黄金
大変お待たせしました!
みなさまよいお年をお過ごし下さい~!
──頭を、上げられない。
感情の赴くままに柊朔夜に抱きついた奈津が、我に返って最初に思ったことはそれだった。
とくとくとリズムを刻む心臓の音にだんだんと動揺が落ち着いてきて初めて、奈津は自分がなにを仕出かしたのか気がついた。
奈津は実のところ、想い人であった直人の本質が朔夜と同じ類のものだったということよりも、本質を見抜くことができずに直人に片想いをしていた自分自身に一番驚いていた。そんな自分が情けなかった。
恋をしていたはずなのに、恋の相手すらきちんと見られていなかった自分は、きっと初めての恋に浮かれていたのだ。
その事実が、いちばんのショックだった。
だからあのとき、朔夜にすがりついたのだ。すがっても大丈夫だと、弱いところを見せても大丈夫だと、何の根拠もなしにそう思った。
ぐだぐだと後付けですがる理由を探していた奈津は、顔を埋めた朔夜の胸元からかすかに香るグリーンノートに落ち着いてきた鼓動がどくどくと瞬時に跳ね上がるのを感じた。同時に、かっと頬が赤く染まる。
朔夜にときめいているという事実が、奈津をさらに動揺させた。
「……奈津さん?」
結果、それらを隠そうとさらに強く顔を埋める奈津に、無言のままされるがままになっていた朔夜がついに疑問の声を上げる。反射的にぱっと腕を放してしまった奈津は、思わずそうして後悔した。
薄暗がりに、見上げたアンバーの瞳がきらめく。
閉められたカーテンのすき間からこぼれる、一筋の光を反射して黄金に染まるそれに、奈津は知らず息を詰めた。
奈津の赤く染まる頬も、揺れる瞳も何もかも、朔夜はそれらひとつひとつをじいっと見て、そうして──、吹き出した。堪えきれないとばかりに肩を震わせて笑う朔夜を見て呆然とする奈津に、笑いの収まらない朔夜はやたらと嬉しそうに笑いかけて。たったいま離れたばかりの奈津は再び、腕のなかに抱き込まれた。
「あーもう、何でそんなにかわいいかな」
奈津がぎゅうぎゅうと力の込められる腕に抵抗できないのをいいことに、朔夜は首筋へ頭を埋めてくる。ふわふわ揺れる髪に首をくすぐられて、奈津は悲鳴を上げた。
「待てっ、朔夜、くすぐっ、っ!」
身をよじると、朔夜はますます面白そうに喉の奥で笑い声をたてる。朔夜の頭をぐいぐい押してもびくともしなくて、それどころか初めて触れるふわふわの茶髪から香る落ち着いたかおりに、奈津はおおいに抵抗する気力をそがれた。
「好きだよ」
耳元で低く囁かれた言葉に、腰がくだけそうになる。がくりと膝からくずおれそうになったところを、腰を支えられて受け止められた。
そうして力なく身を預けた奈津に、くつくつ笑う男の態度や言葉ははちみつのようにとろりとして、ただひたすらに甘かった。
「卑怯、だ」
やっと言えたのはそれくらいだった。どうしたって頬に熱がのぼるのを押さえられないし、目の前の男から視線を外すことができない時点で、奈津は朔夜に囚われている。
だから初めから、諦めて寄りかかってしまえばよかったのかもしれない。
「でも、助かった。……ありがとう」
朔夜に礼を言ったことなどあっただろうか。気恥ずかしさから思いっきり目を逸らして呟いた奈津に、朔夜はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして」
するりと頬を撫でる指先がむず痒くて、落ち着きなくあちこちを見る奈津は、そんな自分を朔夜がじいっと見下ろしていることに気づいていた。それでも顔を上げるのは気恥ずかしくて、うろうろ視線をさまよわせる。
そうして、こっちを見ろと言いたげな無言の視線に耐えること数分。我慢ができなくなった奈津は、思い切って顔を上げた。
途端に、かちりと合う視線に深く引き込まれた。
朔夜の端正な顔立ちは見慣れたもののはずなのに、まるで違ったものにみえる。奈津のうしろの窓から射し込む光にちらちらと照らされる朔夜のいつもの軽快さはなりを潜め、不思議にしんと透き通った凪いだ気配をまとっていた。
朔夜は奈津を待っている。
それこそ、奈津が直人を見ていたときからずっと。
『覚悟してて。言わずにはいられないようにしてあげるから』
不敵に甘く笑った朔夜の顔は忘れていない。
それは今だと言うのだろうか。
言ったらきっと、奈津のなかのナニカは変わる。
「朔夜、」
瞬く瞳の神秘的な色に、もしかしたら奈津ははじめから囚われていたのかもしれなかった。




