ACT.2:ホムンクルス
[聖歴203x年8月2日午前7時15分49秒]
更に混迷する青年、彼の旧友を失った組織
天涯孤独の軍王、君臨
「…………」
誰もいない沈黙の中、俺は綺麗な夜空も何もない天井に手を伸ばしていた。
ボーッとしていたから、あの天井にも手が届きそうだなんて少し思っていた。
コロシガミとは?
死神とは?
俺の存在意義とは?
天井に届くか届かないかよりも、考えがまとまらない……。
きっと、数時間前に彼らと話したからだ……。
「武内 鷹人だって……?」
倉本さんの言葉にした瞬間に、想像が確信へと変わった。
鷹人が、ここにいたとは……正直、驚いていた。
特に変わった奴だから、他人との関係も簡単に築けるような人間ではなかったはずだ。
それでも、ここにいたなら。
鷹人を受け入れたのか……この人たちは。
「どうやら、あいつを知っとるようやな……。
詩織も、隠してたんか?」
「……ごめんなさい。
全部は分からなかったから」
「えぇ、えぇ。
当の本人から聞けばいい話やし……そこんとこ、どうなんかな?」
「あぁ、知っているよ」
あいつのことを、あんたたちより前に知っている。
身体が弱いくせに、変に純粋で分からないことを分からないままにしたくない。
探究心が強いんだろうな……なんて思っている場合でもなかった。
倉本さんと詩織に全てを話した。
自分が今までに鷹人と再会して、別れを告げられたことを。
多分、あいつはこの人たちにも伝えるために俺に伝言役を頼んだような気もする。
そう思ってしまうほど、鷹人は複雑なやつだから。
「……そないなことがあったんやな」
「あいつはどうして、ここを出たんだ?」
「それは……わいらのボスの前で話したるわ。
それに君を助けたのも、そいつやしな」
「ボス……ってことは、あんたたちは組織か何かか?」
「その通り。
俺らはコロシガミの組織、ホムンクルスや。
組織員は全員コロシガミ。
主な方針は、神頼みではなく自身の力で救済する。
ボスは……なんて言うけど、俺と同年で腐れ縁や。
名前は神谷 士狼。
怒るとごっつう怖いから気をつけとき。
で、指揮官として、俺が。
そして……あいつも俺らと同んなじやったんやけどな」
寂しそうな瞳をしていた。
いろいろと思い返してしまうほど、鷹人の存在は大きかったんだろうな……。
「その頃からあいつもコロシガミだったのか……?」
俺と出会ったときには死神を倒していた。
なら、初めっからそうなっていたんじゃないか?
すると、倉本さんは意外そうな顔で笑みをこぼした。
「君……本当にあいつがそんなんなると思っとる?」
「だよな……それじゃあ、人間だったんだな」
その返答に彼は嬉しそうに頷く。
さっきも倉本さんは言っていたものの、コロシガミの組織にたった一人の人間。
しかも、その組織で高位にいたっていうのだから、これはまた凄い……。
でも、半分驚いていても。
もう半分は納得している。
鷹人なら、やりかねない。
コロシガミなんて抜きに他人と接しそうだ。
「ここにいた頃、鷹は君の知っとる通りの人間やった。
人間とかコロシガミとか、下手したら死神すらも抜きに。
どんなものでも知ろうとする。
自分がどんなに危険にさらされようとも。
他人の事情も知らないで、ズカズカと入ってくる。
俺らにはないそんな人間らしさが好きで、みんなから慕われていたのかもな」
「倉本さん……」
「さっきから敬語が使われておらんけど、他人行儀なところは見せる。
君を見とると出会ったばっかの鷹を思い出すわ。
一応これでも、大人やで?
鷹と関わりある旧友はこんな感じなんか?」
「す、すみません……」
「まぁ、ええわ。
鷹も敬語なんて一切使わんかったし。
で、これからどないする?」
「えっ……」
何も考えていなかった。
助けられてもらったが、もう俺には帰る場所などない。
あの地獄に戻る気もない。
それに……今は自分自身のことも知りたい。
「まだまだ分からないことだらけで、コロシガミになった。
ただ、死神を倒せるってことだけは分かって。
どんなに苦しい結末も、どんなに悲しい現実も受け入れて。
俺は戦い続けることを選んできたんだ。
それも、この世界のことを知るために。
わけも分からないままなんて、ゴメンだね」
「……いい答えやんけ。
とりあえず、当てもないならここにいとき。
わいらは大歓迎やし、鷹の旧友なら誰も嫌がることはないやろ。
もちろん、同んなじコロシガミとして面倒みたるで〜」
こうして、ホムンクルスに入った。
ただ、正式なものではなく。
鷹人の旧友として。
俺が望むのは、世界の謎。
死神、コロシガミ、そして、人間。
全てを知りたい。
俺がいた場所を失わなければならなかったのか。
そして、ホムンクルスが望むのは。
武内 鷹人の奪還。
そのためにも、俺は強くなる。
もう二度と負けられない。
「……起きて」
カーテンが思いっきり開けられ、顔に当たる眩しくて暖かな朝日。
目を開けろと言わんばかりの明るさに一瞬で目覚めたものの。
ホムンクルスに仮入居したことを忘れていた。
上半身を起こして部屋を見渡せば、開けたのは……詩織だった。
「ツツミが朝ご飯、起こしてって」
「……ありがとう」
……やっぱり、不思議だよな。
こんな少女ですら、コロシガミだとは思えないんだよな。
口数が少ないけど、どうやら人見知りというわけでもないし、普通には接する。
ただ、その能力ゆえに俺の気が緩めば緩むほど俺を知る。
あの絶望をこの子に感じさせるのはあまりにも酷だから。
俺はこの子の対しては最後の一瞬まで気を引き締めている。
「ユウは、読みづらい」
「そりゃあ、ね……」
ホムンクルスのメンバーは心許しているんだろうけどな……。
当分はお預けで。
そんな俺に詩織は少し不満そうだ。
松葉杖を片手に、階段を降りる。
傷はあまり深くないので辛くはないが詩織も俺に合わせて、ゆっくり歩いてもらっていた。
「おはようさん。
ほれ、朝食や。
二人とも、さっさと食べな」
カウンターに立つ倉本さんが朝食のパンとサラダにハムエッグを置いてくれた。
どうやら……ここはレストランのようだ。
レストランと言っても、オシャレなレストランで。
店内には何故か、バーカウンター。
その周りに多くの木製のテーブルにチェア、ソファーを完備。
メニューもしっかり置かれている。
しかし、店外はclose、と書かれた看板が見えるようになっていて。
店内はガラガラに空いているはずなのに。
「ここ周辺は調べた、次!」
「それじゃあ、隣の街も見に行くぞ!」
「はぁ?情報が不足しているんだ!
さっさと調べろよ!」
テーブルの上には、作成された資料と大量の機材。
客席もホムンクルスのメンバーだと思われるが満席以上、想像以上。
この組織の人員、多すぎだろ……!
ざっと見ただけで約60人はいる。
そんな厳ついメンバーを横切り、プレッシャーに押されつつもカウンターに座る。
もちろん詩織はこの光景に慣れており、俺より先にカウンター席に座れば、何事もないように食べている。
「い、いただきます……」
見たことのない奴を前にしても、この集中力。
仲間を一人失っただけで、周りはこんなにも必死になっている。
人間であっても鷹人の人望は厚かったのが分かる。
なぁ……どうして、お前はここを出ちまったんだ?
俺と違って、奪われていないんだ。
自分から捨てるわけって何なんだよ?
「騒がしいやろ?」
「いや、鷹人のためなんだろ?
だったら、気にしないさ」
「それだけやないやけどな。
今日は定例集会があってな、もうそろそろで」
倉本さんの会話を途切れるようにカラカラと出入口の鈴が静かに鳴り響く。
無論、誰かが入ってきたわけで。
鈴の音が消えた瞬間。
周りはドアの方へ、第一声を放つ。
「「「ちわーす!!!」」」
その大声に俺は食に進む手を止めて、ドアの前にいる人物を見るしかなかった。
オールバックに鋭い目つき。
第一声にも怯むことなく、見られているこっちがやられるほどの殺気。
「そんなに怯えへんでも、あいつは仲間やで?
いや、ちょっと違うな……。
このホムンクルスの王、神谷 士狼や」
ぎ、ギリギリセーフ……!
徹夜で完成、もう朝じゃん!
という夢を見たのさ……うん、泣きたい。
とりあえず、今日は眠りにつきます。
外伝の方も同時更新しています。
今回の話がなければ、外伝は少し分かりにくいと思ったので今回だけは同時更新です。
しかし、来週は外伝だけ更新です。