Day:Ⅸ
問答の連続、青年の答え
楽しかった日々に留まりたかった
学校祭が終わり、後夜祭が始まる前。
一通りの片付けを終わった俺は安達に連れて来られるまま、空き教室にて向かい合う。
前にもこんなことがあったけど、今はまた違う。
「で、何だよ用って……」
気まずい、なんてことはもうない。
安達は悩み事があるような気がしていたから、それを打ち明けてくれるんじゃないかって程度。
難しく考えずにただ、安達の答えを待つ。
「荒木は隠し事、してるよね」
その答えはいつも唐突だった。
確かに、している……誰にも言えない秘密を。
「そ、それは……」
「いいよ、別に無理して言わなくても。
何となくだけど、分かる気がするから」
焦っているのは間違いないが、安達は受け入れてくれている。
もしかすれば、本当のことを話しても安達はすんなりと理解する。
馬鹿だから。
なんて、思うのは最低かもしれないが、それが安達なんだ。
馬鹿だから……常識にとらわれない。
「あの噂は本当なんだよね」
「……あぁ、実在する。
それでも彼らは人間だと、俺は思う……!」
「……そっか」
そのコロシガミが俺なんだ。
でもさ、俺は……人間だ。
あんな化け物みたいな死神を倒してきたけど。
俺は一度たりとも、人間をやめたつもりはない。
口では言わなくても、安達にはもうバレバレだ。
ここまで来たなら、全部言うべきなんだろうけど。
でも……ごめん、安達。
お前まで巻き込みたくはない。
答えはない。
それでも、彼女は受け入れる。
何でもかんでも。
誰かの為に悩んでくれて。
誰かの笑顔を見るために騒がしくて。
誰かと一緒に傷ついて。
俺みたいな友達を持って、大変だな……安達。
同情するよ……俺も昔、そういう連中といたから。
いつの間にか、答えないまま俯いていた俺の一歩前まで彼女は近づいていた。
「な、なんだよ、そんなに近寄ってきて……」
いつもだったら。
俺にタックルか頭突き。
……お前との至近距離っていい思い出がねぇな。
なら、いつも通りに来いよ。
そしたら、気が楽になりそうだ。
待ち構えるように全身の筋肉に力を入れた瞬間。
安達は……抱きついた。
いつもとは……違う。
華奢な身体で、力の入っていない。
ただの、抱擁。
「あ、安達……?」
「私ね……荒木が好きだよ」
「そ、それって……」
友達として、か……?
安達の真意が分からない。
俺のことはダダ漏れなのに。
俺はお前のこと……分からないままだ。
十秒にも満たない簡単な抱擁は解かれ、少し下がった安達はいつもの笑顔でいた。
「じゃあ、後夜祭いこっ」
「お……おう」
何事もなかったように俺を引っ張り出す。
お前と出会ったときから。
全てに絶望していた俺を救ってくれた。
あの一人ぼっちの暗い部屋から手を差し伸べたのはお前だ。
だから、まだお前と一緒にいたい。
答えはないけど、いつか……そのときは話したい。
そのために全部解き明かすよ、この世界のこと。
充実していた学校祭の分、後夜祭も充実していた。
校庭の真ん中でキャンプファイヤーをあげて、その周りでフォークダンスを踊る。
不器用な狻雄のダンスに周りは笑い。
無我夢中の安達に俺は引っ張り回され、もはやダンスにすらなってない。
その姿に橋本は笑って、北穂は危なっかしくて怒っていた。
こんな日常に俺は感謝する。
コロシガミでよかったよ。
「ただいま……」
夜遅くの帰宅。
後夜祭の後片付けもあり、いろいろと大変で。
肉体的にはコロシガミの力もあって全然余裕だが、精神的にキツイ。
正直、もう眠い。
「おかえりなさい。
ご飯は?」
「……後で食べるよ」
珍しく、俺の帰りを待っていたのか玄関先にいた母さんの姿に多少驚いたが、声をかけづらい。
前々からそうだったが……今日のは違う。
事実を知ってしまった。
それだけが俺の行動を躊躇させる。
顔を見向きもせず、空っぽな返事をして二階の自室に戻る。
……駄目だ。
いつからかクシャクシャになった俺の資料を再度見直した。
“荒木は二つの家族、一つは生まれる直後に消え、もう一つは預けられてから”
“なお、荒木の性は同一性ではあるが血縁関係はない”
つまりは、荒木の苗字は同じだけど本当の荒木家は消えている。
今いる場所は、偽物……。
父さんも、母さんもそれを知っているはずだ。
けれど、それを聞いてどうするんだ……?
ベッドに横たわり少しだけ瞼を閉じる。
少しだけ、思い返す。
安達に空き教室で好きだと言われたとき。
「答えは……聞かないから。
荒木はいつもの荒木のままでいてね」
それでいいのか?
本当に何も聞かないでいいのか……?
トントンと聞こえるノック音で目を覚ます。
疲れた身体をベッドから起き上がらせて。
ここ数年は聞かない音に戸惑いつつも、ドアを開ければ母さんがいた。
「憂、ちょっといい?
話があるの」
それは俺から聞くべき話題なのに。
俺の様子から察したのだろう、母さんから切り込んできた。
断る理由もなく、自室に入れて二人きりで対峙する。
「あなたは私たちの本当の息子じゃないわ」
残酷な一言。
その一言があまりにも新鮮だったし、既に知っていた俺は受け入れている。
「知っているよ。
今日の学校祭に政府の人が来たから」
「……そう。
あなたの出生を偽ったことについては謝ります、ごめんなさい。
ただ、忘れないで。
血のつながりではなく、家族のつながりだということを。
私もそうだし、お父さんもそう。
私たちの関係は家族よ。
あなたがどんなに失敗しても、それを責めたりしない。
何かを犠牲にして頑張っている息子のことを応援するわ」
……そんな風に、思ってたのか?
初めて知った家族の想いに揺れ動く。
はじまりも、ここだ。
コロシガミになったのは、この家族の死を受け入れられなかったから。
あの時も、そうだ。
俺はこの人たちが大切だ。
死を受け入れられないほどに。
「ありがとう……母さん」
この言葉も初めて言えた。
今まで本当に感謝してる。
孤児の俺を拾ってくれて。
ここまで成長させてくれて。
反抗期ばっかで親孝行も出来ない皮肉れた息子だったけど。
この家族で良かった……。
「でも、どうして今まで隠していたんだ……?」
「……あなたの誕生日は分からなかったの。
そこで出会った日を誕生日として、18になったら真実を全て明かす約束で政府から孤児のあなたを預かった。
けれども、政府は全てお見通しだったのね……さすがは日本を背負っているだけの力はあるわ。
もしかして、あなたの本当の親まで教えなかった?」
「いいや……本当の両親は、虚偽の祭典で消えたよ。
政府から渡された資料にそう書いてあったから」
「ごめんなさい……掘り返すことを聞いて」
「別に、今の親は母さんや父さんだ。
この資料に書いてあるだけの両親なんて分からないし、実感も湧いてこないから気にしてない」
今更としか思っていない。
俺の場所はここだし、自分の事情が他人事のようにしか考えていない。
出会った当初から俺の事情を知っていたわけではなかった母さんたちはそれでも受け入れてくれたんだ。
その事実だけで全部許せる……。
「……たくましくなったわね、憂。
もう少しで18になるからかしら?」
「そりゃあ……母さんたちの息子だからだよ」
こんなにも気恥ずかしい台詞を軽々と言ってしまう自分は変わっていた。
コロシガミになってから、嫌なことだけじゃない。
周りの人たちと話せるようになった。
一人しか知らなかった俺に見せてくれたんだ。
安達も、橋本も、北穂も、狻雄も……家族も。
誰かを知るということがこんなにも素晴らしいことなんだ。
「今日はそろそろ寝るよ。
いろいろとあって疲れた……」
「そう、ゆっくりと休みなさい。
また明日があるんだから」
微笑んだ。
俺も、母さんも。
偽物なんか、どこにもない。
俺たちは、家族だ。
心配してくれて。
育ててくれて。
見てくれて。
「なぁ、母さん」
「なーに?」
ドアを閉めようとした瞬間。
「ありがとう」
もう一度だけ、言った。
「……それはこっちの台詞よ」
閉まる音は静かに響く。
ドアの向こうで鼻をすする音が微かに聞こえて、俺は嬉しくなった。
泣かせてごめんな、母さん。
『本気ですか……?』
『やりなさい、拒否はいらないから手を動かして』
『はい……!』
『フェイズZEROを開始する』
「ふああぁ……」
余程疲れていたのか、睡眠はバッチリだ。
むしろ、寝過ぎたといった感覚で身体はかなり軽い。
普段ならリビングに来る前から朝食の良い匂いがするんだが……今日は、しない?
「母さん?」
リビングに着いたときには、何もなかった。
朝食の準備が何もされていない。
母さんの調理姿が見えない。
父さんの新聞を読む姿も、妹の準備する姿も見えない。
普段通りが……何一つとしてない。
現状の異変に気付いた俺は家中を探し回る!
両親の部屋、妹の部屋、物置部屋、和室、トイレ、風呂……家の中を探しても誰一人としていない。
「なんで、誰もいないんだ……?」
おかしすぎる……!
整わない呼吸を落ち着かせようとリビングの椅子に座ったときに、ふと気づく。
テーブルにあった一枚の紙。
そこにある薄いだけのものが、途轍もなく重たいものに感じる。
恐る恐る紙を掴み、紙に書かれていた文字を見る……。
「何だよ、これ……何なんだよ?!!」
絶句した。
その紙は書き置きだった。
母さんの字。
そこに書かれていたのは、たった一言。
“さようなら、愛しい息子”
紙を握りしめ、時間を見れば。
既に登校時間は過ぎて、昼。
こんなときに俺は何を呑気に寝ていたんだ……!
「学校……学校に行けば、みんながいる……!」
遅れるという気持ちが閃かせた。
そうだ……学校に行きさえすれば、先生たちに相談して公共機関と問い合わせれば……!
急いで支度を済ませて家を出た。
「そ、んな……」
外に出た途端に膝が震えて尻餅をつく。
ドアを開ければ、そこは別世界。
いつもの光景が赤く染まる。
家に、公園に、ビルに、アパートに、道路に、電柱に……。
大量の血がこべりつく赤い赤い世界。
遂に明日が第一章の終幕です。
今回の第九部はいつも以上に気合いが入っております、キリッ!
といっても、正直なところ第九部と第十部の二つというより第九部で完結な感じなわけで。
本来なら第十部で分ける必要はなかったのですが、一度に八千文字以上も書くほど暇ではないんです。
(ちなみに、今回は一週間に出来上がってます)
明日も投稿しますので、よろしくお願いします。
アクセス数が300になりました!
感謝感激です!