なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
『愛することはない』と言った夫ですが、毎晩むさぼり合っています 〜顔とカラダだけよ!〜
初夜の寝室。
夫を待っているあいだ、わたしは天井の隅を見ていた。
蜘蛛がいた。
蜘蛛の巣にはちいさな蝶がかかっていた。
気持ちいい事だけ追いかけて生きてきたけど、わたしも年貢の納め時ってことかしら……。
あの蝶みたいに捕まって、つまらない人生にからめとられてしまうんだわ。
柄にもなく、おセンチな気分にひたっていると。
顔と侯爵令息っていう肩書以外はクズと大評判の夫が入って来た。
ベッドにいるわたしへ吐き捨てるように。
「オレはお前を愛することはない!」
そこまで言って、なぜかわたしを改めて見た。
「ううん? おや」
舌でなめまわすように無遠慮に見やがった。
「よくみるとお前、顔いいな」
うわ。最低。
だけど、自信はある。顔とカラダには。
ばっとネグリジェの前をはだけられて、
「おお! 体もいいじゃねぇか! おっぱいの張りもなかなか」
いきなりむぎゅっと掴まれた。
ますます最低。
でも、こいつ触り慣れてる。
「ちょっと待って!」
わたしは手を振り払い、
「なんだよ」
「さっき、アレ言ったでしょ」
「ああ。だが、お前顔も身体も好みのど真ん中なんだよな!」
「うわ最低!」
「よくいわれる」
と言いつつ、夫は……というより男はさっさと服を脱ぎ捨てた。
情緒もへったくれもない。
「!」
うわ。いい体!
わたしも舐めまわすように見てしまうわ。
筋肉質だけどムキムキ過ぎない。好み。
「とかいってお前だって初めてじゃないだろ」
「まぁそうだけど」
わたしはそこそこ遊んでた。
そして家族や周囲は、そこそことは考えてくれなかったらしい。
だからこそ、この遊び人として有名で悪評だらけの男に嫁がされたわけだけど。
そうでなければ子爵家の娘が侯爵家に嫁げるわけがない。
「オレはとりあえず、やれる女は味見する主義なんだ!」
あ。その感覚わかる!
女のわたしは運が悪けりゃ子供ができてしまうので、慎重ならざるをえなかったけど。
正直、この男、顔は好み。
体も好み。
病気でないこともわかってる。
これがアレをほざいた夫でなくて、あと腐れがなさそうだったら、いちもにもなくヤル一択。
でも、ここで、ではヤリましょう。と言ってやるのもしゃくなので。
「そこはさ、せめて『オレは愛を探してるんだ!』とか言えば?」
「オレは愛を探してるんだ!」
うわ。このひと、ためらいもなく言ったよ!
「はいはい……まぁいいけど。一回だけだからね?」
と言って始めたら。
朝になっていた。
初夜のベッドは、男と女がけだものになった香りで充満していた。
「ふぅ……」
「はぁ……」
「すげぇよかった。こんなに身体の相性がいい女は初めてだ」
「……それはどうも」
実はわたしもなんだけど、認めるのはちょっと悔しい。
※ ※ ※
というわけで、わたしたちは毎晩ヤリまくった。
なんせ、駆け引きもいらない、ヤッても誰にも後ろ指をさされない、顔とカラダがド直球に好みのオスが側にいるのだ。
覚えたての猿みたいにヤリまくったのだ。
そもそも結婚っていうのは『このふたり毎日交尾してます!』って宣言だものね。
そしたら半年後。
夫が用事で出かけている時、義両親に呼び出されて『お前のような淫乱な嫁には失望した!』とか言われると思ったら……。
なぜか頭を下げられて、滅茶苦茶感謝された。
義父には、
「息子は夜遊びをきっぱりやめてくれて……」
乾いた笑いしかでない。
「屋敷の仕事にも真面目に励むようになって……全て貴女のお陰だ」
夜は、わたしと、たっぷりやりたいからです!
義母は、涙さえ浮かべて、
「ごめんなさいね貴女を誤解していたわ……実はいろいろ悪い噂を聞いていたのだけど……噂は単なる噂だったのね……仕事もきちんとしてくれるし……」
夫と同じ理由です。
久しぶりに実家に顔を出したら、両親にも感心された。
「お前みたいな尻軽が、大過なく小侯爵夫人を務められるとは……こんな娘をまともにしてくれて小侯爵には感謝しかない」
「今だから言いますけど……貴女がちょっと顔のいい奉公人にでも手を出して、半月くらいで返品されるのを覚悟していたのよ……小侯爵様は余程の人格者なのね……」
もんのすごい誤解!
結婚したら舞踏会だの夜会だのに呼ばれる機会も増えて。
ふたりしてバッキバキに気合入れて臨んで。
会場へ入るなり、ふたりとも獲物を探す狩人の目になって。
あ、いい男……流石はランク高い夜会はちがうわー、と思うことは多いし。
男どもも女として脂がのりきったわたしに視線をやらずにいられない。
よりどりみどり……のはずなんだけど。
どうしても隣のオスと比べちゃうのよね。
それは夫も同じようで。
獲物を漁る目で辺りを見回して『あ。こいつ好みのど真ん中!』と思ってみれば、夫と目があって。
残念ながら考えてることは同じ。
お互いの瞳の奥は、熱でギラギラ。
「ちっ、お前でいいか」
「ま、貴方でいいわ」
そのあと抜け出して庭とか馬車の中で盛るとすごく燃えちゃう。
わたしも夫も尻軽なままなんだけどね。
あはは。
どっちが蜘蛛でどっちが蝶だったんだか。
※ ※ ※
そうしたら、ある日の夕方。
突然、平民の女が屋敷まで押しかけて来た。
夫を出せとわめくので、一足先に今日の仕事を終えていたわたしが対応した。
応接室で向かい合う。
美人だ。
多分。アレだ。
夫の真実の愛だ。
だけど、わたしほどじゃない。
わたしの劣化版だ。
勝った。
「彼を出しなさいよ!」
わたしは余裕の笑みさえ浮かべて、
「いいですわ」
執事に夫を呼ぶように命じて、応接室にふたりきりになった。
わたしはソファに堂々と、というか横柄な感じで座って。
勝ち誇る顔をおさえもせずに、女をじろじろと見た。
うん。見れば見るほど、劣化版。
髪や肌の色つや、顔、身体、オスをそそるスメル。
まぁ、わたしというものがいなければ、好みに見えたんでしょうけどね。
負ける要素がないわー。
「あ、あんたなんか!」
ここで叫ぶのは負け犬よ。
「ふふ。なんか、ねぇ……そのなんかに負けて放っておかれてるあなたは、なんなのかしら?」
「っ!」
女は、悔しそうに唇をかみしめた。
自分で言うのもなんだけど、毎晩欲望が満たされ過ぎてるせいで、わたし今、嫁いできた時よりきれい。
というか、すごく男好きのするメスになってるのよね。
しかも実家の子爵家とちがって、次代の侯爵夫人サマともなると体のすみずみまでたーっぷり金をかけられるのよ。
どんな女とでも負ける気がしないわ。
「でも、あの人とのあいだにはっ、真実の愛があるわ! あんたにはないでしょう!」
「ないわね」
わたしはあっさり認めた。
「でも、それがなに?」
「なっ」
そこへ、ニヤニヤしながら夫が現れた。
「オレ目当で女だと! わざわざ呼ぶんだからイイ女なんだろうな」
「イイ女かどうかはともかく、あなたの知り合いだとしつこくおっしゃるので」
女は、目を見開いた。
うふふ。そりゃそうでしょう。
夫も毎晩欲望が満たされまくっているので、以前より女好きのするオスになっているものね。
しかも、前よりも夜会だの舞踏会だのに出ているようになってるんで、もっといいメスを捕まえるべくビシッと決めてるようになったし。
久しぶりに会ったコイツから見れば、ヨダレじゅるじゅるものよね。
女は気を取り直して、いかにもしおらしげに、
「ダーリン……どうしてわたしのところに来てくれないの……結婚しても真実の愛はお前だけだって言ってくれたのはウソだったの……」
夫は、女をちらっと見ると、ちっ、と舌打ちし、
「……お前、誰だ?」
うわぁ。
夫は今日も絶好調に最低だった。
「な、なにを言ってるのよ! あなたの真実の愛よ!」
「お前みたいなブス知らねぇな」
それは心の底から、ブスだとしか思っていない声だった。
ほんとうに忘れてるのだ。
流石、最低男。
夫は、呆然としている女に関心をなくしたようで、
「こんな程度ので呼ぶなよ。お前の知り合いか?」
「いえ。会ったこともない人です」
夫は、パンパンと派手に手を叩き、集まって来た奉公人達に面倒そうに告げた。
「おい、この女をつまみだせ」
奉公人達は、女をどこかへ連れて行った。
女は引きずられながら、応接室の戸口で、わたしを見た。
憎しみのこもった目だった。
わたしは
「ふ」
と、鼻で笑ってやった。
笑みがおさえられなかった。
勝った。ブスめ。
「おい」
「なに?」
夫はわたしの耳元で、ねっとりとささやいた。
「なんか、アレ見たあと、お前みたら、ムラムラしてきた」
言ってることは最低だけど同感。
なんか勝ったと思ったら、このオスとしたくなっていた。
だけど、一応、貴族の夫人なので。
「昼よ」
「それがなにか?」
「わたしも貴方もまだ片付けてない仕事があるでしょ?」
「さっさと片付けりゃいい」
同感。
昼間はしたことなかったけど、それはそれで刺激的かも。
「まぁいいわ」
それ以来、女の姿を見ていない。
あの後すぐ、執事が意味ありげに
「若奥様。あの無礼な客人は、二度と現れませんからご安心を」
と言ってくれたから、そうしてくれたんでしょう。
最低の夫は『真実の愛』を、思い出すことすらないようだ。
※ ※ ※
それからわたしたちは、毎日、昼も夜も繁殖行為をしている。
ふたりして仕事をさっさと片付けて、執務室で書斎でサンルームで庭で楽しんでいる。
子供が出来る日も、遠くないだろう。
もう出来てたりして。
真昼間の書斎の机の上で、
「オレさ、孕んでる女とはしたことがねぇんだよな」
「あら。意外」
「お前だって、お腹大きくしてやったことはねぇだろ」
「そういえばそうね」
今でも刺激的で飽きが来ない毎日だけど。
また新しく刺激的な経験が出来そうで、楽しみで仕方ない。
初夜の日に見た蜘蛛と蝶。
どっちが蜘蛛だったのか、と思ったりもしたけど。
わたしたちは二人とも蜘蛛だったみたいね。




