29話:終焉
俺の叫び声が届いたのかは分からないが、麗華は、伏せた。反応が一瞬でも遅れていたら、今頃、彼女の首から上が、なくなっていた。彼女の首をめがけて、赤黒い、禍々しい、そんな、気配を持つ、一本の刀が一閃したのだった。
――チッ……
そんな何かが擦れるような音とともに、麗華の髪を二、三本掠め取っていった。
「だ、誰っ……?!」
そう叫び、後ろを向き、動きが止まった麗華。無論、動きが止まっているのは、俺も一緒だ。その人物の意外さに、あまりに驚きすぎて、動きが止まった。
「う、嘘」
「嘘じゃないわよ」
にやりと笑う、その人物は、紛れも無く――麗華だった。
そう、その姿かたち、寸分の狂いも無く、麗華そのものだった。二人が、触れた瞬間、彼女たちの体には、浮かび上がる、何かがあった。
「呪印がっ……」
アレが、呪印?麗華には、……《始まり》の魔法の麗華には、左半身に白い羽模様が、もう一人には右半身に黒い羽模様が。
「クスッ、今までアリガトね。この世界の、私」
黒い羽を浮かび上がらせる、紅の刀を持った麗華のような人物は、刀で、麗華を殺そうとした。それを、
「恒久」
止めたのは、「無窮の魔法」使い。すなわち天螺であった。
「また、ね。また、なのね。永久日天螺!どうして!どうして、貴方は、いつもいつも、私の邪魔ばかりするのよ!」
叫び狂う。暴れる。刀を振り回す。駄々をこねる子供のような衝動的な暴れ方をした麗華のような人物。
「また?貴方は、なんなの?私は、貴方と会話したことは無かったはずだけど?」
訝しげな天螺。それを、狂い笑いながら、狂気を見せながら、彼女は怒鳴り怒った。
「そうね、貴方は知らないわね!知るはずも無いわね!でも私は知っているわ!貴方の顔も、声も、姿も、能力も、正確も、趣味も!全てをね!」
どういうことなんだ。コイツは、一体。
「永久日天螺、十七歳。九月八日生まれ。利き手は、右手。趣味は読書と人間観察。苦手なものは、五月蝿い人と怪物じみた人。無窮の美と力と命を手にした、永遠の人間……」
長々と、天螺について語りだした。まさしく全てを。
「貴方、何?」
気味の悪いものを見るような目で、天螺は、彼女を睨みつけた。
「私?私は、貴方の親友にして、貴方の全てを知った、朱野宮麗華よ!」
親友?
「残念ながら記憶に無いわね。いつの話かしら?」
「クフフフフ……」
不気味な笑い声を上げて、天螺を見る。
「いつ、ね。忘れるほど昔。はるかな昔。あなたが、私を殺した、う~んと昔よ」
殺した?いま、奴は殺したって言ったのか?
まさか……。いや、そんなはずは無い。だが、これは、この説ならば、
「まさか、異世界の話し、か」
「だぁ~いせ~かい!その通りよ!私が、天螺と親友だった世界は、彼女によって滅んだわ」
彼女によって?つまり、天螺が滅ぼした?
「かの世界では、私は、《始まり》。天螺は《終焉》だったもの。そうして、私も、ここに乗り込んだわ。貴方と戦うために。でも、私は、貴方に殺された」
そこで一拍、間を置いて、
「だから、死ね」
先ほどまでの狂った笑いが消え去り、彼女は冷たく、低く、深く言い放った。
「零の魔法」。天螺へ向かって放たれたが、それは、ダメだ。なぜなら、それは、「矛盾理論」を作り出す。だから、俺は、「零の魔法」を「零の魔法」で減少。そして、天螺を庇う。
全身を「無」の痛みが襲う。恐怖とは違う。思いは、「無」。ただひたすらの「無」に、俺が感じたのは、天螺への思いと救えた安堵感だった。
「ちょっと、黎希?黎希?黎希ってば……。しっかりしなさい!黎希!」
俺の意識は、そんな、綺麗な声を聞きながら、消えていった。
とは、ならなかった。心の奥、何かが、こみ上げてきた。これは、何だ?眩しい。それで居て、痛くない。
――黎希。立ちなさい。黎希、貴方は、私の子なのだから。
甲高い、鈴のような声。この声は、間違いない。
――さあ、立つのよ。私、椛とあの人の、ヒノキ君との子なのだから。
動悸が激しい。胸の奥ではじける、瑠璃色の光。それは、眩しい太陽と暗い夜の交わる点。夜明けの魔法。夜は、「零」。朝は、「無窮」。その境界。それこそ、「無限の零」魔法。
「……天螺」
「れ、黎希!」
俺は、かろうじて、意識を取り戻す。
「あら、まだ生きてたの。流石、朱野宮家の才女にして、伝説級の魔法使い、朱野宮椛の息子ね」
奴は、俺を見るなり、蔑んだ目を向けてきた。
「天螺。力を、貸せ。見せてやるよ。《零式》以外の、もう一つの力を……!」
そして、天螺は、俺に力を貸してくれる。
「恒久」
「抹消」
俺と天螺、二つの力が、交わった。




