透明
※朔夜視点でお送りします
奈津はいつもガラス球のようにからっぽな瞳でアイツを見ていた。
彼女は自分がそう見えているって、気づいていない様だったけれど。
柊朔夜が遊びに誘ってくる女の子たちを躱して下駄箱を出ると、見慣れた桐生奈津の小柄な背中を脇の植え込みの近くで見つけた。一点を見つめて微動だにしないその背中にそっと近寄って、勢いよく抱きつく。
朔夜は彼を見る奈津の、何も見えていないような昏い瞳がどうしようもなく嫌いだった。
「なーつさん。とうとう寂しくなった? なら俺とつきあおーよ、超優良物件だよ」
「……柊か。放せ、付き合わん」
「嫌。奈津さん可愛いから無理」
一瞬だけ強張った身体。直ぐに朔夜だと気付いたのか、振り返らずに憮然とした声で文句を口にする。
可愛い。
アイツに気づいたからこうやって抱きついたって、気付いていない訳が無いのに。
奈津はそうやって、必死で知らない振りをするのだ。
「まだ見てるの?」
細い肩に頭を落として奈津を見上げ目を合わせると、一瞬だけ息を詰めた奈津はそのままじいっと朔夜の目を見つめた。
奈津の瞳が朔夜を映す。
奈津が朔夜の目を気に入っていることを知っている。嬉しくて思わず笑うと、我に返ったのか慌てて目を逸らされた。
「卑怯な奴」
「奈津さんにそう行って貰えるなんて嬉しいな。俺のこと、よく分かってる」
奈津は朔夜の本質に気付いてる。
それがこんなにも心地いい。
「ね、だから俺に堕ちてきて? 大事にするよ」
「……いらん。帰る」
返事が遅れたってことは、少しは揺れてくれてるのだろうか。そんなことを思いながら、朔夜の腕の中で抜け出そうと動いた奈津を再び抱き込んだ。
「待って奈津さん、これ貸してあげる」
自身の首に巻いていたマフラーを奈津に巻き付ける。驚いた顔で朔夜のマフラーに巻かれるその姿に、ちょっとだけ征服欲が満たされたり。
「要らん」
「ワガママ言わない。寒いの苦手なのに、なんで何もしてないの」
顔を出そうともがく奈津があんまり可愛いから。
だからつい、苛めたくなってしまった。
「見たくないものは、見なくていいんだよ?」
的確に奈津を抉るだろう言葉を放ると、奈津は思った通りに分かりやすく身を竦めた。
未だマフラーに隠された大粒の瞳には、透明な雫が溢れて煌めく。慌てて涙を拭う奈津はやっぱり可愛くて、頬がだらしなく弛むのが分かった。
「……っ、ふ、」
「かっわいいなあもう! なんでそう、弱いとこ突くと急に脆くなるかな」
「…………」
乱暴に拭ったせいで目尻を赤く染めて朔夜を睨む潤んだ瞳には、朔夜の姿が映ってる。
「好きだよ、奈津さん。俺が隠してあげる。代わりでもいい。だから俺にしな?」
黙って唇を噛んで俯く貴女に、全部言ってしまおうか。
不毛な片想いなんてやめればいい。
あんな瞳をするくらいなら、ずっと俺を見ていればいい。
アイツは絶対、奈津さんのモノにはならないんだから。
ああ、でも。
一番言いたいことは、こんなことじゃなくて。
「大丈夫、俺は側にいるよ」
朔夜が一人で悶える様子が書きたかった。