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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:2 色燦々
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飴色

「お昼、一緒に食べよう?」


 こて、と首を傾げて此方の様子を窺う朔夜に、既に席を立ち上がりかけていた奈津はぴたりと動きを止めた。

 ありありと拒否の色を滲ませる苦い顔の奈津に全く頓着せず、朔夜は嬉しげに頬を弛ませて奈津の机へ身を寄せる。


 この間の一件以来、目に見えて朔夜の機嫌がいい。

 珍しく何の含みもない純粋な笑みを浮かべ、背景に花を飛ばして鼻歌でも歌い出しそうな勢いの朔夜に、奈津は思わず身を引いた。


「……許可した覚えはない」

「奈津さんお弁当なの? いいなあ」


 奈津の拒否をさっくりと無視して、朔夜はもとから隣である席をますます寄せて奈津の取り出した弁当箱をのぞき込む。

 その満足気な顔は、どうやらクラス中に衝撃を与えたらしい。


「あの、朔夜くんっ。一緒にお昼、行かないかな、なんて……」


 普段とは異なるざわめきの中。おずおずとふたりの席のある窓際の隅までやってきた一人の女子が、意を決したようにぱっと顔を上げて朔夜を見た。気弱そうに下げられた眉や縮こまるような態度は可愛らしいとしか表現しようがなくて、存在をまるっと無視された奈津は思わず感心した。


 名を秦野というその女子は、この前の席替えの件で奈津がまさしく朔夜の隣の席を譲ろうとしていた人物その人で。先日も奈津の席に座り、頬を染めて朔夜と談笑していた秦野はどこからどうみても、朔夜のことが好きなのだろう。


 けれど朔夜の微笑みが僅かに固まり、その笑みが仮面へと塗り替えられる瞬間を、奈津は見逃しはしなかった。


「ごめんね、秦野さん。俺、奈津さんと食べるから」

「そっ、か。ごめんね、急に誘っちゃって」


 断られるとは微塵も思っていなかったらしい秦野の、控えめながらも隠しきれない自信を滲ませていた笑みは、朔夜の言葉にぴきりと音を立てて固まった。


「でも、朔夜くん。桐生さんに迷惑なんじゃないかな……。ね、桐生さん?」


 それでも諦めず、あくまでも基本的に一人で行動する奈津の迷惑になるから、という建前で朔夜を連れだそうとする。

 ちらちらと朔夜を見上げる秦野を席から見上げ、次いで奈津に視線を向けた朔夜の瞳は全く笑っていなかった。口を開きかけた奈津に、喋るなとばかりに咎めるような視線を向けた朔夜は、そのまますぐに秦野に向き直る。


「……そうだね、迷惑かな」


 同意の声にぱっと顔を輝かせた秦野は、次いで響く朔夜の平淡な声にはっきりと、笑みの浮かんだ顔を強ばらせた。


「俺がここにいたいからいるって、分からない?」

「さっ……、柊!」


 今まで誰の誘いも笑みを浮かべて対応していた朔夜の明確な拒絶。その意志を真っ直ぐにぶつけられたことに衝撃を隠せないらしい彼女は目を見開き、さっと顔色を変えた。


「……ご、めんね、無理に誘っちゃって」


 無理をしていることが丸わかりの笑みを浮かべ、決まり悪げに緩くパーマの当てられた飴色の髪を弄る秦野の瞳には、今にも溢れんばかりの涙の膜が張っている。そのことに誰よりも早く気づいているはずの朔夜は、いっそ残酷なまでに優しい笑みを浮かべた。

 見ていたくなくて、さっと逸らした視線の先では朔夜の友人である青葉がひとり、藍色の瞳を細めて楽しそうににまにまと笑っている。完全に傍観者に徹して高見の見物をする青葉に、それでも朔夜の親友かと言ってやりたい思いを押さえきれない奈津は恨みがましい目を向けた。


「俺こそ、断ってごめんね。無理に声をかけないでもらえると嬉しいかな」


 そうしているうちに秦野にざっくりとどめを刺した朔夜にぎょっとしつつ、黙っていられなくなった奈津は慌てて口を挟む。

そもそも、奈津は朔夜と昼食を共にすることを許可していないのだ。

 

「待て、柊」

「朔夜、って言ったじゃん。奈津さん」


 にこりと口角を上げて笑う朔夜の瞳は何故か据わっている。ぞくりと嫌な予感のした奈津は渋々朔夜の言葉に従った。


「さ、……朔、夜、私は別のところで、」

「やだな奈津さん、移動したいなら早く言えばいいのに」


 ここぞとばかりにきらきらしい笑顔を見せて奈津の言葉を遮り、朔夜はさっさと席を立つ。その手には自分の分だけでなく、小さな奈津の弁当箱もちゃっかり握られていた。


「ほら奈津さん、早く行かないと場所、埋まっちゃうよ?」


 さあとばかりに差し出された手のひらに、遠巻きに奈津たちの様子を窺っていた女子たちから声にならない悲鳴が洩れる。それを分かっていてやっている朔夜の腹の中は、さぞかし真っ黒に違いない。


「……一人で行くと言っている」


 差し出された手のひらを叩き落としてから弁当箱を奪おうと手を伸ばす。それを見越していたらしい朔夜は無駄に高い身長を生かし、弁当箱を持つ手をひょいと奈津の頭上に掲げた。

 当然届く訳もなく、宙を掻いた奈津の手をもう片方の手で難なく捕まえた朔夜は、硬直する奈津の手を引いてずんずん進んでいく。


「意地張らないの」


 隠しきれない好意の色が滲む朔夜の甘い声を最後に、教室の扉はぴしゃりと閉じられて。

 後に残されたクラスメイトたちの呆然とした顔を見回し、傍観に徹していた青葉は小さく口笛を吹いた。


「これから騒がしくなりそうだ」


 ぱくりとパンを頬張った青葉の呟きは、動揺と混乱の最中にあるクラスメイトたちに届くことはない。

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