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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:2 色燦々
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濡羽


 気がつけば、唇をふさいでいた。


 驚いて見開かれる奈津の瞳を、ほぼゼロ距離で見つめ返す。どこか甘くすら感じられる柔らかな唇を名残惜しく離して、男──、朔夜は、にこりと微笑んだ。


「やっと言ってくれたね、奈津さん?」


 小首を傾げてそう問えば、呆然としていた奈津ははっと瞳をまたたく。そうしてきっと朔夜をにらむ姿に、余計に煽られた。

いつも凛としている奈津の、上気した頬に熱く潤んだ瞳。そんな状態の奈津が睨んでいるつもりでも、朔夜にはむしろ甘く見つめられているようにしか感じられない。


「俺のこと、好きだって」


 ただでさえ、ずっと待ち焦がれていた言葉をもらえたばかりなのだ。言われたばかりの言葉を反芻して声音に滲む、隠しきれない喜色に、奈津は気づいているのかいないのか。

 ふいと目を逸らす仕草は、朔夜の言葉を否定も肯定もしない。意外と照れたり恥ずかしがったりする奈津にはこれが精一杯の肯定だと知る朔夜は、よりいっそう笑みを深めた。


「おいで」


 離した途端に朔夜から大きく距離をとった奈津に、手のひらを差し伸べて催促する。犬猫を呼ぶようにひらひらを手を振れば、奈津はわずかに唇を噛み、警戒するようにさらに後ずさった。


「おいで、奈津さん」


 奈津の視線が、朔夜のアンバーの瞳に吸い寄せられているのが分かる。どうやら奈津は殊の外、朔夜の珍しい色合いの瞳が好みのようで、こうして見つめると必ずと言っていいほど見ほれている。それがどれだけ嬉しいか、奈津に告げるつもりはないけれど。

 愛しい存在に眼を細めれば、奈津はじりじりと近づいてきた。渋々、本当に渋々と言うように朔夜の手の上に載せられた小さなそれを、柔らかく握りこむ。逃げようと思えば簡単に振り払えるそれを、奈津は黙って受け入れた。


「好きだよ」


 小さい身体を抱き寄せれば、朔夜の胸までしかない身長の奈津は当たり前のようにすっぽりと、朔夜の腕の中に収まった。無言で頭をもたせかけてくる奈津に、意地の悪い嗜虐心がわいた。


「奈津さんは?」


 敢えてそう確認すれば、奈津は力を抜いてもたせかけていた頭をばっと上げて朔夜を見上げてくる。大きく揺れる瞳は分かりやすく言葉にするのを躊躇っていて、内心にんまり笑う朔夜は無言で奈津の答えを促した。


「……す、き」

「じゃあ、付き合ってくれるよね?」


 盛大に目を逸らし、絞り出すようにして答えた奈津に、さらに畳みかけるように声を重ねる。すいと手を延ばして、無言で肯いてしまいそうな奈津の細い顎を捉えた。

上からのぞき込めば、目を逸らすことのできなくなった奈津がはくはくと口を開閉させていた。いつもなら強い光を湛える双眼は溶けてしまいそうなくらい潤み、つやつやと光る濡羽色をしていた。

 なんとか朔夜の手をはがそうと朔夜の腕に両手をかけた奈津。何かに気がついたかのようにはたと動きを止めて、少し思案するように眉を寄せた。


「……朔夜が、好きだ。だから、付き合ってくれ」


 真っ直ぐに落とされた言葉は、想像以上に甘い。言うだけ言ってさらに恥ずかしくなったのか、一気に赤くなった奈津は解放されようと朔夜の腕にかけていた両手に力を込めだした。


「奈津さんさ、本当はあいつ(先輩)のことなんて、好きじゃなかったんじゃない?」


 むしろ奈津のあの態度だと、恋慕よりも憧れの色が強いように思える。それはきっと、朔夜の勘違いではない。思わず口をついて出た言葉に虚をつかれたように目をまるくする奈津は、無言のままに首をかしげた。


「だって、あいつと俺じゃ態度が違いすぎるでしょう」


 確信を持ってそう問えば、はっとしたような顔をした奈津はじゃあ、と声にならない掠れた声をあげた。


「今までの先輩への想いは、何だったって言うんだ」


 朔夜ですらあれは恋だと錯覚していた、その感情は。


「……憧れ、かな。いちばん近いものは」


 だって、あいつにはこんな顔は見せないでしょう? 確認するように問えば、幼い子どものように素直にこくりと頷く。


「でも、先輩を見て、ドキドキした」

「奈津さん、自分で思いこんじゃったんじゃないかな。好きな人をみたらこうあるべきだって考えに、身体が反応したとか」


 良くも悪くも真っ直ぐな奈津は、自分でも気づかないうちに直人のことが好きなのだと思いこんでしまったのではないか。それが朔夜が導き出した、一番考えられる可能性だった。


「じゃあ私は、憧れを美化してたってことか?」


 呆然とつぶやくその姿に、一途に思い続けていた彼女を見ていた朔夜も苦笑する。こんな簡単なことを見落として躍起になるなんて、朔夜もまだまだ人を見る目が甘いのか。


「よかった、俺を好きになってくれて」

「分かっていたなら、最初からそう言えばいいだろう!」


 朔夜が最初から気づいていたらしい、と勘違いした奈津の涙目の抗議を、朔夜はふわりと微笑んで誤魔化した。


「奈津さんの初恋をもらえたことが、嬉しくて」


 甘くささやけば、奈津は一瞬にして黙り込む。

 案外照れ屋な恋人の姿に緩む口元を、朔夜はそっと覆い隠した。

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