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アンバーの瞳  作者: 尹茅
story:1 色味乱
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桜色

「それでね、朔夜くん! ……」


 月曜日、朝。

 教室の中で和やかな会話が交わされる中のとある一角、窓側の一番後ろには、奈津と朔夜の席が隣同士で並んでいる。

 既に席に着いていた朔夜の隣の奈津の席には今、控えめにちょこんと腰掛ける、奈津の席を羨ましがっていた女子の姿があった。

 頬を桜色に染めて口角を上げ、きらきらと瞳を瞬かせて朔夜に話しかけるその姿はどこをどうとっても朔夜に好意を抱いているようにしか見えない。けれど嬉しげに話しかけるその女子には、朔夜の表情は見えていないのだろうか。

 張り付けられたような微笑を湛える口元に、柔らかに細められた瞳。一見和やかに談笑しているその風景も、朔夜の中身を知る者にとっては決してそうは映らない。


「おはよ、桐生さん」

「……? お早う、宮代」


 教室のドアをくぐってすぐ。その光景を見て席に着くわけにもいかず、どうしたものかとその場で悩んでいた奈津の背後から、クラスメイトの宮代青葉の声がかかった。

 奈津は基本的にクラスメイトと積極的には関わらない。それなのにどうして声なんてかけてきたんだろうと訝しげに青葉を窺うと、自席にリュックを置いた青葉はちょいちょいと奈津を手招きする。


「俺さ、朔夜から聞いちゃった」

「……何を」


 大人しく寄っていった奈津の耳元に顔を寄せ、囁くように口にする。内心驚いた奈津はそれでも、青葉は朔夜の中身を知っているのだろうかと体を離して視線を上げると、悪戯っぽく目尻を下げて笑う青葉の顔があった。


「俺さ、てっきり朔夜には好きな子なんて出来ないと思ってたから、応援してあげたくなったんだよ。桐生さんには迷惑かもしれないけど、応援されて欲しいの」

「それは私に、柊とつき合えと言ってるのか?」

「直球だね、そこまで強制的じゃない。それは朔夜が頑張る事だし。俺はちょっとしたきっかけ作りに勤しむだけ」


 飛び出た言葉は朔夜の内面を知ってのもの。

だからよろしくね、と手を差し出して屈託なく笑う青葉の勢いに呑まれた奈津は何となくその手を取った。途端に、その手をぶんぶん力強く振られる。


「でも、私は特に何をするつもりもないぞ」


 じんじんする手を労る奈津のじっとりした視線に全く堪えた様子を見せない青葉はきょとんとしてえ? と不思議そうな声を上げた。


「仲直りは?」

「……!」


 ぐっと言葉に詰まった奈津をまじまじ観察して頷いた青葉は、何かを思いついたかのように未だ奈津の席へ座っている女子と話す朔夜へと視線を投げる。


「よし、じゃあ早速きっかけ作りをするとしよう。桐生さんも、このまま気まずいのは流石に嫌でしょ?」

「それはそうだが……何するんだ?」

「俺といちゃつくだけの簡単なオシゴト。ちょっとだけ大人しくしてくれれば釣れる」


 藍色の瞳を楽しげに光らせた青葉は何でも無いことのようにさらりと告げて、奈津の腕を引く。不意の力にそのまま青葉の方へ引き寄せられると、青葉の両腕は奈津の体を抱き留めるように回され、耳元で小さく囁かれた。


「朔夜の前で俺のこと、青葉って呼べな」


 教室中が、今まで何の関わりも無かったはずの青葉と奈津が仲睦まじげにしているという異様な光景に、水を打ったように静まり返る。涼しい顔をした青葉は何が起きたのか把握しきれていない奈津を腕の中に閉じこめ、興味津々という目を二人に向けるクラスメイトたちへ咎めるような視線を送った。

 途端、一斉に顔を逸らしてまた元のような賑やかさに包まれる教室。それでも、時折ちらちらと送られる視線に青葉が満足げに微笑むと、ようやく目的の人物が動きだした。


「青葉」

「おう、朔夜! もう秦野はいいのか?」


 いつものような明るさの中に、ほんの少しだけ混ざる焦りの声音に気づく者はどれだけいるのだろうか。そんなことを考えて内心ほくそ笑む青葉は、上機嫌の笑みを浮かべて朔夜へと向き直った。


「ああ、うん。……それより、どうしたの」


 歯切れの悪い返事を返す朔夜の視線は、先程まで話していた秦野という女子へ少しだけ向いて、直ぐに未だ青葉の腕の中で大人しくしている奈津へと戻る。教室の中で素を出すことの出来ない苛立ちを含んだ瞳が、厳しさを持って青葉へ向けられた。


「ん? ああ、奈津・・のこと? 仲良くなったんだよね、俺ら!」

「あ、ああ。青葉」


 同意を求めるように覗き込んできた青葉の双眼は、奈津が否定することなど許さないとばかりの光を放っていて。 言われたように青葉の名を呼んで頷いた奈津を、青葉は再び抱き込んだ。


「へ、え。そうなんだ」


 一瞬だけ詰まった声に釣られて朔夜の顔を見上げると、そこには誰にでも優しい人気者の“柊朔夜”ならば絶対に見せない、感情を削ぎ落とした表情が浮かんでいて。

 すぐさま笑みを貼りつけた朔夜はそれだけ言うと、チャイムの音と共に踵を返して足早に自席へ向かっていく。


「お疲れ、桐生さん。行ってらっしゃい!」

「なんか余計に悪化してないか、宮代」

「……そんなことないだろ、ダイジョブダイジョブ!」


 同時に腕を解いて、有無を言わせずぐいぐいと奈津の背を押し出す青葉の棒読みの台詞に内心不安を覚えながらも、奈津は朔夜の隣の席へと足を踏み出した。


「俺、朔夜に殺されないといいなあ……」


 後ろでぼそりと呟かれた物騒な言葉は、奈津の耳には届かない。


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