狐と葡萄
「あんな葡萄、酸っぱいに決まってる! そうさ。俺はそう言ってやったんだ。負け惜しみ? 何言ってんだよ。何で俺が人間相手に、負け惜しみを言わなきゃなんないのさ。そりゃ、葡萄をあんな高いところに吊るしたのは、確かにお前達人間だろうよ。俺が狙ったのは、たわわに実った葡萄園の葡萄だったからな。俺のような狐には、少々手が届かないところに葡萄は実ってたよ。そりゃ、確かさ。何? 手じゃなくて、前脚だろうって? どうでもいいだろ、そんなこと。いちいち『少々前脚が届かないところ』とか、言い直してたらきりがないだろう? 語感だって変だろう? それに『手が出ない』とか、『手に余る』とか、狐ならわざわざ『前脚が出ない』とか、『前脚に余る』とかに、言い換えなきゃいけないのか? 意味分かんないだろ? 『前脚に余る』って。ま、いっか。で、何の話だっけ? そうそう。葡萄の話だったな。あの日俺は、喉がからからに渇いていたんだ。あの日は暑かったし、水場も遠かった。ほとほと参っていたら、目の前にあったんだよ、太陽に輝く葡萄がよ。人間の畑だとは一目で分かったよ。狐除けの柵もあったさ。他の罠もないとも言えなかったな。だけどのあの喉の渇きにには勝てなかったね。俺は直ぐさま忍び込んだんだ。忍び込んだはいいが、葡萄は遥か頭上にありやがるときたもんだ。忍び込み前から分かってたけどさ。ホント喉がカラカラでね。どれか一つぐらい、手が届くんじゃないか。飛び上がれば、何とかなるんじゃないか。ツルさえ引っかければ、どうにかなるんじゃないか。って、いい風に考えて、ぴょんぴょん飛び跳ねてたんだよ。でもどうにもならない。で、言ってやった訳。あんな葡萄、酸っぱいに決まってるってね。そしたら、運命の女神様が微笑んだのよ。ま、女神っていうか、葡萄園のおっさんだがよ。狐にしては大した炯眼。確かに今年の葡萄は酸味が強過ぎる。どうです? その観察眼を生かして、うちで働きませんか? てね。ほら、これがその時の葡萄で作った、ウチの葡萄酒。酸味が売りのいい葡萄酒だぜ。お一つどうだい? 売るのかって? そりゃ、ただでは無理だね。お高い? 手が届かない? 手が出ない? 手に余る? そういう時は、こう言うのさ。あんな葡萄酒――」