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「ユキ」シリーズ(ファンタジー)

ユキトケル sideA

作者: 録宮あまね

 横になってぼんやりこれからのことを考えていたら、窓から手紙が届いた。手紙はいつだって勝手に、音もなく、窓の隙間からそっと届く。

 差出人を見ると、お兄さんからだった。

 お兄さんは今、人間の世界で暮らしている。


 《ようやく特別だと思える人間を見つけた。彼女は面白くて、なんだかあたたかでやわらかい。きっと俺を大切にしてくれると思う。ちょっとしたハプニングで俺のかけらが刺さって正体がばれてしまったんだけど、このまま付き合って彼女のことをもっとよく知ろうと思う。こっちは順調だから何も心配しないで》

 手紙にはお兄さんの手書きの文字で、そう書いてあった。


 ワタシはとても驚いた。

 資料などで調べた「恋」という現象とそっくりだったから。普通だったらそこで、記憶を消してしまうはずなのに、自分の全てを受け入れてほしいという願いからなのか、お兄さんはそのまま人間の女の子と付き合うという。理解できない、危険な感情。

 頭の固い人間には受け入れてもらえないと思うけれど、ワタシたちは、当然人間ではない。ワタシは自分がなんという名前の生物なのか分からない。それどころか、実際のところ生物なのか、物なのかさえ分からない。

 一歩外に出てみれば、雲はピンクで雲の中に星がいくつか煌めいている。目の前の花壇に植わっている花たち(アネモネに似ている)が一斉に、

「こんにちは」

 と声を掛けてくる。

 飛んでいる正統派の妖精は澄ました顔で、花たちから蜜の味のチューインガムを頂いている。

 地面から直接噴水のように水が噴出し、その上で鱗のある鳥が水浴びをする。

 鱗のある鳥に頼めば、へんな色のたまごを分けてもらうこともできるだろう。


 キャラクターによって姿はまったく違うけれど、ワタシたちはこの世界で勝手に生まれる。

 家族や仲間の形態だって、吃驚するほど様々で、バラエティーに富んでいる。性別がないものもあるし、一人きり(あるいは個、体、匹だったり)の場合もあれば、百人の仲間が居たりと、とにかくワタシたちの環境や境遇は千差万別だ。ただし、ファンタジーの世界(人間はきっとそう呼ぶだろう)だからといって、美しいものばかりで構成されているわけではない。

 ちなみに、ワタシのお兄さんはノーマルな雪だるまの形をしている。それなのに妹であるワタシは雪だるまでもなんでもない。しかくい氷の塊を三つ合わせたような体に、手足は縞々のキャンディーだ。おまけに大きさはお兄さんの半分くらいしかない。

 だけど、生まれたときからワタシはお兄さんの妹だと決められていた。そういう設定の下、ここに生まれ、この世界に立っている。


 ここの住人にとっては姿を人間に変えたり、人間の記憶を操作することなんて容易いことだ。それでも変身は完璧なものではなく、お兄さんの場合は自分の体から出る氷の結晶が人間に刺さると、正体が丸見えになってしまうらしい。ワタシも同じ性質なのだろうか。

 それは人間から見たら当然ありえないことだろうし、理解できるはずはない。尤も、ワタシは人間にこの世界を理解してもらいたいとは思わない。

 大体、人間にこんな氷の姿を見られたら危害を加えられるのではないだろうか。お兄さんが付き合っている彼女はお兄さんのことを気持ち悪がって、怯えているかもしれない。よくも特別だなんて思える。受け入れてもらえるはずがない。愛されるはずもない。

 ワタシは根本的に人間を信用していない。人間は恐い生き物だ。

 ワタシたちに名前というものはない。

 お兄さんが自分でつけた仮の名はアオイユキと言う。名前は、いいなと思う。名前があることは羨ましい。お兄さんに合わせて、ワタシはアオイコオリ‥‥とか。

 なんて、センス無い。コオリ‥‥コオリ‥今度お兄さんに相談してみよう。


 ワタシは只管お兄さんの次の手紙を待った。お兄さんが人間に失望して帰ってくることを願っていたけれど、上手くいっていて忙しいせいか手紙は待っていても一向に来ない。

 あまりにも気になって時々、人間界の様子を覗ける管理棟にも行ってみた。お兄さんも人間の女の子も、いつもただ一緒に居て笑っている。何が面白いのか分からない。でも、お兄さんは見たことのない顔で、笑う。

 恐い。恐い‥‥。もしかしたら一番恐れていた事態が起こるかもしれない。お兄さんが人間なんかに興味を持ち出した時点で、危惧していた、最悪の事態。

 このままでは、お兄さんは消えてしまうかもしれない。


 ワタシは人間界に下りることにした。いざとなれば、ワタシがお兄さんを守り、その女の子を殺してしまえばいい。

 ワタシたちの住む、なんでもありの世界にも何個か大事な決まりごとがあって、人間を殺してはいけないというのはその一つなのだけれど、罰なんて恐くない。

 お兄さんを失うより恐いことなんて、今のワタシには何もないから。

 ワタシもお兄さんと同じように運命の人を探しに行くという名目で、人間界に下りることにした。

 はじめて見る人間界は何もかもが正確で、揺るぎのない世界に思えた。色鮮やかで、こうして立っている地面さえ強固で、普遍の存在に思える。

 ワタシは当然人間の女の子に形を変えていた。これならば、同じ住人以外にワタシが何者であるか見破られることはないだろう。


 ワタシは早速お兄さんを探すことにした。そういえばお兄さんは学校と呼ばれる箱の中に通っている。その箱の前辺りで待っていれば、きっと会えるだろう。箱のある場所は人間界を覗いていたときに確認していた。

 案外すんなりと箱の前までたどり着くことができた。箱からは、時折吃驚するぐらい大きな音が響く。何度かその音が鳴り響き、しばらく待っていると、ぞろぞろと同じ服を着た、たくさんの人間が出てきた。ワタシを不思議そうな顔で見る人間、笑いかける人間、まるっきり無視する人間、様々だ。

 どこか変なところはないか心配になって、ワタシは自分の体を確認する。

「誰か待ってるの?」

 急に人間の男が話しかけてきた。

「お、お兄さんを待ってます」

「そう。呼んできてあげようか?学年とクラス分かる?」

 ワタシは思い切り首を左右に振った。人間の男は戸惑ったようにしばらくワタシを見ていたけれど、それ以上何も話す様子がないのが分かったのか、少し笑って行ってしまった。

 じっと見つめられた。やっぱり、人間は恐い。


 俯いて、待つのをやめようかと考えていたら、

「驚いた。ずいぶん幼く姿を変えたね」

 と近くで聞き覚えのある声がした。

 見上げると、お兄さんが目の前に立っている。

「会いたかった」

 ワタシは、ほっとして思い切りお兄さんに抱きついた。

「もしかして、心配して見に来たの?」

 きっとお兄さんの言う心配の意味とは違うと思うけれど、ワタシは小さく頷いた。

「大丈夫だよ。もう、彼女に決めたよ」

 ワタシはショックのあまり何も言えず硬直する。遅かった。お兄さんの心は決まってしまった。

 もう、後は彼女を殺すしかない。お兄さんに恨まれようと、どんな罰が待っていようと。

「彼女は今、どこに居るの?」

「まだ、校内に居るよ。学校に通う人間には部活動っていうのがあって、彼女は水泳部に入ってるんだ。大会が近いから個人練習で今日は遅くなるみたい」

 ワタシは何も言わず箱に向かって歩いていく。

「どこに行くわけ?そんな幼い姿で校内には入れないよ。彼女に会いたいなら、きちんと改めて紹介するから」

 そう言って、お兄さんはワタシの腕を取り、引き止めた。


 ワタシたちはお兄さんが暮らす、人間界のお兄さんの家に移動した。

 これもワタシたちの世界の決まりごとだけど、いくら家を創ろうと変身できようと人間界で人間としてずっと暮らすことは出来ない。運命の人を探すためだけに人間界へ下りられる。

 ワタシたちの生き方は二通りあって、一つはワタシたちの世界で平穏に生を終える、もう一つは人間界で運命を共にする人間を選ぶ、そのどちらかだ。

「お兄さん、ここであの人を選んだってあの人はお兄さんのこと全部忘れてしまうんだよ」

「分かってるよ。でも、こんな雪だるまのおばけみたいなのでも好きだって言ってくれたんだ。嬉しかった。信頼できる優しい人だよ。俺をまた生み出して、きっと大切にしてくれる。それで、少しでも彼女の役に立てればいいんだけど。‥‥お兄ちゃん、どう見ても人間界で人気出そうもないけどね」

 お兄さんは自嘲気味に笑う。

「そんなことない」

 お兄さんが選択した、運命を共にする人間を選ぶということ、それは選んだ人間の中にアイデアを落とす、色濃く自分を焼き付けて消えるという最期を迎えるということ。選ばれた人間は(選ばれたなんて実感はなくワタシたちを自分で生み出したと思うことがほとんどだけれど)ワタシたちを生かして有名になったりする(勿論ならない場合もある)

 ワタシたちにはそれぞれ命の核というものがあって、それを埋め込み溶かすことによって、人間はワタシたちを自分のものにできる仕組みだ。

 それは自殺ではないのだろうか。今ここにある、この体と人格は(人ではないけど)この世界から完全に消滅してしまう。

「とにかく、俺は彼女が好きだから、彼女とずっと一緒に居たい。それだけだよ」

 お兄さんは幸せそうな顔で笑っている。


 ワタシはもう駄目だと思った。本当は分かっていた。彼女を殺しても、お兄さんの心はどうにも出来ない。お兄さんの心は彼女に取られてしまったのだということを。もう、戻ってくることはない。彼女を殺したら、お兄さんも後を追って、それこそ本当に核も残さず死んでしまうだろう。


 ワタシは自分の世界に戻った。彼女に直接会うことはしなかったけれど、お兄さんを見ていて彼女を信頼してみようと思った。お兄さんを信じているのなら、そう思うことが、きっと正しい。哀しいけれど、一番正しい。

 お兄さんの最期を管理棟から見ていた。


 核だけになったお兄さんは彼女に向かって「スエナガクヨロシク」と言った。きっともう、彼女には聞こえていない。それでも、そう言ってお兄さんが彼女の中に入った瞬間、彼女は何か思い出したかのように、ほんの少し微笑んだ(ように見えた)

 消えたのではない。彼女の中に溶けたのだ。決まっていた通り、そして望み通り彼女と一つになることが出来たのだから、悲しむ必要なんてないのだろう。


 お兄さん‥‥。本当はワタシも信頼できる誰かの中に溶けたい。

 流れる涙はきっと幻。氷から涙なんて流れるはずがないから。


《人間は結構いいものだったよ。君だけの人を見つけ出せることを祈っている。そうそう、君の名前を考えてみたんだけど、コオリアオイ‥‥郡あおいってどうかな?俺とお揃いだね。それにあおいちゃんって君に合っていて、とても可愛いと思うな。さよなら、君も幸せに》

 お兄さんからの最後の手紙を、静かにポシェットにしまう。


 さよなら、お兄さん‥‥。


 でも、ワタシはもう一度お兄さんに会えるような気がしている。

 お兄さんが信じた彼女の中から、いつの日か新しいお兄さんが生まれてくるまで、もう少し、彼女を‥‥人間を信じて、見ていたい。


お読みいただきありがとうございました。


どうしてそうなったのか、できましたら本編では丁寧に(?)書きたいと思います。

興味を持ってくださった方は気長にお待ちくださいませ。

なんでもありの雪だるまは、やさしいように見えて意外と残酷です。

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