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9 神子

 ウピリさんから「お休みになってください」と言っていただいたので、おとなしく椅子に腰かけていました。


 それでも雷鳴が響くたびに、何度も飛び上がってしまいそうになります。人間だった頃より、雷の音がとても苦手なのです。幼い頃には布団にくるまって両耳を手で塞いだものでした。


 さすがに両耳を手で塞いだりはしませんが、雷が鳴るたびにドキッとするのはなかなか治りません。


「ウピリさん、まだでしょうか」


 窓の外を眺めていると、ひとりごとがこぼれ落ちていきます。ますます雷が勢いを増してきたように思います。


 その時、窓に黒い翼が貼りつくのを見ました。コツコツと音がしてきます。窓に押しつけたつぶれた鼻はウピリさんです。ウピリさんが翼の先にある爪で窓を叩いていたのでした。


 わたしは窓を開け放ち、ウピリさんが入ってくる前に腕を伸ばしました。そのまま、引き寄せてぎゅっと抱きしめます。


「ちょ、ちょ」


「ウピリさんっ」


「まっおうさま!」


「だって、怖かったんです」


 ウピリさんはつぶれた鼻で何度も呼吸を繰り返しました。それでも、わたしを突き放したりはしません。したいようにさせてくれました。


 ようやく心が落ち着いてきて、1つの疑問が浮かびました。


「それで、ウピリさん。何の用ですか?」


「ああ! そうでした! まっおうさま! 会議です!」


「会議ですか?」


「ええ! 今から会議です。さあ、急いで参りましょう」


 ウピリさんはバルコニーに落とした服を持ってくると、わたしに着るように言うのです。それは胸やお尻を強調させるようなぴったりとした服でした。布よりはマシですが、太ももが露出しています。ブーツが膝上まであって、相当歩きにくいものでした。


 ウピリさんはまた、わたしに足に掴まるように言いました。もう抵抗や遠慮も感じることはなく、細い足に自分の身を任せました。


 魔王のお城の会議室では様々な種族の方たちが顔をそろえていました。しゃれこうべの方、牛の頭を持つ方、大蛇の方、目玉だけの方、椅子に座れるだけ座っていました。


 なかでも、奥の方にある背もたれが異様に長い椅子には誰も座っていません。おそらくは魔王の席なのでしょう。椅子の隣には止まり木があって、ウピリさんが一足先にそこにぶら下がりました。


 遅れてわたしもみなさんの視線を感じながら、奥の椅子へと腰をかけました。会議はわたしが席に着いたことではじまったのです。


「もう一度、魔王軍を率いて人間どもを打ちのめすべきだ!」


 牛さんが鼻息を荒くさせながら言いました。


「それは無理だ。圧倒的に数が足りない」と、しゃれこうべさんが骨を軋ませながら意見します。


「シカシ、イマ、タタケバ、ニンゲン、シヌ」


「シャー」


 目玉さんと蛇さんは牛さんと同意見のようです。


「だが、あれだけいた魔王軍を打ちのめした人間どもに今の我々の力が通用すると思いますか?」


 冷静な声で諭したのは、わたしの隣にいたウピリさんでした。確かに、圧倒的に数で勝っていた魔王軍を壊滅させたことは無視できません。うかつに攻めこんで返り討ちに合えば、こちらこそ滅亡の未来が待っているでしょう。


「では、何もせず、指をくわえて待てと言うのか!」


「ソウダ!」


「シャー!」


 牛さんが席を立ったことで反対派のしゃれこうべさんも立ち上がりました。ふたりがにらみあうと物騒な気配がします。


「少しは冷静になれ。ここは魔王さまのご意見も聞こう」


 しゃれこうべさんの提案で、すべての視線がわたしに集中しました。いったん、牛さんとしゃれこうべさんも座って話を聞く姿勢になってくれました。こうなってしまった以上、わたしも決断しなければなりません。


「わたしは今、人間を攻めることは得策ではないと思います。ですから魔王軍はいったん解散します」


「しかし!」牛さんはやはり否定的です。


「みなさんに聞きたいのですが、なぜ、わたしたちは人間を滅亡させようとしているのでしょう? 人間を滅亡させて人間界を占領したとして何が残ると言うのです? 焼いた大地はきっと魔界と同じように荒れてしまうでしょう」


「人間は憎い。生まれたときからそう教えられた。戦うために生まれたのだと、魔王さまに教えられたのだ。それを今さら、違うと否定するのか? 俺は認めん!」


「牛さん」


「牛さん? 俺か?」


「ええ、あなたです。わたしは前の魔王とは違います。ほら、衣装も違いますし。魔王が変われば方針も変わるのです。ですから、わたしは魔界を素晴らしい国にしたいと思います。あなたたちが大地を愛することができたならば、人間を滅亡させたあとも、荒れ地を美しく変えられます。わたしに力を貸してくれませんか? 牛さんもしゃれこうべさんも同じく、わたしには大事な存在なのです」


 わたしが言い終わってしばらくは誰も口を開きませんでした。言ったあとで魔界のみなさんが同意するはずがないと思いました。


 案の定、牛さんは「とんだ腰抜けだ」とののしり、しゃれこうべさんは「理想論では無理だ」と吐き捨てました。彼らは次々と会議場から姿を消していき、残ったのはわたしと、ウピリさんだけになりました。


「ウピリさん、わたしまずいことを言いました?」


「ええ、でも」


「はい?」


「わったしは、不思議と、そうなったらいいなと思いました」


「ウピリさんっ」


 またしてもウピリさんに抱きつこうと構えたのに、すでに彼は宙に浮いていました。とらえきれなかった腕が恥ずかしいです。


「まっおうさま。たとえ今いるものたちに反対されてもくじけてはいけません」


「でも、みなさん、いなくなっちゃいましたし」


 会議は大失敗です。それだというのに、ウピリさんは落ちこむ表情はしません。


「あなたはまっおうさまですよ。まっおうさまはわったしたちのような魔物を産み出せるのですよ!」


「えっ、そうなのですか!」


「ええ。そうすれば、あなたに忠実な手下を作ることも可能です」


 まさか、わたしが魔物を産み出せる、おかあさんになれるだなんて嬉しくなってきました。


 だって、神子であったときは結婚はできないと知らされました。神子は人間とは違うのだと長老に教えられたのです。そのため、子を持つのも無理だと思ってきました。諦めてもいました。


 ですから、魔物だとしても嬉しいのです。わたしの子どもを、この空を切った恥ずかしい腕で抱けるのですから。

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