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其の弐












若槻の家へと赴いていた火車が央の元に戻ってきたのは次の日のことだった。火車の気配を感じた央は、いつもより少し早い時間に店を閉め従業員を帰した。家へと向かえば、疲れ切った火車が家鳴たちに遊ばれていた。本来火車の方が力は上なのだが、どうにもこの家に住む家鳴たちは怖いもの知らずばかりが集まるらしい。



「火車、ご苦労やったな。で、どないやった若槻の家は」



疲れ切っている火車に自分の力を送り回復させつつ若槻の家の様子を尋ねた。



「主殿、あの家は…呪われている」



忌々しげにそう言葉にした火車は、若槻の家で見たことを話始めた。

座敷童に案内され店へと向かった火車は、例の絵を見つけるなり禍々しいものを感じたらしい。絵からあふれ出るそれは確かに座敷童の力に影響を与えていたらしく、隣に立つ座敷童の力が央の元に居た時よりも弱っていることに気付いた。幸いにして影響するのは若槻に所縁のあるものだけのようで火車の力には問題がなかったが、本能が此処に長居してはならないと告げたらしい。

火車は悪しきものの正体を探ろうと自身の妖気を絵に向けたところ、火車の火の属性にあぶり出されたかのように正体の一部を現したという。何でも火車は今までに見たことのないものだったらしく、自分や座敷童などとは違った力を感じたそうだ。



「違う力、か。それで、呪いとはどうゆうことなんや?」

「あれは妖ではない。妖でなければ我の知る限り悪しきものは呪い。それ以外のものなど在りはしない、違うか?」

「うーん…、そういうことか。とりあえずご苦労やった。しばらく休んでええから」

「それではお言葉に甘えて休ませてもらう。久しぶりに呼ばれたのだ、最後まで我は力になる」

「おおきに」



火車の式を解けば、その場に残ったのは式札のみで音も無く燃えた。

火車の話を聞き少し考え込むように腕を組む央に、家鳴たちは顔を合わせ首を傾げながら同じように腕を組み始めた。恐らく何も考えていない家鳴たちの姿に思わず央は苦笑した。家鳴たちに菓子を与え散らせば再び式札を取り出し朱音に連絡をする為に式を飛ばした。何もなければそのうち朱音が訪ねて来る。それまでに火車の話から何かヒントを得なければならない。

火車は妖ではないという。火車も何百年とこの地に住む妖であるから、知らない妖が居るとは考えづらい。気配が妖ではないというのであれば、確かに呪いであると考えるのが妥当だろう。

しかしそうであれば一体誰が呪いを掛けたのだろうか。少なくとも呪いを掛けられるような人間が自分の知らない関係で京都にいるという話は聞かない。今では妖や呪いの存在を認める者が少なくなってきていることは事実だ。第一、そのような力を持つ者が居れば何かしらの連絡が都守の家に入ってくるはずだ。念のために京都全体に探索用の式を飛ばし、呪いを掛けた痕跡が無いか調べておく必要があるかもしれない。そう思っていると下から自身を呼ぶ朱音の声が聞こえてきた為、央は意識を頭の中から戻した。



「朱音、お前少しは恥じらいっちゅうもんを持ちなさい。いつもいつもそんな短いもん履きよるからに」

「アキくん煩いわ、お父さんみたいなこと言わんといてよ!この位のショーパンなんてみんな履いてるやない」

「お前、此処に来るまでに不審者にでも襲われたらどうすんねん。ほんま、心配させんなや」



だったらアキくんが迎えに来てくれたら、などと文句を言っている朱音を尻目に央は式を飛ばし始めた。十六方位に式を飛ばし終われば朱音にお茶を淹れる。朱音にも先ほどの火車の報告を伝えれば、混乱した朱音は四肢を投げ出して倒れた。頭を使うことが苦手な朱音は頭がいっぱいいっぱいになるとするのがこの癖だった。

倒れこんだ朱音は近寄ってきた家鳴と戯れ始め、央は溜息を吐く。朱音を呼んだのは間違いだったかと肩を落とす央に向かって朱音が一言呟いた。



「アキくん、明日予定空けてくれへんかな?いっそのこと、アキくんが若槻の家に行った方がええと思うよ?明日うちの着物見るとかなとか理由付けて一緒に行けばあっちかて変な警戒せんと思うし」



確かに、このままだと情報が足りないのは確かなことだ。かといって、都守の人間が突然訪れれば警戒されるのもまた事実である。都守の家には贔屓の店がある為そうそう別の店を訪ねることはない。若槻の家は都守ではなく、夏八木の家の贔屓であった為朱音が居れば不審に思われることはないだろう。もっとも、央を都守の当主であると知っていればの話ではあるのだが。

朱音の提案に乗ることを決めた央は従業員たちに連絡を取り、自分なしで営業するように伝えれば夏八木の家にも連絡をした。夏八木の当主である朱音の父親に朱音を借りること連絡する必要があった。可能性として朱音の巫女としての力を借りる必要があるかもしれないからだ。快諾を得れば朱音と待ち合わせの時間を決めた。



「着物仕立てるようなこと、なんかあるんか?」



既に成人式を済ませている朱音である為、振袖は必要ない。かといって、普段は動きやすさを重視する朱音は着物を着ることはほとんどない。



「来年にはうちもお店立たなあかんし、今から練習せな店でよう使われへんもんうち」

「自覚はあんねんな、自覚は」



老舗和菓子屋を営む夏八木の家は格式が高いことで有名だった。和菓子屋には珍しく、一見さんお断りの店であり昔からの馴染みのみの商売を貫いている。それでも店の経営が順調なのは、職人たちの腕の良さの一言に尽きる。仕上がる和菓子は芸術とも呼べるほど美しく、夏八木の和菓子でもてなすことは最上級のおもてなしとさえ言われる。

そのような店では当然に店に立つ者も店に見合うだけの品格を兼ね備える必要がある。今の朱音はよく言えば天真爛漫、悪く言えば自由奔放である。もちろん小さい頃より礼儀作法は徹底的に躾けられているのだが、普段が普段だけにいつボロが出るかわからないのだ。



「明日はアキくんも和装にしてな?うちも和装にするから」

「わかった。明日は家まで迎えに行くから待っとくんやで」



朱音に護衛用の式を付け見送れば、ちょうど探索の式が戻ってきた。どの式の報告も呪いの痕跡はなかったというものであり、いよいよ謎が深まってきた。

















「いってきまーす」



翌日、朱音を迎えに行き若槻の家へと向かう央は桧皮色の訪問着でいつもより落ち着いた印象だった。普段から着物を着ている央だが、やはり店で着ている物より幾分か良い物を着れば見栄えが違う。

一方の朱音はと言えば、着物を着れば普段とは別人のようでどことなく品がある。躑躅色の訪問着は若々しい朱音のイメージによく似合う。久しぶりに見るその姿に、一瞬見惚れた央だったが朱音に気付かれないうちに顔を逸らした。


そうこうしているうちに若槻の家に着き、お互いの顔を見合わせ店の中へと入って行った。入れば店主が気付き声を掛けに来る。挨拶を済ませゆっくりと店内を見る朱音は着物を選び、央はあくまでも付き添いであると店内を好き勝手に見て回る。時折朱音にこれはどうかと意見を求められれば、もっと落ち着いた色が良いだのと注文を付け店にいる時間を延ばす。もっとも、朱音自身も目的は分かっている為あえて似合わないような色を選んでいるのだが。



「これは。呉服屋さんには珍しい…」

「ええ、これは専務がお持ちに」



ようやく目当てのものを見つけた央は、近くにいた店員に声を掛けた。店の雰囲気とは異なり現代美術で、どことなく浮いている。確かにそれと分かればその正体を探ろうとじっと見つめる。感じるその力は央の知っている妖の気ではなく、しかし同時に呪でもなかった。しかしその禍々しさわずかながら絵から漏れ出ている。

ちょうど近くに来た朱音に目配せすれば、朱音は小さく頷きある反物を持ってくる。それは綺麗な紅梅色で朱音によく似合いそうだった。央も肯定の返事をし、仕立てを頼んだ。会計は都守に送ってくれと伝えれば、それを聞いたであろう店主が二人の元にやって来た。



「都守の若様でしたか、これは失礼しました。夏八木様もご紹介くだされば良いのに」

「あら、すみません。央様は今日は付き添いで来て下さったもんやから。それに都守やって私が言うと怒らはるんよ」

「いや、僕が初めに挨拶しなかったもんやから。改めて、都守の当主の央です。当主言うても名前だけですから、そないして頂かんでも」





挨拶を交わし朱音が仕立ての採寸をしている間、央は店主に接待されていた。

店主、若槻 一貴は座敷童が好くのもわかる程に人が良いのが伝わってきた。その人柄に央も絆されてしまいそうになった。代々続く店を継いでいくことはお互い大変だ、などという話をしているうちに二人の男性が近くに来ていた。どうやら息子二人らしい。



「ご挨拶が遅れました、長男の一寿です」

「次男の進二です」

「ご丁寧、都守の当主やらさしてもらってます、央です」



長男は体格が良く長身で、次男も長身ではあるが細身で二人の印象は対照的だった。例えるなら長男は立役、次男は女形だろう。聞けば二人どちらも央と同年代であった。



「実は、若槻屋さんにお願いがあるんです。そちらに飾ってはる絵なんですが、お借りできませんか?いや、えらい現代的でええなぁ思いまして。うちの店にも絵を置こうと考えてますんで、参考にさせて頂きたいんです」

「気に入ってくれはりましたか。僕もええもんやな思って社長に頼んで飾らせてもろたんです」



そう話す進二はどこか褒められてはしゃぐような印象だった。

絵を借りる算段がついたところで朱音の採寸も終わった。包んでもらった絵を持ち二人は店を後にした。












「なぁ、よかったん着物。うちアキくんに強請るつもりなかってんけど」

「ええんや、前祝やから受け取ってもらわな。都守からの祝いはあれだけになってまうやろうけど」

「あれだけって、ええ生地やし仕立ててもらうんやから結構な値段やん。大事に着させてもらいます」



店を後にした二人は近くの甘味処に入り休んでいた。二人してあんみつを注文し仲良く食べていれば、朱音から着物のお礼を言われた。央としては顔つなぎとして連れて行ってもらっているお礼も兼ねていた。確かに金額が金額なだけに懐が痛くない訳ではないのだが、それでも可愛い幼馴染もとい可愛い妹のお祝いである。そうそう安い物を渡す訳にはいかない。

預かってきた包みをテーブルに置けば、朱音にもその気を感じとってもらう。央同様禍々しい気を感じた朱音は思わず顔をしかめた。今は、と央は用意していた札を包みに貼り付け周りに害が無いよう簡単に封じた。



「なんなんやろ、この気。でも家族には被害出てないみたいやし、あくまでも影響が出てるのは経営面だけなんかな?座敷童の力でそこまでに封じ込めてるってこと?」



朱音の言うように、先ほど会えなかった当主の妻以外の人間は少なくとも気の影響で弱っている感じは見て取れなかった。絵を持ち込ん進二にも弱っている感じは特になかった。座敷童の力は確かに強いが、果たしてそれだけなのだろうか。それ以外にも何かあるのではないだろうか。



「もしかして対象は店だけなんか?だとしたらなんでや…?とにかく、帰ったら調べてみんとわからん」






また一つ謎が増えてしまった央の前には、気持ちとは対照的にあんみつを食べ笑顔が零れる朱音がいた。




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