きらめく水の糸に星屑のような虹の影を落としていた。


「よかった、間に合って。奈津さん、こういうの好きそうだったし」


 見透かされていた好みにどきりとする。わざわざ自分の好みを言ったことはなかったのに、朔夜はたった数回のデートと奈津の持ち物を鑑みたうえで、すでに奈津のおおよその好みを把握しているらしかった。


「間に合わないって、これのことか」

「そ。ひと月に一回、三時から」


 よかった、喜んでくれて。そういって奈津を見る朔夜の目は、いつも決まって奈津のことが好きだとまっすぐ告げてくる。

 いつまでたっても慣れないそれにじわじわと熱の昇る顔を隠そうと俯いた奈津は、繋いだ手に少しだけ力をこめた。


「……あり、がとう」


 普段なかなか口から出せない奈津の本心には、朔夜の極上の笑みが向けられることを、奈津はもう知っている。

大変お待たせいたしました。

今回もお付き合いいただきありがとうございます!


今月で「アンバーの瞳」本編は完結の運びとなります。

詳しいことは活動報告にあげさせていただいたので、お時間ある方はぜひ。


次の投稿から「アンバーの瞳」番外編となります。


尹茅

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