4話:師匠
希咲深蘭。かつて「氷の魔女」や「氷の女王」と呼ばれた「氷の魔法」使い。六年前に死亡したことになっており、現在、表立った行動は起こしていないが、密に、《魔真衆》の情報を集めている、らしい。俺に、「零の魔法」を教えた師でもあるのだが、とにかく自由奔放を絵に描いたような人なので、扱いが面倒。しかし、実力は、最強。今や、コイツに敵うのは、俺や天螺、月世のような特殊な魔法使いのみだろう。……言っておくが、氷は割りと使用者が多い魔法でありありふれた魔法でもある。その氷の魔法で、俺や天螺のような「零」や「無窮」と対等に戦えると言うのは、元来ありえないことなのだ。魔法にも種類で強さはある。稀少価値の高い、血で伝えられるような魔法は、通常の魔法より遥かに強い攻撃性がある。その分、血が途絶えるとなくなるという弱点はあるのだが。逆に言えば、ありふれた魔法は、弱いが、途絶えることがないと言う利点があるのだ。本来、深蘭のような例は余りないのである。
「師匠……?」
天螺の引きつった顔を見れば分かるが、彼女の聞きたい事はこれだろう。「何故、こんなむちゃくちゃな人を師にしたの?」と言うことに決まっている。
「実は、コイツ。俺の父さんの知り合いらしくてな……。ある日、『あたしがあんたの師匠よ!』とか言って登場したわけ」
「あ~、納得……」
今、リビングに勝手に上がりこみ、ビールを煽っている自由奔放なアイツを見れば納得だろう。
「希咲深蘭って言うんだけど……」
「希咲、深蘭……?それって、『帝華』の親類?」
帝華?聞き覚えのない名前だが、
「て~かは、あたしの妹の娘よ~」
リビングから間延びした声で解答が帰ってきた。というか、コイツ妹居たのか……。そして妹は結婚済みという……。
さて、リビングのソファで泥酔した馬鹿を置いて、俺も天螺も寝ることにした。
……のだが、下の階から、異様な冷気を感じた。異様で異常で異状だ。おそらく階段を降りると、氷点下の世界に違いない。ああ、天螺、ご愁傷様。
「ご愁傷様じゃないわよ……」
「お、おう。無事だったか」
「危うく死ぬところだったわ……。ちょっと、あの化け物、どうにかならないかしら」
化け物って……。まあ、あながち間違ってないのだが。
「とりあえず、寝るか?」
俺は、天螺に俺のベッドを貸し出し、窓から、外に出た。雲ひとつない空に浮かぶ真ん丸の月が、俺をかすかに照らした。
「なあ、月世。お前は、何をやっているんだ……」
虚空に消え去ったその声は、誰にも、届かない。
雀がチュンチュンと囀る声が聞こえる。太陽が顔を出してからしばらく経った。深蘭もやっと起きたようで、冷気も収まっている。
「さてと、学校行くか」
俺は、ベッドに寝転がっている天螺を放置して、着替えて、学校に行くことにした。
「ありぃ?学校行くの~?」
深蘭の問いかけ。
「行くに決まってんだろ?」
「違うわよ、一人で行くのかって聞いてんの」
それは、天螺と行かないのかって事だろう。行かないに決まっている。学校中で噂になっている美少女と登校したら、大変なことになるに決まっている。
そして、登校した。
「オハヨ~」
「よう、妖」
いつものように妖と昇降口で会う。のんびりした日常。ドS女も馬鹿師匠もいない。それは、とても良いものだ。この日常に「月世」を加えたい。そう、願ってしまう。
「相変わらず早いな。黎希は、今日週直じゃないだろ?」
「まあな」
教室に着いた俺は、教室を取り囲むように、人だかりが出来ていることに疑問を覚えた。しかし、その人だかりの理由は、当人が来たおかげですぐ分かった。男も女も入り混じった感嘆、呆け、歓声、様々な声。それは、永久日天螺の登場を示したものだった。
「ちょっと、黎希!」
「な、なんだよいきなり」
「学校行くなら起こしなさいよ!あ~、朝からいやな思いしたじゃない!何よ、あの化け物は!いきなり氷漬けにされたわよ!」
あ~、これは、うん、その、何だ。死亡フラグ?いや、アニメ、ギャルゲーにはよくある展開だが、まあ、コイツが、そんなどこかのお嬢様のようなヘマをするとは考えていないかった。というかベタすぎだろ。狙ってるとしか思えねぇよ!
「お~、これが所謂、同居を自らばらすお嬢様?」
俺とまったく同じ思考をしていた妖の言葉で、クラスを取り囲んでいた生徒達がざわめく。
「な、なんだと……」
「あ、アイツ……」
「秋延だけならまだしも……」
「四之宮ぁあ、貴様ぁあああああああ!」
と、皆、一様に、俺に嫉妬心を抱いている。ああ、これが、地獄。はぁあ。どうすっかな?これ。
「抹消」
俺は、ここにいる全員の記憶から、今のやり取りを消し去ったのだった……。
「あれ、俺たち、何でここに?」
「あ、いつの間にか永久日さんが来てる!」
などとあっという間にざわめきが生まれた。俺の魔法は、あくまで記憶改竄でなく、記憶消去だ。なかったことにするだけなのだ。
「悪かったわ、少し取り乱してた……」
天螺は一応、反省しているようだ。一安心。そう思いながら、席に付いた。