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家族会議①

 扉を開けて入ってきたのは野戦迷彩服に身を包んだ長身の青年、俺の兄、アレクセイ・アイゴル・バグラシオン。父の隣に立つ俺を見て、彼は一瞬驚いたようだったが、すぐに満面の笑みを浮かべて俺の頭をくしゃくしゃしてきた。


 「よぉ、ボリス。撃たれたと聞いて心配してたが、元気そうじゃないか。ちょうど父上に絞られているところか?」


 「兄上、お久しぶりです。この度の私の軽率な行動を父上咎められていたところですよ」


 「なんだ?どうした?随分と殊勝じゃないか。今回の事がよっぽどこたえたか?」


 やはりアレクセイも見慣れないボリスの態度に驚くか。だが、士官学校に入学してからアレクセイは家を出ており、卒業後はバグラシオン家の跡取りとして≪顎≫を駆けずり回っている。ボリスに会うのは年に数回だ。ボリスの事で報告を受ける父よりも俺の変貌ぶりを受け入れやすいだろう。


 「ええ、それはもう。あらゆる事を考え直すきっかけになりましたよ」


 「ははは、そうか。まぁ、確かに、痛みって奴は頭の靄を一気に晴らしてくれる。俺も士官学校で経験済みだ」


 あけっぴろげに笑う彼の姿には不思議と好感が持てた。こうして父と並んでいる所を見ると二人は良く似ている。父が年齢を重ねた、雨風に動じない大木なら、アレクセイは正に伸び盛りの若木。


 「お前が思う以上にボリスのやつは変わってきてるぞ。私も驚いているがな。さて、今回の契約の報告は後で貰うから、まずは二人とも椅子を持ってきて座るが良い。重要な話だ」


 父がそう言って机の後ろに回って座ると、アレクセイが壁際に置いてあった椅子を二つ持ってきてくれた。机を挟んで父と対面するように俺たちが座ると、父は数枚の紙を持ち上げてバタつかせた。


 「これが何だか分かるか?帝国官公庁からのお達しと、呼出状だ。数日前に私は皇帝陛下より謁見の機会を賜った。官公庁の連中は回りくどい言い回しで何ページも埋めてきたが、陛下は実に分かりやすい質問を私にぶつけてきたよ。アイゴル、俺を舐めているのか?と。どうだ二人とも、陛下が何故そんな事を聞いてきたのか、答えてみろ」


 俺とアレクセイは互いを見やった。いきなり答えてみろと言われても俺には見当がつかない。ボリスは皇帝に興味が無かったのか、日記でも触れていないし、記憶も曖昧だ。どんな人物なのかが分からない人間の腹を立てる理由など知る由もなく、俺が軽く肩をすくめるとアレクセイが視線を父に戻してゆっくりと答え始めた。


 「父上、呼び出しのタイミングからして、それは此度のボリス襲撃と関係している事でしょうか?」


 「そうだ」


 「貴族同士の小競り合いに陛下おんみずから関心を示すなど、すでに異例の事態。となれば、陛下の期限を損ねたのは……もしや、チューリップの登場ですか?」


 アレクセイの言葉に父が満足げに頷くと手にしていた紙を無造作に机の上に投げた。


 「その通りだ。官公庁の連中もねちっこく説明を求めてきた。帝都の郊外で自走多連装ロケット砲の斉射が行われるとは何事か、とな。幸いにも市民に被害は出なかったが、割れた窓ガラスの損害倍書要求はご丁寧に私の所に回されてきている。斉射を終えた車両は燃やされており、所属が不明だからだそうだ」


 「しかし、父上、我々は被害者。郊外の屋敷が要塞並みの作りで、ボリスと父上が着弾時に地下に居たから助かったような物。普通の貴族屋敷なら二人とも死んでいてもおかしくなかったはず。なぜ我々が責められるのですか?」


 アレクセイが怪訝そうに問いただすと父は大きなため息をつき、いつの間にか注いであったグラスを傾けた。


 「その場にはオリグ・グリュンも居てな。二人ともこっぴどく叱られたよ。陛下曰く、真に自分たちが関係ないのなら即刻停戦せよ。さもなくば、両家とも潰す、と。オリグのやつ、汗を拭いながらあの傭兵団が自分たちとは縁もゆかりも無いと、必死に言い訳しておった。他に言える事など無いがな。帝都での武力衝突は帝国貴族法で固く禁じられている。それを無視したどころか、重火器まで持ち出しとあっては、裁判すら不要で運が良くて取り潰し。抵抗するようなら一族郎党が皆殺しにされても文句は言えん。陛下は『北の獅子』と呼ばれるだけあって、自分の領域や権威を脅かす者に容赦などしない」


 父の話を黙って聞いている俺にとって、こうも軽々しく人間の生き死にを語る様子は異質だ。争いを当たり前としている父や兄もそうだが、法を犯す者に容赦がない皇帝にも違和感を覚える。俺の世界でも勿論、法はあったし、それを犯す者への罰も定められていた。だが、それは可能な限り対象を一人に絞った物だった。一族郎党が罰を受けるなど、想像するのも難しい。もっとも、魔物との戦いが全てに優先していたのも原因の一つだろう。人命は貴重な物だった。失わせるならそれ相応の何かが求められていたのだ。


 「……聞いておるのか、ボリス?」


 二つの世界、その違いについて深く考え込んでしまったようで、父の話を聞き逃してしまった。


 「はい、すみません、少し考え事を」


 「やれやれ、すぐに空想にふける、その悪い癖は治っていないようだな。変わっていない所があるのはある意味では安心だが、大事な話はちゃんと聞きなさい」


 「はい、父上。ところで、皇帝陛下にも停戦するように言われているのなら、此度の戦はもう終わりなのでしょう?私の進学が何にどう影響するのか、そこを教えて頂けませんか?」


 俺は率直な疑問を口にする事で話をそらそうとした。事実、皇帝がお怒りであろうと、次男坊の進学など取るに足らない事のはずだ。


 「うむ。確かに我がバグラシオン家とグリュン家はその場で停戦を約束し、後日オリグの方からも正式な停戦の申し入れがあった。それは問題ない。問題ないどころか、自分から仕掛けてきたオリグがどんな面で停戦の申し入れを書いたか、それを想像すると愉快ですらある。あの強欲野郎も陛下直々の命令ともなれば、停戦条件を吹っかける訳にもいかなかったからな。私がそれを持って、やつに停戦する気など無いと陛下に直訴すれば、場合によっては向こうが我々に工場の一つや二つを引き渡す羽目にもなりかねん。それは良い、良いのだ……」


 俺が父の言葉を待っていると、彼は物欲しげに空になっているグラスを一瞥し、再びため息をつくと机に身を乗り出した。


 「良いか、二人とも。今回の陛下の怒りは相当なものだ。何故か?所属不明のチューリップが帝都郊外で斉射を行うなど、陛下の顔に唾を吐くようなものだからだ。誰かが、何者かが帝国法など糞食らえと、そう宣言したのだ。それが私でもオリグでもないのは陛下も分かっていらっしゃる。分かってはいても、何もしなければ市民に示しが付かない。既に新聞でも貴族の横暴が叩かれまくっている。下院の掌から食ってる記者共が、泡を吹きながらここぞとばかりに書きたい放題だ」


 「なるほど、≪顎≫では新聞が手に入りませんので、そこまで事が大きくなっているとは思いませんでした。チューリップが使用された事には私もビックリしましたが、てっきりグリュン家がついに狂ったのだとばかり。だから私を呼び戻したのはグリュン家への総攻撃に移る為だと思ってました」


 苦笑するアレクセイに父が分厚い封筒を投げてよこした。


 「丁度今日、陛下から賜った新聞の切り抜きだ。後で読んでみると良い。個人的に面白かったのは、皇帝陛下に罵倒される私とオリグの風刺画を描いた記事だ。呼び出してからの搾り上げを記者共に見せる必要があったのでな。お前も跡継ぎとして≪顎≫以外の事も学ばねばならん。帝国は≪顎≫と違うのだ。魔物など、写真でしか見た事がない連中の頭の中は一味違う。体裁が大事なのだ。そこでボリス、お前の進学も関係してくる」


 そうか、ボリスになってから日が浅いためについ忘れがちになるが、この世界は魔物相手に生存をかけた戦いをしている訳ではない。俺たちが気にもかけなかった事柄が重要とされる。こればっかりはアレクセイだけでなく、俺もしっかりと学ぶ必要があるようだ。


 「今言ったように、体裁が大事だ。我々は全力で示さねばならんのだ。郊外の襲撃は帝国貴族によって意図されたものではない。我々帝国貴族は皇帝陛下のご命令とあらば、即座に争いを中止し、何の心配もない日々を送る。襲撃にあったばかりの息子も、家に閉じこもって戦闘訓練などせずに、通学路も簡単に割り出せる公の学校に通う。満面の笑みでな。皇帝陛下が争うなと言った以上は、何も起こりえないという事を内外に示す義務がある。分かるか、ボリス?」


 「分かりました、父上。正直、何故そのような行動が必要なのかは今一つ腑に落ちませんが、それがやるべき事ならば従います」


 「まぁ、全てを分からずとも良い。アレクセイが分かっていればな」


 父が確認するようにアレクセイを見やると、彼は短く頷いた。流石は長男。この辺りの判断を父と兄の二人に任せられるのが嬉しい。俺はそんな事にそれほど構ってられないからだ。この世界の戦い方や魔物知識を吸収し、≪顎≫に向かう。当然、炎使いとしての力を回復させながら。当面の目標はそんな所で良いだろう。無知ゆえの行動で自分の首さえ絞めなければ良い。それだけの理解さえつけられれば、後は二人に任せていたい。


 「ところで、父上」


 アレクセイが眉をひそめながら、俺も気になっていた事を父に聞いた。


 「実際の襲撃犯は不明なんですよね?では、再び襲撃される可能性は否めない、と。そう考えて宜しいですね?」


 「……そうだ。必要最低限の護衛しかボリスには付けられないが、襲撃される可能性は十分に高い。お前もだ、アレクセイ」


 驚く兄を気にかけずに父は続けた。


 「しばらくは護衛の契約を受けるな。目的地が分かれば罠も張りやすくなる。フリーハントで動け。こんな時にお前を≪顎≫に行かせたくはないが、平常運転の体裁は保たねばならん。その間に水面下では調査を続けるが、懸念材料は多い。チューリップを用意できるのも中々の物だが、それでさえ使い捨てしてくる。そんな得体のしれない何者かが相手だ。此度の襲撃、ターゲットはボリスでもあったが、私を狙ったと言えなくもない。実際に私が駆け付けたのを確認してからチューリップを展開した節がある。もっと言うとな、近年の≪顎≫での死、不自然なものが多い。分かるか?」


 「……父上、まさか……」


 驚きを隠せないアレクセイを見て俺は背筋に冷たいものを感じた。嫌な予感がする。魔物のはびこる≪顎≫で不自然な死だと?魔物相手に自然な死など無いだろうに、その中でも異質とは、何かが起きているのか?


 「そうだ。何者かが武勲のある指揮官やその一族を消している。それが陸軍第三省の記録部門が導き出した答えだと、陛下はそう仰っていた。どんどんやり方が過激に、おおっぴろげになり始めているから、最近になってようやく気が付くことが出来たそうだ。いよいよ我々もその何者かのターゲットになった、という事だ」


 俺の頭の中で警鐘が鳴り響き始める。確信はない。だが、魔物相手にもっとも戦える人間を消していく何者かの存在。俺にはどうしてもそれが魔物と繋がっているようにしか思えなかった。

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アレクセイお兄さん、実直ながら溌溂としているめっちゃ良い人ですね! ボリスさんのプラスな変化をすぐに受け入れてくれて、好意的に捉えてくれたことへホッとすると同時に、その真摯な優しさへじーんとした感動を…
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