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素体回収屋


上原と別れてからすぐ。

修復屋の裏手のエレベーターから藤岡は下層へ向かった。

情報管理局下に置かれている上層ゲートとは違いガタが来ている錆びた鉄籠。侵入を防ぐ必要もないため、通行記録用にIDをかざしはすれど規制はない。そもそもエレベーターの数が段違いなのだ。藤岡が乗っているものも修復屋の私設ゲートである。


……最近手入れをサボっているのか支柱から時折ギシリと音がする。


と、派手な金属音と共にかなりの衝撃が足に伝わった。


「うおっ、あンのオッサン……上がるときは絶対これ使わねぇ……」


本来は徐々にブレーキがかかるはずなのだが利きが甘かったらしい。



上に比べるとやや薄暗い街を進むと目的地が見えてくる。修復屋御用達の素体回収屋櫻華楼ジャンクショップおうかろうは裏に通じている事もあって一見さんお断り方式を取っている。決して使い道を尋ねず、金を払えば表のものなら大抵のものは手に入ると評判だ。亜州系の店構えが周りから浮いているが、店長の趣味らしい。

扉を開けると赤と金で統一された店内が広がる。

そしてカウンターには糸目の怪しい男。


「王さん」

「お、藤岡クンじゃないか」

「俺用修復マシンのストックあります?」

「あるヨ! チョット待っててね〜」


店を開くときに趣味全開にした店長は本人の恰好も趣味全開だ。

店内でサングラスをかける意味? 趣味以外の何物でもない。わざわざ派手な中華服を着ているのも趣味。煙管も趣味。この人こう見えて煙草吸わないので本当にタダの飾りなのだ。個人の戦闘能力も皆無である。ただ見た目が怖いので一般人はこれで逃げる。ある種の自己防衛の意味も……あまりない。実益がついただけで趣味であることに変わりはない。


「ハイ、型番F-4603-5867で間違いないかな」

「ありがとうございます! えーっと代金は」

「ホントは70なんだけどー、お得意様だし8割引の56にしちゃう。これからもご贔屓にってことで♡」

「え、良いんですか!?」

「イイヨ! その代わりといってはなんだケドさ……」

「はい」



「今日こそアレを売ってもらうぞ!」



サッと王が扉の向こうに隠れる。


「は?」

「アレなんとかしてくれない?」

「は?」


黒のスーツ姿、身長目測190弱。サングラスで完全に目元が隠れているのは視線を隠すためだろうか。明らかに戦闘職だろう、内蔵した機構によって体型が大幅に変わっている。

咄嗟に王の隣に隠れたが、状況が把握できない。


「……オレあんま名乗りたくないんだけど」

「割引したじゃん」

「ねーえー」

「我アレに小突かれただけで死んじゃうし」

「むしろ何で生きてんの」

「ヒント:素体屋」

「何となく分かった……でもヤダ……上原に怒られるし……」

「オマケするヨ」

「そうじゃない……ねえ、アイツアレって言ってたけど何のこと?」

「グレー寄りの黒に当たるオクスリ」

「黒かー。効果は?」

「一時的な処理能力向上。副作用は異様な多幸感と戦闘狂(バトルジャンキー)化」

「アウトだな。実物あんの?」

「無い! どうしようもないの。じゃあヨロシク!」

「ウゼえ……やるよ、やればいいんだろ!」


しかしどうしようか。相手のスペックが分からない以上、出来れば正面から行きたくない。


「居るのは分かってるんだアレを売ったら危害は加えない!」

(右手……には何もない。ネクタイピンは……付いてない。耳には……あった!)


スマホを出す。連絡先をタップ。プルル、プルル……


「藤岡君? 珍しいな何があった」

「突然すみません。おたくの奴がオレら御用達の店でクスリ出せって騒いでるんですよ。店に被害出せないんで連絡しました」

「どこの所属か分かるか」

「茅龍班の……陸番隊っすね。隊長クラスでもない下っ端です」

「分かった。何丁目だ?」

「あ、下層っす。下層西エリアのD-4」

「……表にいるのか? うちのが。連絡ありがとう1分で向かわせる」

「足止めしときますね」

「頼む。後で礼をする」


電話が切れる。これで打つ手は打った。あとは腕の見せ所だ。

扉を開け、男の正面に自然体で立つ。


「どうもー」

「……店員か」

「常連のバーテンダーだね」

「店長は何処だ」

「今出てるよ。って言っても聞かないんだろ?」

「当然だ」

「オレと話そうぜ? 裏の掟のこととかさ」

「やはりこの店が裏と繋がっているという話は本当だったか」

「ここでは表のものしか売ってねーよ。ご禁制のものは向こうで買え」

「組織にバレるだろ。俺はここから成り上がる。成果を出せばいくらでも上へ行けるんだどんな手でも使ってやる」

「はーい喋ってくれてさんきゅ。言質取られちゃおしまいだ。ここまで油断するとは、龍も堕ちたね」


ボイスレコーダーをヒラヒラ。こんなことも分からないとは……意識改革を早急にすすめて欲しい。


「なっ」

「おっと、見た目で判断するなって隊長から教わってない? オレだってここの住人よ? 舐められたもんだ」

「俺を龍と知ってその態度をとるとは愚かなものだな。楯突けば貴様など1日で消し飛ぶと分かっているだろうに」

「焦ってんのか知らないけどお粗末にも程があるね。相手の力量も分からない若造如きが龍の名を使うな下っ端。せめて副隊長位にはなってくれないと」

「口だけは達者なようだがその貧相な躰で言われても説得力はまるで無い」

「なにもかも力尽くの脳筋はオレが出てくる前に何かしたなんてカケラも考えねえのな」


「ああ、その通りだな」


「は……何故ここに龍の人間が!」

「え、ササさん御自ら来たんですか!?」

「下っ端とはいえ龍の名を背負う者が、君に危害を加える事態。しかも表で。そんなものほかの奴に任せられるわけないだろう」

「はァ!? クッソ何でバレたんだ!」

「オレが呼んだに決まってんだろ。何かあなたの顔知らないみたいですけど?」

「所属がだいぶ違うから無理もない。コイツは私が責任を持って届けるよ」

「これどーぞ。証拠です」

「助かる」


藤岡が呼び出した青いピアスの男は、扉からゆっくりと歩み寄るともう一人の男に近づいてゆく。


「テメェ誰だ、場合によっちゃ上に報告してやる!」

「残念ながらその上だ」

「あ゙?」


鬼神の形相を前にしても涼しい顔で、男は名乗る。既にこの時点で既に決着はついているようなものだがきっちりトドメを刺すらしい。


「改めて、昇龍会翠龍班、班長の笹岡克紀ささおか かつのりだ。最近組織内に不審な動きがあると報告を受けていたが、まさかもう足掛かりが出来るとは。僥倖だったな」

「っ……たとえ班長であっても変わらん、こんなところで終われるか……こちとらこの情報に大金払って賭けてんだっ!」


そうして振り上げたられ常人の2倍はある拳は、笹岡に片手で軽々と受け止められ



ばきんと音を立ててへし折られた。



「はっ……?」

「粗悪品だな……白兎の片割れ殿、覚えておくといい」

「何をっすか」

「このタイプの躰は脳だけが生身で、残りの骨格などは金属パーツに変えられていることが多い。そして各部への信号は脳から脊髄を通って進んでいる」


持っていた手を放り捨て、首を掴みそのまま捻り切る。


「脳以外は情報を得るために必要ないパーツだ。だからこうしてしまえば耳障りな喚きも声帯機構が切離されて聞こえないし、胴体部分はバラして有効活用できる。持ち帰りにもってこいだよ」

「あっハイ(本職こわー)」

「とはいえこれはスクラップかな、あまりにも質が低すぎる」

「もう出てもよさそうですか? アアそちらのようなものも結構売れるんですヨ。技術者の練習用とか」

「店長さんですか。これは失礼、うちのがご迷惑をおかけしました」

「この機会に利用してくださったら構いません。被害もほとんど無い。ありがとうございます」

「こちらはお詫びになります。こちらの為にもお納めください」

「オヤ宜しいのに」


ちゃっかり受け取ってるのによく言う。と、時計を確認してみると既にかなりの時間が経過している。

後少しで調整が終わるだろう。


「すいませんアイツ待たせてるのでオレはこれで!」

「あ、出来ればマスターには……」

「オレはソイツのピアスなんて見てませんよ。面倒そうだったんで、知り合いの中で1番強そうな人にお願いしたんです。ありがとうございました、またうちに飲みに来て下さい!」

「あ。ああ、必ず!」


藤岡はかがみ込んで両足首をぐっと擦る。


『所有者の特定の行動により起動プログラムを実行』


キュイン、とエネルギーが回る。ほんのりと青のラインが浮き上がった。


『モード移行』

「設定、1分」

『確認しました』

「よし、それじゃあまた!」


言い残すと、通常よりはるかに速いスピードで走り去っていった。

残された2人は顔を見合わせる。


「……逃げられました?」

「いや、うちのメンツを守ってくれたんだろう。他所に尻拭いを任せたとあっては龍の名折れだ」

「あの人の教育の賜物でしょうか」

「ホワイトラビットの名は伊達じゃないってことですよ」

「ハハ、違いない!」




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